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愛人を作ってもいいと言ったその口で夫は私に愛を乞う  作者: 初瀬 叶


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第81話

「結局、アリシア様は北の修道院に?」


「あぁ。あそこは長い間雪に閉ざされ、人との触れ合いが極端に少ない。独りになって今までの自分の行いを省みろ……との陛下のお考えだ」


私とレニー様は馬車に揺られていた。行く先はレイノルズ伯爵領。そうおじ様に会いに行く為だ。


あれから五日後には予定通り店を再開出来た。店を休止していたその間も、レオナはジャムを売り、店の売り上げに貢献してくれていた。彼女は心の底から今の仕事を楽しんでくれているようだ。



王家から譲り受けたあの土地は、今多くの人手を借りて急ピッチで整地している最中だ。


偶々ハルコン侯爵領の方で多くの木材が必要だということで、あの土地で伐採した木々はハルコン侯爵家で引き取って貰えることになった。その上人手も借りることが出来、クラッド様には感謝、感謝だ。



私は昨日のレニー様との会話を思い出していた。




『実はレニー様にお話があります』


そう言った時のレニー様の不安そうな顔は思い出すとつい笑ってしまいそうだ。


『な、何だ?改まって。……良くない話か?僕、何かしちゃったかな?』



『何かしたんですか?』


私の問いにレニー様は慌ててフルフルと顔を横に振った。その様が水に濡れた大型犬のようで思わず私は吹き出した。


『安心してください。レニー様がどうした……という話ではありません。私とレイノルズ伯爵との事です』


『……君の元婚約者のお父上だね。実は……僕も一度話を聞いてみたいと思っていたんだ。君と……その元婚約者のことを。思い出したくないのであれば無理に、とは言わないけど』


躊躇いがちなレニー様に私は微笑んだ。


『別に思い出したくないことなどありません。彼とのことは全て温かい想い出ですので』


レニー様はほんの少し複雑そうな表情を浮かべたが、意を決したように私に尋ねた。


『彼のこと……今でも忘れられない?』


『……忘れる必要はないと思っていますが……思い出す時間が日に日に短くなっているなとは感じています。ブルーノは薄情な友だと天国で苦笑いしていることでしょう』


人は悲しい別れをしてもいずれこうして想い出を風化させることが出来るのかもしれない。そうでなければ悲しみに潰れて前を向けなくなってしまう。忘れることを私は悪だとは思わないが、その大切な人の残してくれたものは、いつまでも色んな形で残っていくものだとも思っている。


『友……なのか?』


『はい。同志のような、そんな関係でした。そして冷静なブルーノが熱くなりがちな私をコントロールしてくれていたように思います』


私は今だに反射で余計な事を言ってしまいがちだ。私の暴走を止めてくれる友はいない。自分でなんとかするしかないのだが、これが想像以上に難しい。


『大切な、人だったんだろう?』


『ええ』


レニー様はちょっとだけ傷ついたような顔をした。


『悲しく、ないか?』


『……もうたくさん泣きました。悲しくないと言えば嘘になりますが、私がそれに囚われることをブルーノも良しとしません』


私の言葉を聞き終えたレニー様は、椅子から立ち上がり、向かい側に座っていた私の頭を抱き締めた。


私は気づけばレニー様の胸の中だ。


『レニー様……?』


『僕では代わりにならないかもしれないけど……』


レニー様の声が微かに震えている。


『ブルーノの代わりはいませんし、レニー様の代わりもおりません。。私はレニー様の……レニー·ブラシェールの妻です』


誰も誰かの代わりにはなれない。唯一の人なのだから。


『そういえば君の話を聞いてなかった。ごめん、ちゃんと聞くよ』


レニー様はそっと抱き締めた腕を緩めて私を見た。見上げた私の瞳には、やっと少し嬉しそうに微笑んだレニー様の顔が映った。



その後私はレニー様におじ様との『賭け』について話をした。


『レイノルズ伯爵がそんな面白い人物だとは知らなかったよ』


レニー様は私が黙っていたことに不快感を示すこともなく、笑って言った。


『おじ様は確かに付き合う人を選びますが、決して気難しい人物ではありません。ただ、あまり貴族らしくはありませんし、自分がワクワクすることが好きなのです』


『それで?明日からレイノルズ伯爵領へ向かうのか?』


『はい。なんとか王都へ果実を運ぶ目処も立ちましたし、一度ご報告に伺おうと思いまして。ついでに実家にも寄ってこようかと』


兄に執事を紹介してくれたことに礼をまだ言えていない。

スタンはあの日から、仕事のない時間は全て店に通ってレオナを手伝っていたようだ。

レオナの叔父のことを護衛から聞いたらしく、自分がいる事で抑止力になれば……なんて言っていたが、彼の目当てがそれだけでないことは、屋敷の皆が知っている。まぁ、口には出さないで生温かく見守っているということだろう。── しかし、当のレオナが気づいているかどうかはまだ確認出来ていない。



『ならば僕も一緒に行こう。君のご実家に……一度もきちんと挨拶を出来ていないしな』


レニー様は少しだけバツが悪そうに頭を掻いた。






「── ラ?デボラ?」


窓の外を見ながらボーッと考え事をしていた私をレニー様の心配そうな声が引き戻した。


「あ……はい。すみません」


私は向かいに座って馬車に揺られるレニー様に視線を向けた。頬杖をついていた掌が少し熱い。ずいぶんと長い間物思いに耽っていたらしい。


「疲れたかい?」


「いえ……少し考え事を。そういえば、こうしてレニー様と馬車に乗っていると、一緒にブラシェール伯爵領へ行った時のことを思い出しますね」


まだ一年も経っていないはずなのに、ずっと昔のことのように思える。……色んなことがありすぎて。


「あの時は……すまなかった」


レニー様はそう言って大きな体を背を丸めて少しだけ小さくしてみせた。


「フフフッ。お互い様です。あの時は私の態度も褒められたものではありませんでしたから」


レニー様が私の顔をジッと見つめる。


「君には本当に感謝している。あの時君が本気でブラシェール伯爵領のことを考えてくれていると分かって、目が覚めた思いだった。覚悟の無かった僕を一人前の── いや、それは言い過ぎかな。とにかく領主としての自覚を持たせてくれた。──ありがとう」


そう言ってレニー様は膝の上に置いた私の手を握りしめた。


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