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第9話

良いアイデアだと思った。本来なら新鮮な果物を口にするのが良いのだろうが、ジャムもこうして作り方によっては、新鮮さを感じられる。


「確かに良いアイデアだと思いますが、砂糖が手に入りにくくて……」


ハロルドはすぐさま私の考えていることが分かったようで、それについての懸念点を口にした。

砂糖は主に王都に住む貴族向けに売られている物が殆どだ。他国からの輸入を含めても、中々の高級品。平民が手に入れるには時間も金もかかる。


「砂糖、砂糖よね。分かってる。大丈夫……ツテがあるの。頼んでみるわ」


私の言葉にハロルドは首を傾げた。


「もしや、レイノルズ伯爵家にツテが?」


私はハロルドの問いに頷いて答えた。ブライアン·レイノルズ伯爵。私の元婚約者、ブルーノの父親だ。


偏屈で有名なレイノルズ伯爵は落馬事故により足が不自由となった。自分は早くにその位を退き、息子に譲位する予定だったが、その息子は急病でこの世を去ってしまった。今はブルーノの妹、ルチアに婿を取らせて爵位を譲るつもりだと聞いている。ただ、ルチアはまだ十五歳。最低でもあと三年はレイノルズ伯爵はその座を降りることはない。


レイノルズ伯爵領はこの国での砂糖の生産の約八割を担っている。

しかも気に入った商会にしか砂糖を卸しておらず、価格はその商会次第といったところだ。


「頼むって……レイノルズ伯爵に、ですか?確かに奥様のご実家の領地とレイノルズ伯爵領は隣接していますけど……あのレイノルズ伯爵ですよ?」


「ええ。見知った間柄だわ。それに……私はおじ様との賭けに負けたことがないの」


「賭け……?」


ハロルドは不思議そうに呟いて首を傾げた。



ハロルドとシェルダーにくれぐれも領地を頼むと念押しをして、私は昼過ぎに領地を発った。

またここに戻ることを約束して。


私は馬車の中で色々な策を練る。ジャムを売ると言ってもいきなり王都の商会で売ってくれるとは思えない。……まずは試作品を貴族に知ってもらうことだ。いやいや、それより先に砂糖を確保しなければ。やることは山ほどある。

しかし、私は何故かワクワクするこの心を止められなかった。ブルーノと未来を語り合った時の高揚感を、今の私は痛いほど感じて、自然と口角が上がるのを抑えられずにいた。



またもや道中の宿で一泊して、私が王都のタウンハウスに戻ったのは、昼を随分と過ぎた頃だ。



「おかえりなさいませ、奥様」


執事が私を出迎える。と、同時に言った。


「旦那様がお戻りでございます」


「あら、もう?早かったのね」


あぁ、会いたくない。さっきまでの高揚感がシュワシュワと音を立てて萎んでいくようだ。


「それで……奥様にお話があると。お疲れのところで申し訳ないのですが」

申し訳なさそうに言う執事に私は苦笑した。


「貴方がそんな顔をする必要はないわ。そうねぇ……着替えてからお話を聞くわ。どうせお説教でしょうから」

長くなること覚悟の上だ。

出来れば水差しは遠くに置いてもらおう。じゃなきゃ、またぶっかけることにならないとも限らない。


「旦那様にはそのようにお伝えしておきます。では、お着替えがお済みになりましたら、執務室までお越しください」


「はい、はい」


帰った途端にあの男の顔を見なければならないのかと思うと、ますます気が重くなる。私は心なしか足に鉛がついたように感じながら、自室へと戻っていった。



レニー様の執務室。私とレニー様は机を挟んで相対していた。


「視察お疲れ様── 」

「領地に行っていたんだってな」


私の言葉に被せるようにレニー様は言った。『お疲れ様でした』なんて労う必要はなかったようだ。


「はい」


「何故だ?」


何故って……貴方が領地を放っておくからですよ。って言えたらいいのに。


「私がここに嫁いでもう三カ月以上が経ちます。ご挨拶に伺うことに特別な理由が必要ありますか?」


「いや……。だが、行くのなら夫婦で行くべきだとは思わなかったのか?わざわざ僕の留守に──」


「お言葉を返すようですが、レニー様を待っていてはいつになるか分かりませんでしたので」


「だが……っ!」


「私はレニー様がお忙しいだろうから、と気を利かせたつもりです。領主としての面目が潰れたとお思いなら、今からでも出掛けてはいかがですか?」


「な、なにをっ」


「無理ですよね?副隊長になったばかりですもの」


「そ、その通りだ。休みを申請するならもう少し早く計画を立てねば、周りに迷惑がかかる。副隊長がそんなことでは示しはつかない」


なんだかんだでレニー様は真面目なのだと思う。そして器用じゃないから、二つのことを同時に出来ないだけだ。

騎士としての仕事の傍ら領地経営まで気が回らないのだろう。

……だから愛する人が居ると、妻にまで気が回らない。世には愛人を持つ男性も女性も多くいる。隠している人、大っぴらにしている人、それはその家庭それぞれの事情があるだろうが、皆、妻や夫、子どもとはそれなりに上手くやっているはずだ。

レニー様は不器用なのだろう……色々と。


「そうこうしているとあっという間に一年が経ちます。それでは領民も不安に思うというもの」


「領地は管理人に任せている」


「管理人はあくまでも管理人。領主ではありません」


「確かにそうだが……」


椅子に座っているレニー様と、立っている私。自然と少しレニー様を見下ろす格好になっていて、何となく気分がいい。


「感謝してくれとは申しませんが、私は別に怒られるようなことをした覚えもありません」


「…………」


(勝った!)

私は内心ガッツポーズをした。

返す持ち玉がなくなったのか、レニー様はムッスリと黙った。


「お話がお済みでしたら私はこれで」


「あ……あぁ」


脳筋に口で負ける気はしない。


私はサッとレニー様に背を向けて扉へと歩き出す。ドアノブに手をかけたところで振り返った。


「あぁ、言い忘れておりましたが、私明日から一週間ほど留守にしますので」


「おい!何処へ── 」


私はレニー様の言葉を待たずにさっさと部屋を後にした。









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