第三話:共犯者のプロローグ(完結)
【信宏視点】
三人での飲み会が終わるころ、俺はさやかに呟くように話しかけた。
「あいつの奥さん、結構ドライらしくてな。あいつも案外、寂しい思いしてるのかもよ」
さとしの夫婦のことは、なんとなく知っている。娘がいる俺には、女の気持ちが少しわかる。あれは隠し事をしてる女の目だ。……さとしの奥さんは、おそらく外に男がいる。
俺自身、何を期待して、どうなってほしいのかも分からない。だが、何故かさやかにそんな言葉を投げていた。
たぶん、この日の俺は勘が冴えていたんだろう。一瞬、この二人が惹かれ合うという、まだ本人たちにも見えていない未来の姿が、雨上がりのアスファルトみたいに鮮明に見えた気がしたんだ。
【さとし視点】
信宏さんが予定があると言って夜の街へと消え、予報にない雨が降り出した。
さやかさんと二人きりになり、気まずさと、何かを期待する複雑な感情が入り混じる。
本当は、このまま彼女を連れ去ってしまいたい。だが、俺は「理想の先輩」であり「誠実な既婚者」でなければならないと言い聞かせる。
「傘を貸すよ」と別れを告げようとした私に、彼女は「一緒にいたい」と答えた。
その瞳の奥に、私に対する「期待」の光が見えた気がして、心臓が熱く脈打つ。
狭い傘の中、彼女が微かに寄せてくる体温。
甘い果実の香りが、雨の湿気と混じり合って、俺の理性を激しく揺さぶる。
(……さやかさん。これ以上は、危ないよ)
声に出しかけた言葉を、喉の奥で飲み込む。今の私は、彼女を抱き寄せる代わりに、傘を持つ手に力を込めることしかできない。
この独占欲をどこかに吐き出しておかなければ、いつか私は、自分が作り上げた「理想」という名の檻を自ら壊してしまいそうだ。
戻れなくなる前に、「プロローグ」で物語を終わらせるために。私は自分自身の手で、この感情にケリをつけようと心に決めた。
いつか彼女が私に振り向く――そんな妄想は、現実になってはいけないのだと、強く、強く、自分に言い聞かせながら。
【さやか視点】
居酒屋を出る間際、信宏さんにだけこっそり教えられた言葉が、ずっと胸の奥で熱を持っている。
『あいつの奥さん、結構ドライらしくてな。あいつも案外、寂しい思いしてるのかもよ』
完璧に見えるさとしさんの、さとしさんさえも気づいていない「隙間」。
「……あ、雨」
ポツリ、とアスファルトが色を変える。
「さやかさん、折りたたみ傘があるんだ。これ、貸すよ」
さとしさんはどこまでも紳士的に、傘を差し出してきた。
「……いえ。少しだけ、一緒にお話ししませんか? 雨が弱まるまで」
自分でも驚くほど大胆な提案だった。彼は一瞬だけ驚いたような顔をしたが、すぐに穏やかに微笑んで、小さな傘を広げた。
一本の傘の下。肩が触れそうな距離。
さとしさんのスーツから漂う、清潔な大人の香りをもっと感じたくて、私はあえて少しだけ彼の方へ寄ってみる。
避けられるかと思ったけれど、彼は何も言わずに、ただ私の肩が濡れないように傘を傾けてくれた。
(そんなに優しく、隙を見せられたら……いつか奪えるって、思っちゃうじゃないですか)
駅の改札前。「じゃあ、また明日」と手を振る彼の背中を見送りながら、私は自分の唇をそっと噛んだ。
さとしさんはまだ知らない。
私が、ただ守られるだけの「理想の後輩」で終わるつもりなんて、さらさらないことを。
――それが、二人が「共犯者」となる、ほんの少し前の出来事。
(完)
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
これが、後に「共犯者」と呼ばれることになる二人の、ほんの少し前の出来事。
さとしが心に決めた「ケリをつけるための物語」は、ここから加速していきます。
二人が一線を越え、距離が一気に縮まっていく本編。
そして、さとしの想い描いたシナリオの衝撃の結末は、別サイト(ムーンライトノベルズ)にて公開中の第一部にて完結しております。
▼ 続き(本編・R18)はこちらから直接お読みいただけます
https://novel18.syosetu.com/n3057lq/
また、現在ムーンライトでは、一緒になった二人の「その後」を描いた最新シリーズも連載中です。
ぜひ、プロフィール欄のリンクから、より深く濃密な二人の世界を覗きに来てください。
▼二人の様子を描いたイラスト掲載はこちら
https://49666.mitemin.net/i1089873/




