第二章:静寂の調べ、耳澄ましの里
魔導列車が終着駅「終の北駅」に滑り込んだとき、空気はすでにエレナの知るものとは別物になっていた。
吐き出す息は白く、吸い込むたびに肺が凍てつくような感覚は、アステリアの熱に慣れた身体には暴力的なまでの鋭さを持っていた。それは、この積層星が秘める、長い冬の記憶の片鱗だった。
「……あんたが、南から来た物好きの巡礼者か」
駅のホームで待っていたのは、煤けた上着を纏い、片方の眉に深い傷跡のある男だった。護衛のカシムだ. 彼はエレナの荷物を無造作に掴むと、雪山の方角を顎で指した。
「ここから先は足だ。死にたくなければ、俺の歩幅を乱すな」
カシムの言葉は寒風よりも冷たかったが、瞳の奥には、すべてを失い、ただこの地の鼓動だけを聴き続けてきた者特有の、重く沈殿した静寂が潜んでいた。
エレナは黙って彼に従い、鉄の車輪が届かない未知の領域へと踏み出した。
数日間の行軍の末、二人は深い霧の先に、小さな集落を見つけた。 そこは「耳澄ましの里」と呼ばれていた。建物は重厚な石造りで、積層星の長い年月を耐え抜いた趣がある。そこは降り積もる雪が音の全てを飲み込み、厚い静寂の層を成しているような場所だった。
村人たちは囁き声さえ慎み、地の底に眠る進化の余韻を聞き取ろうとするかのように,静謐な生活を営んでいた。その里の広場で、彼女は「その子」に出会った。
「雪が、あなたの靴音に驚いていますよ」
鈴を転がしたような、透き通った声だった。雪の上に座り、視力のない瞳を空に向けている少女。リリだ。彼女の手には、小さな銀の鈴がついた杖が握られていた。
「驚いている……? 音も立てずに降っているのに?」
エレナの問いに、リリは微笑んだ。その微笑みは、アステリアの太陽よりもずっと穏やかに、エレナの心を照らした。
「雪は、ただの冷たい結晶じゃありません。それはこの積層星と空が、数十億年という時間をかけて交わしてきた、再会の約束の欠片なんです。ほら、耳を澄まして。この地が植物たちと選び取ってきた長い長い夢を、雪がふんわりのせて、今あなたの指先に届けてくれているでしょう?」
エレナはリリに促されるまま、雪の上に膝をついた。アステリアでは、立ち止まることは敗北だった。けれどここでは、立ち止まることこそが「対話」の始まりだった。
「リリ、私に教えてほしい。母が言っていた、孤独を優しさに変える方法を。そして……雪の下にあるはずの、あの緑の命のことを」
リリは立ち上がり、杖の鈴をチリンと鳴らした。
「いいですよ、エレナさん。でも、雪は『待つこと』を要求します。あなたがあなたの孤独を、大地にひとつひとつ積み重ねていく覚悟があるなら……私たちは一緒に、銀の若菜を見つけられるはずです」
雪が降りしきり、エレナの衣手を白く染めていく。それはさびしく、わびしく、けれどどこまでも懐かしい、冬の心の呼びかけだった。
エレナは、自分の鼓動が積層星の深いリズムと同調していくのを感じた。
数十億年の進化という無数の選択の果てに、今ここに立っている。その途方もない奇跡が、雪の冷たさを通じて確かな温もりとなり、彼女の魂を震わせた。
第三章へ続く……




