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ライブハウスへようこそ  作者: 菅原暖簾屋
ライブハウスへようこそ

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11/14

松本先生に相談しよう

 週が明けて月曜日。人生二度目の高校生活においての初登校である。

 いやいやながらも家からすぐのバス停からバスに乗り、俺がこれから通う高校の生徒たちの波に揉まれて私立聖錬院(せいれいいん)高校にたどり着く。

 校門では風紀委員と書かれた腕章を右腕に装着した生徒が挨拶しており、登校している生徒たちも異口同音の挨拶を返しながら昇降口を目指していた。その流れに乗り、昇降口から上履きに履き替えて入学式に案内された四階にある一年生の教室に向かう。

 俺が教室のドアを開けると、教室内には既に多くの生徒が登校していた。見知った顔の清水も席に着いてクラスメイトと何かを話している。彼女に友人ができたようでなによりだった。

 そんな彼らを尻目に、俺は自分の席でスマホと手帳を取り出す。金曜に酔っぱらった山口たちの面倒を見たせいで微妙に仕事が滞っているのだ。


「あ、おはよう伊織君」

「おはよう」


 笑顔で挨拶をしてきた清水に一言返し、財布に入っていたレシートをスマホの電卓アプリで計算したものを書き込んでいく。すると、清水とその友人たちが興味深そうに俺の手元を覗き込んできた。鬱陶しい。


「……なんだ」

「学校に来ても伊織君って仕事してるんだね」

「どこかの誰かが仕事を邪魔してくれたもんでな」

「うっはー。嫌味バリバリだね!」


 嫌味を言われるような行動を取ったのはお前らだろうが。


「なんか、初日なのに仲良くね? おな中じゃないよね?」

「うん、入学式の日に一緒に遊んだの!」

「そうだな」


 俺の職場で金も払わずに時間を潰し、部下の多少言葉が話せる紫モンキーと共に仕事の邪魔をしたのを遊んだと言い表すのは業腹ではあるが、俺は大人なので同意しておいてやる。俺は大人だからな。


「へぇ〜、手が早いじゃんイーコったら。どこで遊んだの?」

「えっとね、ライブハウスだよ!」

「うぇ? パリピ御用達のスポットじゃん! 私も行きたい!」

「客として来るなら歓迎するぞ」


 別にパリピ御用達ではないがな。

 備品の自家消費計算を終え、続いて食材代の計算に取り掛かりながら清水の友人に答える。

 友人は俺の発言に疑問を感じたのか、小首をかしげて訊いてくる。


「客?」

「そのライブハウスは伊織君の家なの。スタッフさんも優しかったよ」

「やさ……しい……?」


 脳内で紫モンキー山口や強面ゴリラの近藤さんが清水の毛づくろいをする光景が広がる。

 思わず、愕然とした表情で清水を見つめてしまった。


「伊織、凄い顔してるけど」

「あ、ああ。一般的な優しいという単語の意味が俺の脳内辞書とは違うようでカルチャーギャップを感じていただけだ」

「優しいには優しい以外の意味はないよっ!?」





「ウィ。はーい、みなさん、おはようございます。これからの一年間、君たちの担任をする松本です。よろしくね」


 あくびを噛み殺しながら担任が言う。やる気ないな、この先生。

 肝心の授業はというと、初日の一コマ目であることもあって授業ではなくホームルームの時間割りになっていた。


「そんなわけで、今はホームルームの時間なんだけど……まずは出席番号一番から順番に自己紹介してくれ」


 松本先生にうながされ、出席一番の男子生徒が自己紹介を始める。俺は七番、カ行だから比較的出番は早いほうだ。

 そして、案の定あっという間に俺の番が回ってくる。


「五条伊織です。趣味は金の計算。よろしく」


 俺の自己紹介に教室がざわめく。自己紹介が短いのと趣味が異質なものだからだろうか。

 まぁ、人の評価などどうでもいいので事実を伝えただけだ。俺が鼻を鳴らして着席すると、腕を組んで黒板の前に座っていた先生が情報を付けくわえてくれた。


「伊織は新宿でライブハウスやってるから軽音部とか学外バンドの奴らは話聞いてみな」

「値引きはしないが、出演のデモ音源審査は緩くしてやる」


 何故だかわからないが、クラス中に笑われた。

 釈然としないが、俺の後に数人が自己紹介をし、清水の番が回ってきた。


「清水好子でーす。イーコって呼んでね。趣味はコスメ漁りと自撮り、それと伊織君の作ったご飯を食べること。よろしくぅ~」

「おいおい、不純異性交遊はやめてくれよ」

「ありえませんね」

「それはそれでどうなんだよ伊織」


 真顔で答える俺に先生がツッコんだ。

 む……茶化す空気をつぶしてくれたのか? 松本先生を少し見直した。

 他にもちょくちょく松本先生がクラスメイトの自己紹介にツッコミを入れつつ、最後のクラスメイトが自己紹介を終えると、よっこらせと言って先生が立ち上がる。


「あーい、最後に担任の松本浩志まつもと こうしです。副担任に稲葉先生がいますが今日はちょっと外してますっと。

 楽しい自己紹介も終わったんで、これから必修の教科書を配っていく。漏れがないか確認してください……あー、それから男子諸君は一階から教科書のダンボール持ってくるから手伝ってくれ」


 俺含む男子が口々に「はーい」と返事をして松本先生に付き従って廊下に出る。

 既に仲良しグループが出来上がりつつあるのか、二、三人の生徒が移動中に固まって移動していると、俺へ後ろのほうにいた丸刈りの生徒が話しかけてきた。


「なぁなぁ、五条の家ってマジでライブハウスやってんの?」

「ああ」

「有名なバンドとかくんの!?」

「ああ」

「バードとか来る!?」

「ああ」

「マジ? 今度行ってもいい?」

「客としてくるならな」

「そこは生返事じゃないんかい!」


 やけに話しかけてくる丸刈りを適当にあしらいつつ、教室のある四階から一階まで階段を降りる。階段の昇降だけで一仕事だ。

 やいのやいのとクラスメイト達が気まぐれに隣の生徒同士で会話しながら一階へ到着すると、松本先生が気だるげに同じように立ち並ぶ教室たちの一辺を指さす。


「一年生の教科書は家庭科室にある。教科書の詰まったダンボールを一人一つずつ頼むわ。詳しくは中で振り分けしてる先生に訊いてくれ」


 一個一〇キロあるらしいぞと聞きたくもない情報を付け加え、松本先生は悪戯気に笑った。ええーっ、と不満を含んだ声をあげる生徒たちを彼は手を叩いて送りだす。


「伊織、ちょっといいか?」


 俺も最後方について家庭科室に入室しようとしたところで松本先生に呼び止められた。どうでもいいが、なんでこの人は俺だけ名前呼びなんだ。

 特別教室が並ぶ一階のアトリウムで、先生がひとつ咳払いをして口を開く。


「平日の大半を午前で早退するって伊織の事情は聞いてる。悪いが、お前さんの家庭事情もな。来週あたりに進路相談があるから先に訊いとくが、現時点で困ったことはないか?」


 先生から告げられたのはプライベート由来の早退についてだった。単位に関わるから優先して聞いておきたかったのだろう。


「ありません。気を遣っていただけるのはありがたいですが、特別扱いは面倒なので勘弁してください」


 だよなぁと、松本先生は顔を顰めて言う。


「校長やら理事長がお前の保護者のファンだからか、不自由させるなってうるさくてな」

「……ああ、なるほど」


 叔父さんは日本を代表するバイプレイヤーだ。毎クール何かしらの地上波ドラマに出ているし、その分ファンも多い。お偉いさんたちは俺に目をかけて、叔父さんとお近づきになりたいってわけか。面倒な。


「俺はなるべく叔父さんには迷惑をかけないようにしています。三者面談にも代理の方が参加してくれる手筈になっているので、お上の方にはそうお伝えください」

「代理? 親戚はアレだろうから……もしかして、店の人か?」

「はい、店長を勤めてくれている大澤さんという方です。叔父さんの知己の方で、俺も全面的に信頼している人です」


 信頼していると言い切った俺に何を言っても無駄だと思ったのか、先生はボサボサの髪をガリガリと掻いた。


「そうか、問題がないならいいんだ。うちのクラスはもう一人爆弾がいるからな、伊織が大人で助かるわ」


 カラカラと笑う松本先生の言葉に眉がピクリと動く。ふむ、せっかくだしつついてみるか。


「清水ですか」

「……あー、悪い。詳しくはちょっとな」

「清水は入学式の日から二日間ネスト……ウチのライブハウスで寝泊まりしましたよ。帰りたくないと言って」


 俺の発した特大の爆弾発言に半分ほど瞼を閉じて眠たげだった松本先生が目を見開いた。


「はぁっ!?」

「事実です。では」


 伝えるべきことを伝えたので会話を終了して家庭科室へ向かおうとすると、先生にとんでもない力で腕を引かれた。


「なんです?」

「いやいやいや、そんな会話の打ち切り方あるかよ。詳しく聞かせてくれ」

「構いませんが、担任としてやるべきことが残っているのでは? まずは目先の仕事を終わらせましょう」

「そうだけどさぁ……」


 釈然としない表情の先生が大きなため息を吐いた。


「……伊織、放課後時間あるか?」

「大丈夫ですよ」


 今日は初日で三限しかないからな。


「だったら授業が終わったら生徒指導室まで来てくれ」

「おや、まさか生徒指導室に呼ばれるとは思いもしませんでした」

「喜べ、史上最速は確定だ」


 まぁ、初日に問題起こすくらいならハナから学校に来てないわな。





 あっという間に放課後。

 ホームルームで渡された教科書のせいでパンパンになった新品の通学鞄を抱え、俺は生徒指導室を訪れた。

 職員室の目の前にある生徒指導室のドアをノックをすれば、どうぞと返事があった。失礼しますと口にして入室すると、松本先生と何故か見たことのない赤いアンダーリムの眼鏡をかけた女生徒が並んでソファに腰掛けて俺を待っていた。その生徒はネクタイの差し色からして三年生だと判断できる。


「どなたです?」


 俺は鞄を先生たちの対面にあるソファの横に置いて、そのソファへ無遠慮に座った。女生徒がピクリと何か言いたげな表情をしたが、いちいち時間を取られるのも面倒なので黙殺する。


「コイツは生徒会長の管原すがわら。この学校は私立だろ? 生徒の自主性がうんぬんってことで生徒会の権限が結構強いんだ。生徒指導室の使用許可取ったらよ、この頭カッチンに初日からですかって食ってかかられて強引に同席してるわけ」

「……プライバシーってもんがありますが?」

「私が話を聞くことで、生徒会としても力になれるかもしれません。それに何より……」


 管原がじろりと睨むように先生を見る。


「松本先生に任せるのはちょっと」


 ちょっとわかる。微妙に頼りにならなさそうな雰囲気があるんだよなこの男。


「そうですか。承知しました」

「承知しないでくれよ」

「ご理解いただけて幸いです」

「俺はよくないよ」

「松本先生うるさいです。責任だけ取ってください」

「うわ、最悪な要求された!」


 横暴だと騒ぐ哀れな担任を無視し、俺は生徒会長と相対する。そして、木曜日の入学式後からの一連の流れを彼女たちに順序立てて伝える。

 一通りの話を聞き終えた二人は騒がしさは何処へやら、真剣な表情で事態の深刻さに閉口した。


「松本先生、清水さんの家庭状況はお知りになっていましたか?」

「いや、ここまで酷いとは聞いてなかった」


 生徒会長が先生に訊けば、彼はそこまで詳しく聞いていないと答えた。


「……実態はともかく、情報だけで言えば十分な虐待です。お父様に電話をして家庭訪問を実施するべきでは?」

「五月末に実施予定だが、清水だけ先にした方がいいかもな。

 わかった。話を聞かせてくれてありがとな伊織。長時間拘束するのも悪いし、後は任せて帰ってくれていいぞ」


 入室したころのヘラヘラとした態度はどこへやら、一転して真剣な表情の松本先生から退室していいと許可が出たので、ありがたくその言葉に従う。


「では、失礼します」

「おう、また明日な」

「ありがとうね、伊織君」


 二人に見送られて生徒指導室のドアを閉める。

 よく考えたら、密室に男教師と女生徒が二人きりの状況って滅茶苦茶PTAにつつかれそうだなと思いながら、俺は人気の少なくなった昇降口を目指した。



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