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愛人を作ってもいいと言ったその口で夫は私に愛を乞う  作者: 初瀬 叶


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第75話

レニー様は夕食を食べながら、私の話をニコニコと聞いてくれた。


「じゃあ、店は順調ってわけだね」


「はい。人手が足りずうちの使用人でなんとか賄っておりますが、そのうち従業員を増やそうかとレオナと相談していたところです。あの店のことはレオナに任せていますから」


「レオナもずいぶんと頑張ってくれているようだな」


「ええ。……彼女はずいぶんと苦労していて……。今のところ叔父上には居処は見つかっておりませんが、それが少し心配で……」


私が少し眉を下げるとレニー様は安心させるように優しく言った。


「あの店はブラシェール伯爵家の名前を出してやってる。下手に貴族に手を出すような真似はしないだろう」


「そうなら良いのですが……」


何となくその話題が出たからだろうか?私の心がじわじわと不安に侵食されていくような感覚を覚えているとレニー様が話を変えた。


「皇太子殿下のことだが── 」


「クラッド様からご報告を受けました。その後団長様からもご連絡が」


「そうか……。兄さんはアリシアの件を?」


「引き渡しの交渉をするつもりはないと。隣国へ行ったのは本人の意思だから……と」


「そうか。それはまぁ……仕方ないよな」


そう言ったまま、レニー様は何かを考えているようだった。


「アリシア様が心配なのですね」


「いや、そうじゃなくて……実は……」


そう言いながらレニー様は口籠る。何か言いにくいことでもあるようだ。


「話せないことなら無理に話さなくても……」


「実は今隣国からの返事待ちだが……皇太子殿下が王妃のイヤリングを持ち去ったのではないかと……」


「え!?そ、それはどういう……?」


あまりの出来事に私は驚いて何も言えなくなってしまう。何故王妃のイヤリングを皇太子殿下が?


「そ、それがだな……」


レニー様がますます口籠る。それに何故かほんのり頬が赤い。余程言いにくいことがあるらしい。



「皇太子殿下が王宮の侍女たちに手を出していたのは話したかな?」


「ええ。側妃にするからと口説いていたと」


「う、うん、そうなんだ。ある侍女が廊下でイヤリングが落ちているのを見つけた。彼女はどこかで見た気がすると思いながらも、それを拾ってポケットに入れたらしい。後で侍女長に渡すつもりだったと。だが、その後でその……皇太子殿下の部屋でその行為に及んで……」


モジモジとしたレニー様はますます頬を染めている。……一応初夜を済ませた男性なのだが、初心過ぎやしないだろうか?



「レニー様の仰っしゃりたいことは分かりました。それで?イヤリングは?」


「気付いた時にはポケットにもなく……侍女もこの件が明らかになるまで、そのイヤリングのことをすっかり忘れていたらしい。実は王妃陛下の物だと今回分かって、今さら青ざめていた。皇太子殿下が使っていた部屋をくまなく探したが見つからなくてね」


その侍女も処分は免れないだろう。なんてったって仕事中にそんなことをしているんだ。しかも妃陛下のイヤリングまで無くしてしまったとは……。



「では皇太子殿下が間違って持って帰ったと?」


「まぁ、その可能性は大いにあるが……。イヤリングだぞ?気づかなかったのかな?」


「荷造りをした者が見落としてしまったのか、何かに紛れ込んだのか……どちらにしても戻ってくると良いですが」


「ああ。かなり大切な物らしくてね。王妃も失くしたことにすぐに気づかなかった自分の責任だと言いながらも落ち込んでいたよ」


レニー様が皇太子殿下の護衛から帰ってからも王宮から中々戻って来れなかったのはこういう理由かと私は妙に納得してしまった。


隣国からの返事によると、王妃のイヤリングの行方は分からぬまま。皇太子殿下いや……元皇太子殿下のリカルド様も知らぬということだったのだが……それよりも驚くべき話が我が国に届いた。



「アリシア様の行方が分からなくなっ……た?」


私は持っていたパンをポトリと落とした。朝食を食べていたレニー様は難しい顔をしながらも「今日のレーズンパンは焦げてないな。料理長が作ったのか?」と首を傾げていた。


「今日も私が作りました!上達しただけです!── って、そうじゃなくて!どうしてそんなに落ち着いているんですか!?心配じゃないんですか!?」


「そうか!ついに焦げずにパンを焼けるようになったんだな。凄いね、努力の結晶だ。── 心配しても仕方ない。あちらの国もアリシアとリカルド様との関係があまり重要ではない、と判断したからか、アリシアが逃げ出したことを重く受け止めていないようだ」


パンの話がしたいのか、アリシア様の話がしたいのか、もうよく分からない。褒められているようだが、私はそれどころではない。


「クラッド様は何と?」


「昨日報告があった時には驚いていたようだが、別に気にしていないみたいだったよ。ちなみに兄さんは次の相手を探し始めているし」


「は?もう?──いや、今はそれよりもアリシア様のことを──」


「デボラ、君はアリシアに浮気者だと嘘をつかれたり、せっかくのお茶会の準備を無駄骨にされたのに、まだアリシアを心配してあげているのか……本当に君は心優しい人なんだな」


「それとこれとは話が別です。隣国の言葉をアリシア様は殆ど喋れませんし右も左も分からない土地で……」


「正直、逃げなくても処刑されるようなことはなかったんだから、大人しくリカルド様と幽閉されていれば良かったんだよ。貴族専用の塔だ、衣食住に困ることはない。無駄に逃げたりするから……」


男とは……興味のなくなった女にはこれほど非情になれるのだろうか?


「でも、国境沿いでアリシア様が隣国に捕縛された時、レニー様はどうにかしようと思ったのではないですか?」


「あの時はつい……な。今まで守らなければと思っていた『癖』のようなものだ。あとでゆっくり考えたら、元々それが彼女の選んだ道なんだからって納得したんだよ」


アリシア様は皇太子妃になれると信じてリカルド様と共に隣国へ行ったのだ。まさか幽閉されるとは夢にも思っていなかっただろう。

私が呆れたようにレニー様を見ていると、彼はバツが悪そうに、少し肩を竦めた。




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