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ライブハウスへようこそ  作者: 菅原暖簾屋
ライブハウスへようこそ

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4/14

■バード

 その日、音楽レーベル『富士レコード』に所属する中島は、珍しくスムーズに終わった業務に満足して時刻を確認する。現在一六時過ぎ、あと一時間もすれば終業時間だ。珍しく定時で帰れるなと鼻歌を歌っていると、スマートフォンがピリリと無機質な音を立てて着信を告げた。相手は自身が担当するバンド『ドゥイット』のボーカルだった。


(せっかく定時で帰れるのに……面倒事か?)


 はぁとため息を吐き、中島はスマホの画面をフリックした。電話口の向こうではドゥイットのボーカルがもしもしと言っている。


「なにか問題でも起こったのかい田中君?」

『問題っちゃ問題なんですけどね。中島さんには世話になってるから一応知らせとこうと思って』

「なんか含みがある言い方だなぁ」


 富士レコードに就職して三年、新人とは言えなくなってきた中島は問題発生だと言っているのに電話口の相手からネガティブな雰囲気を感じ取れずに少し困惑した。ポジティブな問題など普通は起こらない。相手の言葉の意味が読み取れず、中島は事務所の椅子に体重を預けてボーカルの言葉を待つことにした。


『泣き唄男さんって知ってますよね?』

「もちろん、今日も一緒にブッキングしてんだろ?」

『そうなんすけど、さっき事故に遭ったみたいで出演取り消しになったんすよ』

「あちゃー、ご愁傷様だな。ネストだったよな? しかも一番手。オーナーも大変だ。払い戻しか?」


 目当てのバンドが出ないのに見に来いってのは色々面倒なことになりそうだと中島は思った。ワンマンではないので中止にもできないので、対象者には払い戻し対応をして終わりかなと中島は苦笑した。

 しかし、ドゥイットのボーカルから聞かされたのは斜め上の対応だった。


『それが、泣き唄男さんの枠をオープニングアクトに変更するらしいんすよ』

「はぁ……ファンは納得しないだろ普通」

『普通はそうっすよね。でも、オープニングアクトのアーティストが凄いんす』


 中島はボーカルから聞かされた名前を耳に入れた瞬間、椅子を倒して立ち上がった。周囲にいた同僚たちがどうしたことかと中島に視線を向ける。


「本当なんだな?」

『PAさん曰くですけどね……来ます?』


 中島は生唾を飲んで一言。


「チケット用意しといてくれ」

『毎度あり』


 そういって切れたスマートフォンを凝視し続ける中島に、怪訝そうな眼差しをした上司が声をかける。


「中島? どうした」

「いや、今年の成績表彰俺かもなって思っただけっすわ」


 中島はだらしない表情で言った。





 ライブハウス・ネスト。歴史としては一〇年と少ししか経っていないハコだが、新宿駅から五分の位置にある好立地のおかげで、東京の中でも人気のあるライブハウスである。

 建屋は地下一階から二階までの三階層で、地下がライブハウス、一階が練習スタジオとコインロッカー、二階は関係者住居の丸々ネスト用の建物となっている。

 ネストの収容可能人数は五〇〇人で、人気のあるアマチュアバンドからドゥイットのような大手レーベルに所属するセミプロまで幅広くライブを行っている。そこで四か月前に流星の如く現れた正体不明の新人がバードである。


(本当に来るんだろうな)


 開場までの待機列を守りながら中島は心の中でつぶやいた。


 バードは過去二回ネストでライブを行っている。一回目は四か月前、今回のようにポッカリと進行に穴を空けたバンドが出たことでピンチヒッターとして登場し、瞬く間にその場にいた人間を虜にした。

 二回目は二か月前、彼らがフリーバンドジャズと銘打たれたイベントでふらりと現れ、一曲だけ演奏して消えた。そのときに演奏した曲がその場に居合わせたジャズシンガーたちの手によってアレンジされて動画サイトに投稿されると世界日間再生数一位を取る偉業を成し遂げてしまった。

 それだというのに、肝心のバード本人はどのレーベルにも所属していない。つまり、在野のダイヤモンドが手つかずで転がっている状態なのだ。

 そのような美味しい獲物を見逃すわけにもいかず、国内のレーベルはバードの去就を巡って冷戦状態。バードに誰がいち早く接触するかを各レーベルは水面下で争っているのである。


「泣き唄男さん事故ったの!?」

「そうだよ。だから今日は泣き唄男さんの出演なしだって」

「えー? だったら払い戻しして欲しいわ、泣き唄男さん見に来たのに……」

「それがよ、特別ゲストが代わりにオープニングアクトで出るんだってさ」

「……ネストで代役って言ったら……オメェ」

「な、気にならねぇ?」

「……帰ったほうが損しそうだな」

「俺なんてむしろ友達に連絡入れたわ」


 まずい。憶測でバードが演奏すると広まってきていると中島は心の中で冷や汗を掻く。

 今日の出演者はドゥイットを除くとレーベルに所属していないバンドばかり、業界関係者の中で一番耳が早かったのは自身のはずだが、こうして噂が立つと他のレーベル関係者までやってきてしまうかもしれない。頼むから早く開場してくれと中島は心の中で祈った。





(やっぱりお客が多いねぇ)


 定刻通りに開場はなされ、ぞろぞろと地下一階のライブハウスの大口に客の波が飲まれていく。チケット番号がEの一〇番だった中島は比較的早い段階で中へと入りこめるようだった。

 中島はチケットとドリンク代を受付に渡し、引き換えにピック型のドリンクチケットを受け取る。その際に受付から恒例の質問をされた。


「今日はどのバンドを目当てですか?」


 受付のバイトの娘にいつもの決まり文句で問われ、中島はバードと答えそうになって口を噤んだ。そうだが、そうじゃない。中島はまごまごとした態度でドゥイットと回答し、チケットの半券がドゥイットと黒マジックで書かれたダンボール箱に放り込まれる。それを見届けた中島は、ふぅと胸をなでおろした。


 階段を降りて受付を済ませた場所からすぐ左手にある二重ドアをくぐり、中島は久しぶりのネストのライブホールに思わず頬を緩めた。先代オーナーの頃から変わっていない、この匂いがたまらない。

 中島は一度だけ深呼吸する。そして、二重ドアのすぐ横にあるドリンクカウンターでドリンクチケットを水に交換し、そのままバーホールとライブホールを繋ぐドアを通ってバーカウンターに向かった。

 中島の目当てはおしゃべりな二つ目バイトである。


「やぁ、木内君」

「あ、中島さん。お久しぶりです」


 開場したてでそこまで忙しくない木内が笑顔で中島に挨拶を返した。バーホール内ではバイトの大学生たちがハヤシライスを持って駆け回っている。中島は彼女たちの邪魔にならないようにバーカウンター前の椅子に座って木内と雑談を始める。


「いつ来てもハヤシライスは人気だね」

「限定一〇〇食ですからね。開場してからすぐじゃないと食べられないって常連さんは知ってるから毎日この時間帯は戦争ですよ」


 もっと仕込んでくださいって頼んでるんですけどねと言って木内は笑った。釣られて中島も笑うが、ズイッと木内に顔を近づけて、彼にしか聴こえない音量で囁く。


「今日のオープニングアクトがバードってマジ?」

「……耳が早いですね」

「頼りになる仲間がいるもんでね」


 漫画ならばニタリと擬音の出そうな笑顔で中島は言った。


「そういえば、ドゥイットは富士レコでしたね」

「ハハッ。で? どうなんだい」

「確信して来てるくせに……ま、お楽しみにって感じですかね」


 それはもう答えであった。ハズレでなかったことにガッツポーズを取りたくなった中島であったが、極めて冷静な表情で木内に訊く。


「ありがとよ。ちなみに面通しの約束なんかは……」

「オーナーがストップするでしょうね」


 返答はつれないものだった。これは中島にとって予想通りだったため、さほど落胆もせずにボリボリと頭を掻きながら、彼は椅子から立ち上がった。


「だよなぁ。出待ちするかぁ……」


 ぼそりとつぶやき、バーカウンターの反対にある大きな壁掛け時計を見れば、時刻は既に十八時二〇分を回っている。もう少しすればバードのオープニングアクトが始まるはずだと、中島は木内に手を振って挨拶してライブホールへ戻る。

 すると、ライブステージには求めていた人物が既に立っており、機材の準備をしていたのであった。




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