第77話
「アリシア……いったい何をしてるんだ」
アリシア様は今だに後ろ手に縛られたままだ。
店の裏に転がしたままにしているわけにもいかず、ブラシェール伯爵家に連れてきていた。
レニー様はイヤリングを王宮へ持って行った。しかし、この後アリシア様をどうすれば良いのか分からず、私達はクラッド様を呼んだ。
クラッド様は床に座らされたアリシア様を腕を組んだまま見下ろしながらため息交じりだ。
アリシア様は私とレニー様の質問に何も答えてくれなかった。今は我が家に来たクラッド様を静かに睨みつけている。
「……誰も助けてくれないから、自力で逃げ出してきたのよ」
クラッド様と睨み合ったまま、アリシア様はやっと口を開いた。
レオナによれば、彼女を捕まえ縛った後は私のことを口汚く罵っていたらしい。その言葉を聞きたくなかったレオナはアリシア様の口に乱暴に布を突っ込んでいた。
レオナはアリシア様を知っていた。もちろんあの社交クラブの客だったアリシア様を知らないわけはない。私と社交クラブに連れ立ってやって来た事も覚えていたが、友人だとは思わなかったという。彼女に何故かと尋ねると『親しそうには全く見えませんでした』とレオナは苦笑した。
一方のレニー様は、私達が店に駆けつけ放火の犯人だとアリシア様を目前に連れてこられた時には様変わりした彼女に腰を抜かすほど驚いたという。そして同時に愕然とした……と。
武器などを持っていないか調べていた時に、ポケットのイヤリングに気付き、アリシア様に『何故?どうして?』と口の布を外した彼女に尋ねてみても、何も答えてくれなかった。……黙秘するということらしいと肩を竦め、レニー様は王宮へと急いだ。
そして今は我が家の応接室。
クラッド様を睨みつけるアリシア様の瞳には恨みが込められているようだ。
「どうやって?」
あくまでもクラッド様は冷静に話を進めていくつもりらしい。しかしその声色にはアリシア様に呆れた様子がありありと浮かぶ。
「国境を越えた瞬間捕まえられて、リカルド様とは別々の馬車に乗せられたわ。何度もレニーの名を呼んだけど、無視された。何処かに連れて行かれる途中でお腹が痛いと仮病を使って逃げ出したの。リカルド様が捕まえられた理由はそこまでの道中、見張りに聞いて何となくわかったわ。だから私は関係ないと言ったのに── 」
アリシア様はそう言って唇を噛み締めた。
彼女も急にあちらの事情に巻き込まれて怖かったのだろう。その状況には同情するが、そこから何故店に火をつけるという凶行に至ったのか。その理由は今のところ全く分からない。
「君がリカルド様について行くことに決めたんだろう?自業自得じゃないか」
「皇帝になると聞いていたから一緒に行ったのよ!犯罪者だと知っていたら、行かなかったわ!」
アリシア様が声を荒げる。しかしクラッド様は煩そうに眉を潜めただけだった。
「愛していたんじゃないのか?」
「馬鹿言わないで!私は私に相応しい地位をくれる人を選んだだけよ!」
……その理屈でいくとアリシア様は幽閉されるに相応しい人物ということになるのだが……もちろん私は口を挟まずに、二人の話し合いを見守った。
店のことになった時だけ口を開こう。下手にこれに巻き込まれるのは御免だった。
結局、クラッド様とアリシア様の話はいつの間にか店の放火の件を吹っ飛ばして、例の王妃のイヤリングの話に移っていた。
「隣国へ行く朝に、リカルド様の部屋で見つけたの。暖炉の上に置いてあって……古そうだけど高い物かもと思って、そのままポケットに入れたのをすっかり忘れていたわ。ここまで来るのに着けていたアクセサリーは全て売ってなんとかこの国に帰ってきたのよ。隣国では言葉が通じなくてイライラしたし、あのイヤリングもさっさと売り飛ばせば良かったわ」
妃陛下のイヤリングを売ったなんて知れたら、幽閉ぐらいじゃ済まされないのだが……まぁ、今のアリシア様に言ったところで、彼女は理解出来ないだろう。
「はぁ……。本当に君には呆れるよ。隣国で大人しくしておけばいずれ解放されていただろうに……。それにあのイヤリングは妃陛下の大切にされている物だ。もしあれを売っていたら君は今頃首と胴体が離れ離れになっていたところだよ」
クラッド様に言われてアリシア様は初めて自分のやらかしたことの意味がわかったようで、青ざめている。
「……そ、そんな!私はただ拾っただけ……」
「例えばあれがリカルド様の物であったとしても、勝手にポケットに入れれば窃盗だ。王宮の中でそんなことをするとはな。さぁ……城へ行こう。君の処分は陛下自らが決めてくださる」
クラッド様は自分の連れてきた護衛に頷いて合図する。護衛は床に座り込んでいるアリシア様の腕を取ろうとした。
「い、嫌よ!盗むつもりは無かったの!許して、クラッド!」
アリシア様は抵抗して見せたが、護衛はしっかりとアリシア様の腕を掴んだ。
「言っただろう。処分は陛下にお任せしていると。さぁ、立つんだ」
アリシア様を護衛が無理矢理立たせた。クラッド様は既に扉へと歩き出している。しかし私にはまだ納得出来ていないことがある。私は慌てた。
「ちょ、ちょっとお待ちください!アリシア様にお尋ねしたいことがございます!」
私の声にクラッド様もアリシア様の腕を掴んだ護衛も足を止めた。
「何よ!私を助けてくれるとでも言うの?」
アリシア様が私に噛みつかんばかりの勢いで口を開く。
「いや……助けませんけど。何故店に火を?その理由を聞いておりません」
私の質問にクラッド様も「あぁ!忘れていた」というような表情だ。私にとっては妃陛下のイヤリングよりも大事な問題なのだが。
アリシア様はフッと鼻で笑うと言った。
「たまたま、あの周辺まで来た時に、甘い良い匂いがしたの。お腹が空いてて……フラフラと近づいたら『ブラシェール伯爵』ってのが看板に見えてね。気づいたら近くのランタンから火を拝借してたってわけ」
理由になっていない。
「だから、何故火を放ったのですかと訊いているのです」
「フン!貴女が嫌いだからに決まってるじゃない!貴女を困らせたかったの!貴女さえ居なければクラッドが私を誰かと比べることも、レニーが私を邪険にすることもなかったわ!貴女なんて居なくなればいい!出来ればこの屋敷にも火をつけたいぐらいよ!」
アリシア様はそう言い放つと、また護衛の腕を振り払おうと藻掻いていた。
私は唖然としてその様子を見つめる。
……私、そこまで嫌われるようなことをした?
それって全てアリシア様に原因があるのでは?
唖然とする私が何も言えないでいると、代わりにクラッド様がアリシア様にピシャリと言った。
「八つ当たりをするな。全て自業自得だ」
その言葉を合図にしたかのように、クラッド様はまた扉へ向かう。アリシア様は護衛に引きずられるようにして、クラッド様の後をついて行った。




