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ライブハウスへようこそ  作者: 菅原暖簾屋
ライブハウスへようこそ

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13/14

楽器選び前哨戦

 ネストのある地下から外階段を登ると、通りに面した一階にたどり着く。

 その一階部にある厚いドアを引くと、中からドラムやギターの音が外へ漏れ出してくる。

 不意に響く大きめの音に小島が若干眉をしかめながら俺に訊いてくる。


「ねぇ伊織。一階に何があんの?」

「この音を聞いての通りだ。ネストビル一階にはスタジオがある。いわゆるバンドの稽古場だな」


 こっちだ、と言って俺は清水と小島の二人をスタジオ内へ招き入れる。

 ビル一階部分の半分を占めるネストスタジオの玄関から少し入ると、そこは大きめの待合室となっている。すると、珍しいことに今日は平日の昼間だというのにスタジオが空いておらず、見知った二組のバンドが雑談をして部屋が空くのを待っていた。

 そのうちの一人が馴れ馴れしく俺に近づいて話しかけてくる。


「お、ぼっちゃんオーナーじゃん! いっちょ前に女連れか~?」

「うるせぇよ貧乏バンドマン」


 待合室で待っていたオッサンバンドマンと軽口を叩き合い、グーを作って拳を合わせる。

 このオッサンことシュージは叔父さんが経営――というには杜撰すぎたが――していたころからネストでライブをしていた剛の者。全員子持ちで本業ありのアマチュアフォーピースバンドだ。

 全員サラリーマンで平日は休みなどないはずだが……


「オッサンたちは平日なのに練習なんてどうしたんだ? 珍しい」


 疑問を素直に訊いてみると、シュージは困ったように笑って言う。


「ああ、土曜に下北沢でライブだから休み取って合わせ練習してんだよ……俺たちのバンドの千秋楽だからな」


 目じりにほんの少し悔恨が見えるオッサンが「三〇越えてバンドとリーマンの二足の草鞋はきつくてな」と笑いながら困まる難しいことをしながら言った。傍にいたバンドのメンバーも同じような表情で頷く。

 彼らは集客もできずに赤字を垂れ流していたバンドだった。ネストもノルマが見込めない彼らに遠慮し、ブッキングのオファーを出すのをやめたぐらいだ。

 全員が歳を重ね、プライベートの自由が利かなくなってきた彼らは、この春の時期に自分たちの歴史に幕を下ろすことを決めたのだろう。

 春は出会いと別れの季節だからな。バンドを続けたい者も別のバンドを探しやすい。


「そうか、お疲れさん」


 心から労いの言葉が口からまろび出た。

 何年やってきたかは知らないが、バンドを結成して音を生み続けるという行為を愚直に繰り返してきた彼らに敬意を払わなければならない。そう思った。


「へっ、あんがとよ。チケットいるか? レアだぜ?」

「残念だが仕事だよ」


 だよなぁとヘラリと笑ったオッサンへ、俺は財布から万札を取り出して渡す。

 突然の俺の妙な行動に、オッサンは訝し気な表情を浮かべた。


「おいおい、いきなり万札出してどうしたよ」

「この二人分のチケットをくれ。釣りはやる」

「……はっ、毎度あり。リョージ、VIPチケをお嬢さんたちに」


 清水と小島を顎で差し、シュージの手に万札を無理矢理握らせる。

 一瞬だけ目を見開いたシュージが調子よくVIPチケット出せなどとのたまったが、リョージと呼ばれたドラマーが「んなもんねぇよ」と苦笑して、バンドのロゴが刻まれたトートバッグからチケットを二枚取り出して清水と小島に渡す。


「嬢ちゃんたちは高校生か?」

「はい。入学したばかりです」


 ドラマーの男やシュージがその清水の言葉に眩しそうな目で彼女たちを見る。

 きっと、在りし日の自分たちを想起しているのだ。

 オッサンは……いや、ロックバンド『シュージ=ロックンローラーズ』のシュージは取り繕ったものではなく、何かを吹っ切った笑顔で二人に、


「そうか……よかったら、いや、絶対見に来てくれや」


 と言った。

 すると、都合よく奥のスタジオからお待たせしましたとパートタイマーのスタジオスタッフがやってくる。


「スタジオ用意できました……って、オーナー。何をなさってるのですか?」

「いや、ちょっと野暮用があってね」


 疑問をぶつけてくるスタッフに軽く手を挙げて答えた。


「はっ……時間みてぇだ。今まで世話になったな、オーナー」

「バカ言え。こっちのセリフだ。気が向いたらネストに遊びに来な」

「かかっ。それじゃあラストライブの打ち上げはネストだな」


 死ぬわけでもあるまいし、神妙な雰囲気を発していたオッサンと最後に再び拳を合わせる。

 そのまま、シュージ=ロックンローラーズのメンバーはスタジオへ向かう廊下に消えていった。本当に打ち上げをしに来るなら仕入れの調整をしないといけないな。


「なんか、大人の会話だったね」

「ライブハウスなんて出会いと別ればかりだ。しみったれていられるかよ」


 茶化すような口調の小島を適当に受け流し、こっちだと言って二人をスタジオ裏の倉庫へ案内する。当然、先程の受付スタッフには話を通した。

 俺は引き戸となっている倉庫の扉を開け、すぐ横にある照明のスイッチを押す。明かりのついた室内を見た清水と小島は感嘆の声を漏らした。


「すっご……」

「楽器屋さんみたい」

「比喩が小学生か」


 二人を通した倉庫には、色々な種類のギターやベースが壁に掛けられ、その足元にはシールドやエフェクターも整理されて陳列されている。もし、飛び入りで貸出をねだられても一般的な需要には答えられる品揃えになっている。

 俺は壁のギターを手に取り、清水に渡しながら再度問う。


「本当に清水がギター、小島がベースでいいのか?」

「うん」

「よろろ」


 真剣な表情の清水と逆に肩の力が抜けている小島へとりあえず軽めのものを渡す。

 清水には赤色のテレキャスター、小島は真っ黒のジャズベースだ。二人とも初心者と言っているのでスタンダードな種類を選んだ。


「清水が持ってるのはテレキャスター。重量が軽く、ギターボーカルによく使われ、硬くて鋭い音が鳴る。

 小島に渡したのはジャズベース。こっちは色んな曲に対応できるマルチプレイヤーって音感だな」


 弾いてみろと足元のダンボールに詰まっていたセルロイドのピックを二人に投げる。ピックを受け取った二人はベンベンと弦を弾いて音になっていない音を出す。

 それを数分続けた二人は楽器を持った腕をしんどそうに膝下あたりまで下げた。


「……ギターって結構重いんだね。ライブとかだとブンブン振り回してるからもっと軽いのかと思っちゃった」


 確かにギターは他の楽器と違って振り回したり、ぶん投げてぶっ壊したりしてる印象がある。大体ジミヘンのせいだけど。こっちの世界でそうなってるのはよくわからん。


「テレキャスは重量が三キロちょっとあるからな。もっと軽いのもあるが、ギターはだいたいそれぐらいの重さが平均的だ。それを長時間持てないならギタリストは厳しいぞ」

「へぇー。ねぇねぇ、私のはどれくらいなの?」

「小島のジャズベースはさらに重くなって四キロ前後だ」


 小島がうへぇと前傾姿勢を取る。実際にはストラップがあるとはいえ、初めて持つなら体感は相当重いはずだ。


「これ抱えてボーカル……」

「別に慣れないうちはインストでもいいとは思うがな。

 言っておくが、ギターボーカルよりベースボーカルのほうが遥かに難しい。ギターの清水がボーカルを担当できないならば、素直にインストで練習しろ。無茶は身にならん」


 小島はともかく、清水は標準体重に届いていなさそうなほどにヒョロヒョロだ。一七八センチ八五キロで筋肉質の俺と並ぶと身体の厚みが倍近く違う。

 清水には無理矢理にでも飯を食わさねばいかんな、なんて顎に手を当てて清水を見つめていると、小島が視界にインターセプトして質問をぶつけてくる。


「なんでベースだと難しいの? ベンベン引くのはギターと一緒じゃん」


 ベンベン言うな。


「基礎が分かっていない奴が理解するのは難しいが……教えてやるから理屈だけは頭の隅に入れて覚えておけ」


 小島からベースを受け取り、俺はピックを持ってリズムよく弦を弾く。


「バンド楽器においてベースやドラムはリズム楽器と呼ぶ。簡単に言えば曲の進行の道を作る楽器だ。ベースやドラムがボロボロの音を出せばテンポが狂い、聞き苦しい不協和音になる。故に、リズムを保ちながら歌唱しなければならないベースボーカルは相応に難しいというわけだ」


 もちろん、ベースボーカルのバンドもいるがなと補足してベースを小島に再度渡す。二人は納得したのか、清水がボーカルをこなせるかを相談し始める。

 盛り上がって楽しそうなのは結構だが、まだスタートラインにさえ立っていないことを二人とも忘れているな?


「そもそも楽器はどうするつもりだ? まだ楽器を買ってもいないのにボーカル問題なんぞ話どころではないだろう」

「そうだった。どれがいいかを見つけに来たんだった!」


 小島がハッとし、清水と一緒に壁にかかったギターとベースを真剣に眺める。

 俺は二人に気が済んだら降りて来いと告げたが、おそらく声は届いていないだろう。




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