第79話
「奥様、王宮からお呼び出しです」
私もレオナと共にテーブルに並べられたジャムに値札を付けていると、家令が慌ててやって来た。
「王宮?まさかレニー様に何か?」
途端に不安になる。騎士は怪我がつきもの。そう頭で理解していても、『王宮からの呼び出し』などと聞くとドキリとするのは仕方ない。
「いえ。王妃陛下のイヤリングの件で……と」
イヤリングの件と言われても、私は何もしていないのだけど……。私はチラリとレオナを見た。今回の功労者はレオナだ。私の視線に気付いたレオナは、笑顔を見せた。
「ここは、大丈夫ですよ。もう殆ど商品は並べ終わりましたし、後は売るだけ── 」
その言葉に被せるように、執事が声を上げた。
「あ、あの!私が手伝いますので、その……奥様は王宮へ……」
執事がレオナの様子を窺って少しモジモジしている。
「え?いいんですか?ありがとうございます!デボラ様、じゃあ、ここは二人で大丈夫ですから」
レオナの答えに明らかにホッとする執事。── 断られなくて良かったわね、と私もなんだか自分までむず痒い気持ちになった。
「そう?じゃあちょっと行ってくるわ」
私はそう言ってからチョイチョイと執事を手招きした。
執事は私に近寄ると少し背を屈める。
「大工の皆様にお昼ご飯の用意を。それと── 」
私が少し小声になると、執事はなお一層背を屈め私の口元に耳を寄せた。
「レオナに迷惑をかけないようにね。……凄く良い子なの。応援はしてあげるけど、あまり焦ってはダメよ」
執事の顔は真っ赤になった。
「お、奥様……!」
「じゃあね!後は頼んだわよ」
私は迎えに来た家令と共に急いで馬車に向かう。城へ向かうなら着替えを済まさなければならない。
私は慌てて着替えを済ませると、直ぐに王宮へ向かう。
案内された部屋には陛下と妃陛下、そしてレニー様とクラッド様が待っていた。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません」
私は深く腰を落とす。謝罪の意味も込めて挨拶をした。
「貴女に直接お礼が言いたかったの」
一番初めに口を開いたのは、妃陛下だった。
「イヤリングを見つけてくれて本当にありがとう」
妃陛下は例のイヤリングを手に握り、嬉しそうに微笑んでいる。
「いえ……あの── 」
アリシア様を捕まえたのはレオナだし、イヤリングを見つけたのはレニー様だ。私は結局何もしていない。それなのに、こんな風に感謝されるとどう答えれば良いのか分からない。
隣に立つレニー様が、私の腰にスッと手を回すと、私に向かってこっそりとウインクした。
「妃陛下、今回は偶然ではありますがイヤリングを見つけることが出来、私達夫婦もとても嬉しく思っています」
レニー様の言葉に陛下も大きく頷いた。
「確かに偶然かもしれないが、あの女があの日あの場所に現れなければ、このイヤリングもいつの日か他の誰かの手に渡っていたかもしれん。私からも礼を言おう」
「このイヤリングはね……然程価値はないの。だからこれを拾った侍女も私の物だとは思わなかったみたい。でも母の形見で……本当にありがとう」
妃陛下は自分の手の中のイヤリングを大事そうに見つめる。その瞳は潤んでいるように見えた。
こんな時に「実は私は何の関係もないんです」などと言う勇気はない。
「そ、それは良かったです……」
私はそう小さな声で言う他なかった。
「そこで、是非とも謝礼をしたいと思ってな」
陛下の言葉に妃陛下も頷きながら私に顔を向けた。
「何でも欲しいものを言ってちょうだい。出来る限り希望のものを謝礼として差し上げるわ」
「そんな!謝礼なんて──! 」
何にもしていない私が謝礼なんて……そんな気持ちが口をつく。断ろうとそう思った……が、ふと私にある考えが浮かぶ。
「遠慮しないで。本当に感謝してるのよ」
妃陛下が優しく微笑む。陛下も隣でウンウンと頷いていた。……今なら、多少のわがままが許されるのかもしれない。
「であれば、お願いがございます」
心臓がドキドキと音を立てる。無礼だと言われませんようにと心の中で祈りながら、私は言葉を続けた。
「ブラシェール伯爵領に隣接している王家が管理されている土地、あれを譲ってくださいませんでしょうか?」
口から心臓が飛び出しそうだ。レニー様もおや?という風に私を見た。
おじ様との約束をレニー様に話したことはない。あの荒れた土地を欲しがる私を不思議に思ったことだろう。
陛下も同じように思ったようだ。
「あの土地か?あそこは今は殆ど何の手入れもしていない、荒れた土地だぞ?然程広くもないし……あんな土地を?領地を広げたいのか?」
ブラシェール伯爵領の民の数を考えると、領地を広げる必要がないことぐらい、陛下も承知だろう。
私はここで下手に誤魔化すより、素直に話をした方が有利だと判断した。
「実は……あの土地を整地して王都まで最短距離で馬車が通れるよう道を整備したいのです。うちの領は果物を特産としております。ただ、周りに売れる領地はありません。出来れば王都で売りたい。その為にはあの土地を通る必要があるのです」
私の言葉に妃陛下が声を上げた。
「そう言えば!ブラシェール伯爵領産のジャムをプレゼントされたわ!凄く美味しかったの。また食べたいと丁度思っていたところよ」
「今は回り道をしなければ運ぶことが出来ませんので、新鮮な果物を売ることは不可能。ジャムに加工したのは輸送のしやすさからですが、お陰様でご好評をいただいております。でも、果物そのものを王都の皆様にも味わっていただきたいのです。間違いなくうちの領地の果物は我が国一だと自負しておりますので」
私は説明に思わず熱が入る。その様子に陛下は大きく頷いた。




