第67話
「僕は君の能力を高く買っている。まさかあのレイノルズ伯爵から砂糖を安く買い叩いているとはね」
『買い叩いている』なんてちょっと言い方がどうかと思う。おじさまは私のやりたいことに興味と将来性を見出しそれに賭けてくれたのだ。この賭けに負けたら、ブラシェール伯爵領の復興に陰りが差す。おじさまとの約束の期限は迫っているが私はもちろん諦めていない。
しかし……砂糖の仕入れ値は極わずかな人物しか知らないはずなのだが、何故それをクラッド様が知っているのか……ちなみにレニー様も細かい仕入れ値については知らないはずだ。
「安く買い叩いているなんて……。私がブラシェール伯爵領の為にと奮闘している姿を見て、手を貸してくださっただけです」
「亡くなった婚約者の父親とはいえ、彼は人との付き合いをかなり制限しているからね。君がそこまで気に入られているとは思っていなかったよ。それに、果物そのものを売るのではなく、加工品を王都で売るとは考えたね。ブラシェール領は王都まで果物を運ぶには不利な場所にある。その上専門店も始めるんだって?カフェまで併設とは中々やるね。いいアイデアだ」
どうしてクラッド様はこうも詳しいのだろう。私は眉を潜めた。レニー様もそこを不審に思ったようだ。
「誰からそれを聞いた?」
クラッド様は微笑んであっさりとその名を口にする。
「お前の所の執事だよ」
やっぱりと言うべきか。執事の行動には説明がつかないことが多々あった。家令もきっとそれを感じていた筈だ。
「スパイか……?」
レニー様は不快感を顕にする。
「最初はデボラの不満を僕に相談に来たことがきっかけだ。あいつは元々うちの執事の補佐をしていた男だが、亡くなった父にかなり世話になっててね。ハルコン侯爵家に使えることを生きがいとしているような男だった。ブラシェール伯爵家の執事にと任命した時も随分と不服そうだったが、ハルコン侯爵となった僕には逆らえないからね」
うちの執事はブラシェール伯爵家で働きながら、クラッド様を主としていたようだ。……執事失格ということだと私は納得した。
クラッド様は続けた。
「だが、話を聞けば聞くほど僕はデボラに興味を持った。レニーにしっかり者のデボラを選んで良かったと心から思っていたよ。だが……そんな中でアリシアの浮気を知った。そこからだ、僕の中でアリシアとデボラを比べるようになったのは」
アリシア様はいまだ顔を埋めたままだが、自分の名が聞こえたせいか、肩をピクリと動かした。
「デボラ、君には商才もあるし、自分の意思を貫く芯の強さもある。語学も堪能だし、陛下も是非デボラと再婚したらどうかと言ってくれたんだ」
執事がスパイだったことや、私の不満をクラッド様に漏らされていたことや、今だに泣いているアリシア様とか、隣で顔を歪めているレニー様などなど……情報量が多すぎて聞き逃すところだったのだが── 。
「へ?陛下が再婚を勧めた?何がどうなって?」
するとクラッド様は少しだけ困ったように首を傾げた。
「僕は殿下の側近。となると将来的には国王の側近になるということ。陛下も殿下も── 」
そこでクラッド様はチラリと机に突っ伏したままのアリシア様を見つめる。いつの間にか、アリシア様の泣き声は聞こえなくなっていた。
「妻がアリシアでは心許ないと言うんだ。僕はそこですぐに思いついた。デボラとアリシアを交換してしまえば良いと」
クラッド様はニッコリと微笑む。……この人、どこかおかしいんじゃないかしら?妻の交換なんて聞いたこともない。
「馬鹿を言うな!デボラは物じゃないんだぞ!」
レニー様は机をダンッ!と拳で叩いた。
その音が部屋に響き渡る。クラッド様はまたもや不思議そうな顔だ。
「レニー、お前はあんなにアリシアが好きだったじゃないか……そうか、アリシアの浮気を知って嫌いになったか……手垢に塗れた女は嫌なんだな」
「そんなんじゃないと言っただろ!僕がアリシアを好きだったのは昔の話だ!今、僕が愛しているのはデボラなんだ!デボラを手放すなど有り得ない!」
レニー様は大声でそう言うと、クラッド様を睨む。
「困ったな……アリシアは後継ぎを作るつもりはないというし……ブラシェール伯爵家なら途絶えたところで、大した問題はないし、良い案だと思ったんだ。この前の皇太子の晩餐会でデボラを披露して合格をもらったし……」
私はクラッド様のその言葉にカチンときてしまった。
ちなみに自分が晩餐会で採点紛いのことをされていたからではない。
「貴方は領民のことをどう思っているのですか!ブラシェール伯爵領にもそこに住み、仕事をし、子を生み育てている者達がいるのですよ?ブラシェール伯爵家なら途絶えてもよいなど……」
「今まで通り領地はハルコン侯爵家が管理するだけだ。元に戻るだけじゃないか?」
私はクラッド様に呆れてしまう。彼はこんな人だったのだろうか?
「ブラシェールの領民達はレニー様が領主になったことをとても喜んでいました。やっと自分達の領主が出来たことを。彼らは私達に期待しています、だからそれに応える為に私達も努力している最中です。彼らを失望させるような真似、私達は絶対に致しません!」
「そんなに領地や領民が大切ならば何故子作りしない?確か初夜以降そんな気配はないと執事が── 」
「ならば今日からいたします!」
売り言葉に買い言葉。前にそれで私は後悔したことがあったはずなのに、またやってしまった。頭に血がのぼった私は、そう高らかに宣言し、椅子から勢い良く立ち上がる。
何故か隣のレニー様が「デ、デボラ落ち着いて」と言いながら顔を赤らめていた。




