第80話
「なるほど。それほど自信のある果物なら私も食べてみたいな……よし、あの土地をブラシェール伯爵領として管理してみよ。王都で美味しい果物を食べることが出来る日を楽しみに待っているよ」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
私が喜ぶと、隣のレニー様も嬉しそうに私を見た。
「本当にデボラは……凄いな」
陛下は私達二人の様子を見て改めて謝罪を口にした。
「君たちがよい夫婦なのは、これだけでもよくわかる。すまなかったな、あの晩餐会で試すような真似をした」
やはりあの皇太子殿下……いや、元皇太子殿下との晩餐会で、試験を受けているような気分になったのは、私の気の所為ではなかったようだ。
「いえ……」
だからといって不満を口にすることは出来ない。私は曖昧に微笑んだ。陛下は続ける。
「クラッドには王太子を支えてもらわなければならない。国王だけで国は回らん。優秀な側近は不可欠だ。だが、その男を支える細君がアレではなぁ……」
陛下は緩く首を横に振った。『アレ』ね。そう言えばアリシア様は今、どうなっているのかしら?
クラッド様が少し申し訳なさそうに口を挟む。
「申し訳ありません。……家を、国を支えるという意味を理解出来ているつもりで、分かっておりませんでした。愛だの恋だので左右されるべきではなかった」
クラッド様の反省したい気持ちも分かるが、なんだかモヤモヤする。そこにレニー様が口を開いた。
「あの……少しだけ発言を。確かに貴族に政略結婚はつきものですし、その……僕とデボラもそうですが── 」
そう言ってチラリとレニー様は私を見た。
「でも愛があればこそ、乗り越えられる事柄もあると僕は思っています。政略結婚であっても……お互いを慈しむことが出来れば……いや、お互いじゃなくても少なくとも僕は──」
「おい、おい。独身になった兄の前で惚気か?」
クラッド様がレニー様の言葉を遮ってくれて良かった。じゃなければ、両陛下の前で恥ずかしい思いをするところだった。
しかし、妃陛下は嬉しそうにレニー様に微笑む。
「素敵な考えだと思うわ。お互い長い人生を共に歩んでいく同士ですもの。もちろん信頼が一番必要だけれど、そこに愛が加われば最強ね」
妃陛下はそう言うと隣の陛下を見つめた。陛下もそれに答えるように頷いた。
あぁ、妃陛下は陛下を愛しているのだと、私はそう理解した。
確かに……信頼と愛。どちらも夫婦には必要なものなのだろう。
私がレニー様を見上げると、彼と目が合った。
すると、何故かレニー様は私の隣で跪く。そして私の手を取った。
「デボラ、僕は君と結婚出来て本当に幸せだ。君にも同じように思って貰えるように最大限の努力をする。だから……僕から離れていかないでくれ」
「えええ?な、何を?どうして急に?」
手を取られたまま、私は目を白黒させた。両陛下の前で、何故こんなことに?
私は今まさに顔から火を吹いているのではないかと思うほどに頬の熱さを感じていた。
「あら~羨ましいわ~」
妃陛下の言葉に私の顔はますます赤くなる。
「レニー様、立って!立ってください!」
私は自分の指先をそっと握るレニー様の手を自らしっかりと握り引っ張った。
「約束してくれるなら、立ち上がってもいい」
何目線?しかも何故ここで?
「約束します!しますから!」
レニー様はニッコリと微笑むとサッと立ち上がる。そして両陛下に言った。
「お二人共、証人になっていただけますね?」
「こりゃ、釘を刺されてしまったな。よかろう、私達が証人だ。君たちの邪魔は二度としないよ。なぁ、クラッド」
陛下はクラッド様に話の水を向ける。
「はい。もう諦めましたから。デボラ以上に優秀な女性をこれから探しますよ」
クラッド様は大袈裟に肩を竦めた。
やはり私はその態度にモヤモヤする。私がハルコン侯爵家でクラッド様とアリシア様の馴れ初めを聞いた時の、あの少し恥ずかしそうなクラッド様の顔が忘れられない。……いや、でもその大切な人を先に裏切ったのはアリシア様か……。そう考えると複雑な心境だ。
「デボラ……約束したことを後悔している?」
レニー様が不安気に瞳を揺らす。
「い、いえ……そうではありません。……あの……アリシア様は今後どうなるのかと」
私の問いに、陛下は難しそうな顔をした。
「王妃の物と知らなかったとはいえ、王宮にあるものを盗むのは言語道断。それに……放火の件もあるしな。ところで……デボラ、君はあの女に何を求める?被害にあったのは君の店だ。君が決めてもいい」
すると即座にレニー様が口を挟む。
「デボラは優しい女性です。彼女にそれを決めさせるのは酷かと。ならば僕が── 」
「いえ、そこは私が決めましょう」
レニー様の言葉を遮ってクラッド様が口を開いた。
「アリシアは……」
クラッド様はそこで口籠る。少し震えてみえるのは気のせいだろうか。それを見て私は陛下に手を挙げた。
「すみません……あの、一言だけ。私は放火の件での極刑を望みません。確かに被害を受けましたがボヤで済みました。イヤリングの件は陛下にお任せいたしますが……アリシア様に反省をしていただける方法を私は望みます」
正直、クラッド様が『処刑しろ!』などと言わなかったこと、それを口に出すことを躊躇ってくれたことに、私はホッとしていた。今まで感じていたモヤモヤに少しだけ答えが出た気がする。クラッド様、レニー様の二人に処罰を決めさせる方が酷だと私も理解している。
彼女のしたことは許されるわけではないが、いつの日かクラッド様を裏切ったことを反省し、彼女が変わることを私は期待したい。
「君の気持ちはよく分かった。簡単にあの女の命を奪うことはしないと約束しよう。……しかし、今でも牢に居ながら君やクラッドやレニーを罵っているが……あの女が自分の行いを省みる日はやってくるのかは、甚だ疑問だがな」
陛下のその言葉に私はほんの少しだけ彼女を庇ったことを後悔した。




