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ライブハウスへようこそ  作者: 菅原暖簾屋
ライブハウスへようこそ

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10/14

徒然なるネスト -店長と花見-

「なぁ、花見に行かないか?」


 いつまでもああじゃないこうじゃないと騒ぎをやめない三馬鹿を鉄拳制裁で黙らせ、上山がやり残した店内清掃を終わらせた後、不意に近藤さんがそんなことを言い出した。

 時刻は一六時を回ったところ。ライブホール側の点検は早めに終了し、確かに夜のバー営業までは時間がある。

 山口も近藤さんも仕事は終わっている。全然帰宅してもらって構わない状況だ。


「行きたいならあがってもらって構いませんよ。山口は大澤さん(店長)に提出するブッキング案を終わらせてるし、近藤さんも照明確認完了したでしょう?」

「オーナー! ウチは!?」

「テメェは夜営業のために出勤したんだろうが。もうすぐ大澤さんと木内君が来るから大人しく待っとけ」

「うぇーん、ウチも行きたい~」

「棒読みで何言ってんだ」


 性根が出不精の上山が本心から行きたがるわけもない。場の空気に合わせて適当にふざけているだけだ。

 そんな上山はさておき、清水は目を輝かせて行きたいオーラを出している。彼女も俺以外の知り合いのいなくなるネストにいても暇だろう、山口たちに同行するように勧めるか。


「せっかくだ、清水も山口たちについていったらどうだ? ちょうど満開時期だ、夜の桜は映えるぞ」

「そうそう、イーコちゃんもおいでよ。適当にネストの料理詰めてさ」

「勝手に詰めるな」


 冷蔵庫に用意しているのは今からの夜営業用だ、たわけが。

 殺生な~と俺に縋りつく山口を無表情で振り払っていると、清水が口を開いた。


「伊織君は行かないの?」

「行かない」


 スパッと言い切る。おい、全員が全員不満そうな顔をするな。


「店長が来たら俺もあがるが、片付けたい仕事が残っているのでそのまま家に帰る」

「ええ~っ! オーナーも行こうよぉ~。イーコちゃんも来るんだしさぁ」

「付けくわえるなら酒の入ったこのアーパーに絡まれたくない」


 山口の中身の詰まっていない頭を人差し指で突いて言う。やられている本人はガハハと笑って気にすることもなく、自分のスマートフォンを操作して誰かに連絡を取っていた。

 すると、数度ペコンと山口のスマホから音が鳴り、ふむふむと山口が頷く。


「山田君たちが中央公園で飲んでるって。久保ちゃんも中田君も一緒だってさ」


 ネストのバイト連中が新宿中央公園で酒盛りをしていると聞いた近藤さんは「そうだな」と呟いて俺のほうを見た。


「じゃあ、中央公園に行くか。マジな話、オーナーもどうです? 最近働きづめだったじゃないっすか、気分転換も大事ですよ」

「気遣ってくれてありがとう近藤さん。大丈夫、そちらだけで楽しんできてくれ」


 礼を言って近藤さんの申し出を断ると彼は残念そうな顔をしつつも、なおも俺を強引に誘おうとする山口の首根っこを掴んだ。


「そうですか。ほら、山口も諦めろって」

「諦めたら試合終了なんだよ!」

「もうゲームセットしてるっての」


 あれ~と近藤さんに襟首を持たれ連行されていく山口とその後を心配そうについていく清水を見送り、俺はバーカウンターに置かれたままのラップトップに向き直る。

 すると、上山が妙にニヤついた表情を浮かべて愉快気な声色で話しかけてくる。


「本当にいかなくていいんすか~? イーコちゃんったらオーナーに来て来てオーラ出してましたけど」

「子守は近藤さんに任せた。そもそも俺は明日のライブの準備が残っている」

「てんちょーに任せればいいじゃないっすか~。枯れた十代過ごしていいんですかぁ?」

「俺は枯れてない」

「私は枯れていると思いますがねぇ」


 バーホールのドアが開き、ベージュの一揃えを纏った壮年の男性、ネストの店長である大澤さんが入室してきた。

 彼は叔父さんが仕事などで近くにいない間、俺の後見人を買って出てくれている御仁だ。関係性で言えば、叔父さんの元嫁さんの親戚になる。いつ考えても遠すぎる関係だ。

 大澤さんは重病の奥さんを自宅で介護している都合上、子供たちが家に帰ってくる夕方からしか出勤できない。だが、そもそも彼がいないと食品衛生管理者と防火管理者の資格を持つ者がいなくなるので、ネストを飲食店として経営できない。なので彼はネストの屋台骨的存在であるのは間違いないのだ。

 なぜなら、防火管理者はともかく、食品衛生管理者は高校生だと取得できないからだ。つまり、大澤さんがいなくなると法的に経営できなくなる。

 後、山口がトチ狂ったブッキング案を提出したときに正論でぶちのめしてくれるのも助かっている。


「あ、てんちょー」

「お疲れ様です」

「お疲れ様です伊織君、上山さん。何も問題はありませんでしたか?」


 大澤さんはビジネスバッグを俺の隣の椅子に置き、バーカウンターのコーヒーディスペンサーを操作して温かいブラックコーヒーを淹れながら俺に尋ねた。


「ええ、設備点検も順調に終わりました」

「それは結構。そういえば、見慣れない女の子が山口さんたちと出掛けていきましたが……」

「俺のクラスメイトです。ちょっと訳アリみたいで山口と近藤さんに面倒を見てもらってます」

「ほう、訳アリ」


 Mサイズのカップに注がれたドリップコーヒーをゆっくりと啜りつつ、大澤さんが興味ありげな反応を見せる。


「なんか家に帰りたくないみたいですよ」

「家出少女というわけですか?」

「そんな簡単な言葉で片付けられない程度にはこじれてる家庭環境のようです。深くは訊いていませんが、ネグレクトの可能性もあります」


 高校生になったとはいえ、保護者が家に帰らずに一人で生活させるのは十分にネグレクトに当たるだろう。


「ほう、虐待ですか……」

「身体的なものではないのでこちらから通報はしませんがね。ギャルぶって明るく努めているようですがどこか影はあります。故に少し様子見しようかと」

「そうですか、何か手伝えることがあれば言ってください。アナタも高校生なのですから抱え込まないように」


 真剣な顔つきで頼れと言い切る大澤さんに、俺は笑いかける。


「無論です。ああ、山口が来月のブッキング案をまとめたので確認お願いします」

「おお、後ほど拝見しておきましょう」

「流れるように仕事の話になりましたね……」


 上山が「ホント、オーナーって高校生には見えないっす」と呟く。通算で三ケタ年生きていれば今更高校生なんぞに擬態できないっての。





 夜営業も開始し、大澤さんと本業終わりに出勤してきた木内君に店を任せて帰宅する。

 俺の家はネストの入っているビルの二階にあり、フロアに存在する八室全てを自宅にしているので階段を登ると騒がしい地下とは対照的に一気に静かになる。

 俺はいつも使用している二〇一号室の鍵を開け、荷物を玄関横に置いて手を洗う。そして、そのままリビングへ向かいゴロンと横になった。


 天井を眺めながら消化すべきタスクを考える。日用品の買い出しは明日、店の備品を購入するときにするとして、今晩の食材は何が余っていただろうか。確認するために立ち上がる。

 そこで、リビングにまとめられていた鞄に目が行った。清水のものだ。昨日はここに泊めたので忘れていったのだろう。スマホを取り出して山口へ清水と一緒にいるかを問うメッセージを送る。すると、数秒もせずに山口から電話がかかってきた。


「なんだ」

『オーナーも来ようよ!』


 通話を切断した。間髪入れずに再び山口から着信。数秒悩み、仕方なく通話を繋げる。


『即切りは酷くなぁい?』

「酒臭い、話しかけるな」

『通話越しですけど!?』


 口調から臭うんだよ。


「清水の荷物が俺の家に置きっぱなしだ。後でネストに預けておくから帰りにでも取りに行け」

『あー、了解了解。見知らぬおじさん相手にキャバクラやってるイーコちゃんに伝えとくね』

「ヤバい輩に絡まれたら近藤さんを盾に使えよ」

『わかってるって~。中央公園にいるからオーナーも気が向いたらおいで~』


 そう言って通話が切れる。あの様子では大宴会になっているな……行かないでよかった。


 自身の選択を褒め、リビングの座卓に置いたラップトップで仕事を始める俺であった。

 しかし、数時間後。酔いに酔ったダメ大人たちが襲撃してきてまとめて面倒を見る羽目になるのはまた別の話。





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