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ライブハウスへようこそ  作者: 菅原暖簾屋
ライブハウスへようこそ

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12/14

放課後も忙しい伊織

「お疲れ様」


 家に寄らずにネストへ顔を出すと、山口がライブホールで今日のイベントの主催者とセット表を手に打ち合わせをしていた。

 山口は挨拶をした俺に気づくと、紫のロングヘアーを振り乱して飼い主を見つけた犬のように駆け寄ってくる。


「お、オーナーの制服姿じゃん。くんかくんか~」

「……チッ」

「ガチ目の舌打ちは傷つくなぁ!?」

「変わりませんねぇ~」


 主催者が苦笑した。この人は定期的にアニソンDJイベントを持ちこんでくれるイベンターで、当然ながら俺とも顔見知りだ。


「本日もお世話になります。高校にご入学されたそうで、おめでとうございます」

「ご丁寧にありがとうございます」


 礼を言って笑顔で握手を交わす。見知った顔とはいえども挨拶は大事だ。


「チケットはどんな感じですか?」

「前売りは一四〇を超えてますよ。当日券含めたら二〇〇はいきそうです」

「ギリ赤いかないってとこですか」

「ですねー。財布には厳しいですが、皆が楽しむためのイベントなんで利益は二の次です」


 左手で山口の頭を握りつぶしながら主催の方と世間話を済ませ、制服のままスタッフルームに向かう。紫頭もついてこようとしたので仕事をしろと尻を蹴飛ばすのも忘れない。

 のっけからの騒ぎに嘆息しつつスタッフルームに入れば、そこでは木内君が食事をとっていた。


「お疲れ様です」

「お疲れ様……あれ、今日は太伯師匠の付き人じゃなかった?」

「それが、朝に師匠がやらかしたんで中止になったんです」

「やらかした?」

「階段から落ちて捻挫だそうです。せっかくディナーショーに誘われていたのに……」

「豪華な飯をくいっぱぐれたと」

「です」


 憤懣冷めやらぬといった語気で木内君はコンビニ弁当をつついている。俺がいれば賄いを用意できたのだが、午前出勤の山口・近藤・木内の三羽烏は全く料理ができない。俺がいない平日の彼らの昼食はコンビニ弁当か外食ばかりなのである。


「それならせっかくの休みなんだから自宅でゆっくりすればよかったのに」


 木内君は本業との兼ね合いで自由出勤を条件に雇っている。だから、彼は出勤してもいいし、しなくてもいいのだ。

 もっとも、彼の性格上出勤できない日をきちんと報連相してくれるのだが。


「……今月は多めに入らないと新調した着物代がきつくて」

「うーん、世知辛い」


 俺はスタッフルームの冷蔵庫から自作のパンナコッタを取り出し、そっと木内君の目の前に置いた。





「うーん、やっぱりオーナーの作るご飯は最高~」

「さよか」


 打ち合わせも順調に終わり、余裕のあるうちに別の用事を済ませるらしいイベントの主催者がネストから外出したので、少しばかり遅くなった昼食を山口に作る。メニューは青椒肉絲丼。行きつけの八百屋でピーマンが安かったのである。

 俺の分の甘辛ピーマン丼を食べながら山口と世間話をしていると、不意にフライヤーに大きく書かれた文字のことを思いだし彼女に尋ねる。


「そういえば、今日のイベントに声優が来るんだって?」

「そそ。えーっと……」


 山口がバーカウンターに積まれた資料を確認し、「三島さんって人だね」と教えてくれた。生憎、聞き覚えがない。


「人気声優なのか?」

「私にそれ聞くぅ?」


 互いにアニメ業界の事情に一切詳しくないので不毛なだけか。


「まぁ、人気じゃないならそもそも呼ばれないか」

「んにゃあ。ところがどっこい、そうでもないかもしれないんだよね~。三島さんの流すプレイリストが同じアニメのタイアップ曲ばっか、彼女が主役やってるアニメ枠でゲストかもよ」


 ほら、と山口から差し出されたセットリストに目を通せば、曲名の横にある備考欄にバンド名とタイアップしたアニメが書かれていた。狭い枠にビッチリと書きこまれているので非常に読みにくい。しかし、そのセットリストからはオタク特有の熱量を確かに感じた。


「……あの人はこのアニメが好きなんだろうな」

「ま、じゃなきゃブッキングしないでしょ……あ、そーだ」


 半分ほど食べた青椒肉絲丼の上に箸を置き、山口はカウンターの上に放置していたスマホを滑るように操作する。山口が操作を終えて数十秒ほど経つと、ポポッと通知音が鳴った。


「イーコちゃん来るって」

「待て待て待て、過程を飛ばすな」


 何故アニメの話をしていたのにいきなり清水がやってくる話になったんだ。


「今の子だからアニメについて詳しいかなって思ったから聞いたんだよねぇ~。そしたら、一緒にいる友達が詳しいから連れてきてくれるって」

「何故ただの雑談からそうなる」

「イーコちゃんがお茶の水でギターを見繕うって言ってたから、暇なんだろうと思って訊いちゃった」


 片眉をあげ、問い詰めるように訊いた俺に山口はテヘッと舌を出して答える。

 ……きっつ~……。


「吐き気を催すそのノリはさておき」

「さておかないでよ。とんでもない罵倒はやめて」

「なんで清水はギターを買おうとしているんだ」


 ふとした疑問を山口にぶつける。山口は頬に指を当てて「うーん」と唸る。


「さぁ? 軽音部でも入るんじゃない?」

「ウチの高校に軽音部はない。部活動案内で確認した」

「じゃあバンドとか。結構この前のレコメンドライブ気に入ってたみたいだし、いっちょギタリストにでもなりたくなったんじゃない?」

「メジャーとマイナーの意味もわかっていなかったのにか?」


 清水を飛び入りに巻き込んだときの話では楽器とは無縁の生活を送っていたと聞いたが、一体どんな風の吹きまわしだ。

 俺が真剣に悩んでいると、山口が心底呆れたと言わんばかりの口調で「本気で言ってる?」と言った。


「あの子がギターを弾きたくなった理由、本当に見当がつかない?」

「さっぱりだ」


 言い切った。本当にわからない。


「……譜面スコアは読めても女心は読めないオーナーでしたと」

「酷く侮辱された気がする」

「にぶいっ! 御馳走さまでした!」


 山口は空になった丼ぶりをドンッとバーカウンターに置いて、ライブホールへと消えていった。

 一体、何が鈍いというのだ。俺には理解できなかった。





「というわけで、清水がギターを購入しようと決意した経緯を知りたい」

「うぇええええええ!?」


 数十分ほどしてネストにやってきた清水に山口とのやり取りを伝えて答えを求める。すると、清水は尋常じゃないほどに動揺し、横にいた清水の友人Aが腹を抱えて爆笑し始めた。本当にどういうことだ?


「そ、それは秘密っていうか……」

「そうか、なら仕方ないな」


 顔を赤らめて指をもじもじとさせる清水が秘密というので引き下がる。

 別に無理に訊き出したいわけではないのだ。無性に気になっただけで。


「で、目当てのギターはあったのか?」

「それがね……」

「私も清水も経験者じゃないから楽器屋行ってもさっぱりわかんなくてさ!」


 大笑いから復帰した友人A……確か、小島とかいったクラスメイトが溌溂として答えた。

 てっきり小島が経験者で楽器選びに付き合っているのかと思ったが……なんだ、ただ冷やかしに行っただけか。


「私もイーコも高校で楽器デビューしようと思ったんだけどさ、いざ楽器屋に着いたら数多すぎて全然わかんなくて困っちゃった」

「だろうな」


 見ただけで良し悪しがわかるならアーティストは苦労しない。店員に訊かなかったのかと訊けば、無知なズブの素人が質問するのは悪いかなと思ったそうだ。二人にはそのような客を手助けするのが店員なんだぞと教えておく。

 まぁ、購入前というならちょうどいい。未来のバンドマンを手助けしてやるか。


「二人とも時間はあるのか」

「もち。イーコも大丈夫っしょ?」

「え? う、うん。全然大丈夫だけど……」

「だったら一階に来い。軽くレクチャーしてやる」


 俺の言葉に清水が目を輝かせた。




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