第一章:砂の記憶、雪の予感
灼熱の王国アステリアの太陽は、地表のあらゆる色彩を暴き出し、影という影を焼き尽くす。 白熱の暴力そのものだった。人々の話し声は絶え間ない街の喧騒に溶けて霧散していく。
「エレナ、この記憶も編んでおいてくれ。先代の王が、かつて砂漠に運河を引こうとした時の古い地図だ」上司の声に、エレナは小さく頷いた。
彼女の仕事は『記憶編み』。風化しつつある書物や口伝の断片を、この地が積み重ねてきた膨大な記憶の織物へと再び繋ぎ合わせる、繊細な作業だ。
だが、どれほど緻密に記憶を編み上げても、彼女の胸の奥には、いつも熱い風が吹き抜けるような、虚無の穴が空いていた。
(この星-積層星が積み重ねてきた時間は、本当はこの砂粒よりもずっと多く、深いのではないだろうか……)
足元の砂を掬う。それは乾ききっており、かつてそこに生命の脈動があったことなど微塵も感じさせない。すべてが今、この瞬間の熱狂の中に消費されていく。アステリアにおいて、「止まること」や「振り返ること」は死と同義だった。
その日の夜、エレナは母の形見である古い小瓶を開けた。中には何も入っていない。ただ、母が死の間際に遺した言葉だけが、小瓶に詰められた空気のように彼女を包んでいた。
『雪を見て、孤独を優しさに変えなさい。それはこの積層星と植物たちが、何十億年もの間、迷いと選択を繰り返して積み上げてきた、生命の記憶そのものだから』
雪。この国では、それはお伽話に出てくる幻の宝石のようなものだった。だが、その言葉を反芻するたび、エレナの脳裏には不思議な光景が浮かぶ。それは自分が見たことのないはずの、音を失った白い世界。
そして、その冷たさの下で、確かに脈打っている「何か」の気配。
翌朝、エレナは最低限の荷物と、一本のランタンを手に、北へと向かう魔導列車の駅に立っていた。
「正気か? 北の果てになど何もないぞ。あるのは死んだ沈黙だけだ」
司教ソロンの使いが引き止めるのを振り切り、彼女は列車に乗り込んだ。列車がアステリアの国境を越え、景色から徐々に極彩色が奪われていく。
車窓の外、地平線の向こうに、遥かな連山が見え始めた。その頂を覆うのは、雲ではない。
「……雪」エレナは息を呑んだ。それは、夢のように淡く、幻のように深い、積層星の肌に優しく触れていた。あまりにも遠い。けれど、その遠さこそが、彼女がこれから遡らねばならない膨大な時間の距離そのものであるように感じられた。
孤独という名の切符を握りしめ、エレナは初めて自分自身の人生を「選択」したのだと実感した。
車窓を叩く風の音が、わずかに湿り気を帯び始める。冬が、そこまで来ていた。
第二章へ続く……




