『ウンディーネは朝焼けに笑う』番外編 フルトブラントの独白2
ルーの顛末は、彼が部屋を出て十数分後、訪れた新しいハウスメイドによって齎された。
話を聞くなり部屋を飛び出し、館中を探索したが、彼の姿はどこにもない。
「お部屋にお戻りください。新しいパートナー候補様が参られます。ゲスト様はお部屋でパートナー候補様をお迎えにならなくては。規則違反は許されません。私がメイド中に鞭打ちされてしまいます!」
赤毛にソバカスの、アンフェリータとそう歳の変わらぬハウスメイドに懇願されて、私は立ち止まる。
焦燥に胸を焼かれるようだ。一瞬たりとも、じっとしてなどいられない。
だが、ルーの行方は、杳として知れない。新しいハウスメイドに尋ねても、首を横に振るばかりだ。
「申し上げられません。規則にございます」
「規則など、糞喰らえだ。ルーの身に、もしも何かあったら…」
「ご安心ください。パートナー候補様は、説明にご納得されて、部屋を出たと伺いました。ゲスト様の、ご心配には及びません」
そう言うように躾けられているのか、それとも彼女に悪意があって、到底受け入れられないような嘘を堂々と吐くのか。
…このまま手を拱いてなどいられないが、この館の異様なルールを思うと、私が騒ぎ立てることでルーの身に危険が及ぶ恐れもある。
ぞっとするような思いで、所かまわずからみあう男女、女女、男男を目に入れぬようにして、私は部屋に戻った。いたずら心を起こしたルーが、部屋を間違えたふりをして、訪ねてくるかもしれない。
一縷の望みに縋るような思いでいたが、次に扉が開かれた際に目にしたのは、私のよく知る女性の顔だった。
「セデュイール、あなたも、騙されてここに連れてこられたのよね? そうに決まっているわね。まったくなんて事務所かしら、役者を売るような真似をして、いくら積まれたのか知らないけれど…」
扉を開け、私の顔を見るなり絶叫したダイアナは、客間のソファに掛け、怒り心頭といった様子で並べたてる。
「なんとかして脱げださなくちゃ、一緒に逃げましょうよ、こんなところの空気、吸うのも嫌だわ。胸が悪くなる!」
「逃亡は規則違反でございます。違反されたお客様には、生命の保証がございません」
「うるさいわね、黙ってなさい!」
苛々とハウスメイドを叱りつけたダイアナは、ふと思いついたとでもいうように部屋を見回す。
「ところであの、軽薄男は一緒じゃないの? 珍しいわね、…」
「ルーのことか」
「そうそう、たしかそんな名前だった。まあ私は別に、あいつがいないほうがあなたとゆっくり話ができていいのだけど…」
「ルーはハウスメイドに降格だそうだ」
「え?」
「はい。1週間、大広間での『お披露目』をされなかったパートナー候補様は、別の部屋のハウスメイドとして働いていただきます。そのようなルールになっております」
「それって、…」
「ハスメイドは部屋の主人に絶対服従、拒絶や抵抗は許されません。何をされても、ご主人様の意のままに従うのが、ハウスメイドの掟にございます」
「なんなのそれ。ありえない。そんなふうに搾取されるなんて、あんたたちみたいなコドモが、…ああ、なんなのよ。もう、訴えるしかないわね。アメリカに帰ったら、司法に委ねて、こんな場所、潰してやる。セデュイール、一緒に訴訟を起こしましょう」
「情報漏洩は規則違反でございます。違反されたお客様には、生命の保証がございません」
「うるさいって言ってるの!」
がたん、とローテーブルを叩いてダイアナが立ち上がる。
胸元の空いたシャツに、マイクロミニの白いスカートを履いた、いつもの軽装姿の彼女は颯爽として、義憤に燃えていて――この腐った場所に毒されていた自分に気づかされる。
それと同時に、彼女の無防備さが気懸りにもなって、私は思わず余計な口をきいていた。
「ダイアナ、飢えた獣ばかりのこの場所でその恰好は、あまりに無防備すぎはしないか。君が嫌でないなら、肌はもう少し隠しておいたほうがいい」
「…」
ダイアナはぱっとこちらを振り返ると、頬を染めて黙り込む。
やはり余計なことを言ってしまったようだ。彼女とても、6歳も歳の離れた男から諫言めいたことを言われるのは、不本意だったのだろう。
そういえばダイアナはルーと同い年だった。あいつがいつまでたっても子供っぽいので、すっかり忘れていたが。…。
「白の、ロングスカートのドレスを、今すぐ用意して。透けていないやつよ!」
「畏まりました。ご用意いたします。しばらくお待ちください」
赤毛のハウスメイドは膝を折って挨拶し、軽い足取りで部屋を出ていく。
ぱたん、と空しい音が響いて、ダイアナはふうとため息を吐いた。
「やっと二人きりになれた。…それで、ハウスメイドになったあいつは、どこにいるの」
「わからない。知らされていない」
「…この部屋のハウスメイドと、交代させることはできないの」
「ハウスメイドの指名にも、ルールがあるそうだ。…1週間、1日も休まず、大広間で性行為を披露しなければならないらしい」
「1週間…」
唖然としたように、ダイアナは口を噤む。当然の反応だ。暗闇を手探りするように、檻の中の熊のように、うろうろと私は部屋の中を歩きまわり、突破口を探す。どこかに彼を救い出す方法がないか、部屋に仕掛けられているという盗聴器の場所を合わせて探りながら、考える。
結果、ベッドの下、ローテーブルの下、窓辺とダイニングとに1つずつ、盗聴器らしいものを見つけた。だからといって、何の役に立つのかもわからないのだが。
最後に浴室に入ってあたりを見回す私に、しずしずとついてきたダイアナは、訥々といった様子で言を重ねる。
「あの、あのね、セデュイール。もし、あなたがよければなのだけど…その、1回、大広間に、一緒に行ってみない? もちろん、カメラの前のお芝居じゃあなくて、本番をやるなんて、それもみんなの前でなんて、いやかもしれないけど。でも私だって、誰とも知れない男に好き勝手にされるくらいなら、あなたと、…ハウスメイドになるなんて、私は絶対にいやだし。1週間、毎日もなんて、可能かわからないけど、チャレンジしてみる価値は、あるんじゃない? ほら、あいつのことだって、放ってはおけないし…」
彼女の言葉に、ふと思い当ることがあって、私は浴室の扉を閉める。
びくりとした様子で息を詰めて見つめる彼女に、私は奇跡的に覚えていたセリフを告げる。
「静かに、キャサリン。俺はここにいる。もしもこのまま撃たれても、口に祝福を唱えて、死んでいこう」
すうと表情を変えた彼女は「俺」の手を取り歩み寄る。
ノズルを捻ったシャワーからは猛烈な勢いの水が噴き出し、俺たちはそこに、ハスメイドが戻ってくるまでの数分間、閉じこもった。
そしてルーを取り戻すための、たったひとつの方法を、一か八か、俺たちは試してみることにしたのだ。――




