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第8話

結局私は三日をかけて領地を見て回った。

皆私を歓迎してくれていることは分かるが、一様にして、表情はあまり明るくない。そしてもう一つ、私には気がかりなことがあった。


「若い人と……子どもが少ないわね」


私は最後の訪問地であるロベルトのご実家の果樹園を歩きながら彼に言った。


「ここに残っているのは、この領地に思い入れが深い者達ばかり。若者は仕事を求め王都に行ったり、もっと大きな……例えばハルコン侯爵領のような土地に移り住んでいることが多いです。若者が減れば自然と子どもは減っていく。だんだんとこの領地は年寄りばかりに……」


「そう……。この領地に明るい未来を感じられない……そう皆が思っているのね」


「私も……今回は縁あってこの領地に戻ってくることが出来ましたが、一度、ここを出た身としては今の現状は仕方ないことなのかと」


ハロルドの言いたいことはよくわかる。しかしこのままではこの領地の民はどんどんと減っていくに違いない。


「まずはここを魅力のある領地にしなければならないわね」


私の言葉にハロルドはほんの少し眉を顰めた。


「年寄り達は……この土地が大きく変わることを良しとしません。新しいものを取り入れることに抵抗を示す者も多い……ある意味厄介なんですよ」


「新しいものを受け入れ難いのは高齢者にありがちなことだわ。難しいものね」


思わず私とハロルドは無言になった。


すると果樹園の入り口の方から声がする。


「そろそろお夕食にしませんかー?」


ハロルドのお母様の声だ。


「母の料理はピカイチなんです。どうぞ召し上がってください」


「いいの?ではお言葉に甘えて」


私は笑顔でそう答えた。


ハロルドの家は小さいながらも温かみがあり、居心地が良かった。


食卓に並ぶ料理はどれもこれも美味しそうだ。


「どうぞ」

ハロルドのお母様に勧められるままに私は料理を口に運ぶ。


「美味しい!」


王都のレストランにある気取った料理ではなく、本当の家庭料理。しかし、その味は舌がとろけそうな程の美味しさだ。


「お口に合いましたか?」

お母様も嬉しそうに目を細める。


「息子の僕が言うのも何なんですが、本当に母の料理は美味いんです」


何故かハロルドの方が誇らしそうだ。


「ハロルドの言う通りね。このお肉……ソースが特に美味しいわ」


私がその美味しさに目を見張ると、お母様は少し恥ずかしそうに答えた。


「うちの果樹園のオレンジを使ってるんですよ」


「この爽やかな風味はオレンジなのね!」


私はあまりの美味しさに手が止まらなかった。


その他にも、隠し味で果物が入っていたりと、上手に果物を使用した料理が続く。最後のデザートも、もちろんこの果樹園で採れた桃だった。


「この桃も凄く甘いわ」


私は大満足で夕食を終えた。


暗くなってしまう前に私達は馬車に乗り込むことにした。ハロルドの実家と伯爵邸はあまり離れてはいないことが幸いだ。


「ご馳走様でした。本当に美味しくて食べすぎてしまいましたわ」


「奥様に喜んでいただけて安心しました。……あの……お会いできて……本当に良かったです」

ハロルドのお母様はそう言って微笑んだ。

すると、寡黙でさっきまで殆ど口を開かなかったお父様が、静かに言った。


「私達は領主様がこの土地を治めてくださることに感謝しているんですよ。……だが、領主不在の時間が長すぎて……どう接したら良いのか分からんのです。未だ顔も見ておりませんしね。だけど今回奥様に会えて安心しました。あなたのような方が奥方なら……きっと領主様も良い人なのでしょう」


「そう言っていただけて……それだけでも私がここに来た甲斐があったというものです。知らない人をすぐに信頼しろとは言いません。これから少しずつでも、領民の皆さま方と心を通わせていけたらと、そう望んでおります」


「私達はここしか知らん。だけどここを愛しとるんです。よろしくお願いします」


お父様の言葉に胸が詰まる。彼らの故郷を守れるのはブラシェール伯爵となったレニー様だけだ。私は決意を新たにする。


「安心してください。必ずここを守ってみせます」


私の言葉にお母様もウンウンと何度も頷いていた。




「果物……あんなに美味しいのに王都で食べられないなんて残念だわ」


「うーん。あの荒れ果てた土地を通らなければ……とはいえ、迂回すると随分と遠回りで」


「そうなると鮮度が落ちるってことね」


「そうなりますね」


私とハロルドは馬車の中で思案しながら帰路に着いた。




領邸はこじんまりとしているが質の良い物が取り揃えられている。

私はこの屋敷に用意されている領主の妻(今のところ私のことだ)の部屋で寝泊まりしているのだが、何とも居心地が良い。


「はぁ~何だかこの部屋って落ち着くのよねぇ」


湯浴みを済ませ寝台にゴロンと寝転がりながら、私は一人呟いた。

天井を見ながら考える。さてこの領地をどうしようか……と。

ここの気候や風土はやはり果樹栽培に向いているようだ。手っ取り早いのは、鮮度が落ちにくい果物だけを栽培して、迂回ルートで王都まで運ぶというやり方だが……。


「でも、ここを大きく変えるのは、皆が嫌がるのよね」


この果物の方が販売しやすいからコレを作れ!というのは簡単だ。命令すればいい。

だけど、それではここの領民との信頼関係は破綻するだろう。ただでさえ、レニー様がここに顔を出していないことで不信感を持たれているのに。


ならば今あるものをどうやって王都に運ぶか……だ。隣接している領地はあの荒れ果てた土地と他はあまり裕福とは言えない領地。

果物はある意味贅沢品だ。さすがにそこを販売先にするのは難しい。


「うーん……どうしようかな」


こんな時、ブルーノならどうしただろう。つい私はいつもの癖でそう考えてしまう。


「ダメね。いつまでもそんな風にブルーノに頼っていては」


そう思うのだが、つい考えてしまうのは『ブルーノだったら』ということだ。


「やめやめ!こんな時にはさっさと休んで頭を切り替えた方が良いわ」


私は自分に言い聞かせるように言うと、灯りを消して、目を閉じた。




翌朝。


「おはようございます。今日はいつごろ王都へと出発を?」


シェルダーに尋ねられ、私はうーんと考える。そろそろ戻らねば、レニー様が帰って来るかもしれない。……会いたくはないが。


「そろそろレニー様がお戻りになる頃だから……今日の昼間にはここを発つわ。一泊して、明日の夕方までには王都に着くでしょう」


私はそう言いながら、目の前のパンを千切る。すると、エルダが慌てて瓶を持ってきた。


「昨日こしらえたジャムです。パンにつけてお召し上がりください」


そう言ってエルダはコトンと綺麗な赤色のジャムの入った瓶を置く。蓋を開けると甘酸っぱい匂いが鼻腔をくすぐった。


「苺のジャムね」


「はい。昨日煮込みまして」


千切ったパンにジャムを乗せ、私は大きな口で頬張った。果肉がゴロゴロと残っている苺のジャムは食べ応えも十分。種のプチプチとした食感も新鮮さを表しているようだ。


「美味しい!」


「ハロルドのご実家から分けて貰った苺なんです。少し小ぶりで酸味があるからというのでジャムにしてみました」


確かに酸味の強いものだったら、生で食べるより加工した方が食べやすいわよね……そう思いながら、私はまたパンを千切ってジャムを乗せ……そこで思いついた。そうだ!!


「これだわ!ジャムよ!ジャムにすれば良いんじゃない!」


閃いた私はガタン!と思わず立ち上がった。




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