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愛人を作ってもいいと言ったその口で夫は私に愛を乞う  作者: 初瀬 叶


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第64話

「待たせて悪かったな」


十分程居心地の悪い時間を過ごしただろうか。

にこやかな笑顔と共にクラッド様が、そしてその後ろにほんの少し不貞腐れたような顔のアリシア様が、応接室へと現れた。


アリシア様は私の膝の上の重なった二人の手を一瞥すると、ちょっぴり眉間に皺を寄せる。


私達が立ち上がろうとするのを、クラッド様が軽く手で制した。


「あぁ、いい、いい。そのままで」


あくまでもクラッド様はにこやかなままだ。私達の対面にクラッド様が腰を下ろすと「アリシアも座りなさい」と短く一言彼女に声をかけた。

アリシア様はやはり少し不機嫌そうな顔をしながらも無言でストンと椅子に腰掛ける。視線はまだ二人の手に向けられており、居心地の悪さを感じた私は自分の手をレニー様の手の下からそっと引き抜いた。


改めて私達四人は向かい合う。口火を切ったのは、クラッド様だった。


「呼び出して悪いね。今日は大切な話があったんだ」


「大切な話?一体何なんだ?」


レニー様も全く心当たりがない様子で尋ねる。

クラッド様はレニー様に向かってニッコリと微笑むと、言った。


「なぁに、簡単なことさ。お前にアリシアをやる。そのかわり僕がデボラを貰う。いわゆる『とっかえっこ』だよ」


「とっ……かえっ……こ?」


レニー様はそう呟いて固まった。私も、もちろんアリシア様もだ。

しかし一瞬の沈黙の後、一番反応が早かったのは、アリシア様だった。


「クラッド!どういう意味!?」

ガタン!と立ち上がり、隣に座るクラッド様を見下ろすアリシアの顔は真っ赤だった。


「そのままの意味だよ。アリシア、君とは離縁する。そしてデボラと再婚するよ」


「何を!── 」「兄さん何を言ってるんだ!」


レニー様も立ち上がる。

私はまだ唖然としたまま、二人を見上げる形となった。


「おい、落ち着けよ。どうしてそんな血相を変えているんだ?正直、二人は両手を挙げて喜ぶと思ったんだがな」


ハハハッとクラッド様は笑う。


「兄さん、何を笑ってるんだ!冗談は止めてくれ!」


レニー様の言葉にクラッド様はスッと真顔になった。


「お前はアリシアが好きだろう?素直に喜べばいいんだ。……あぁ、デボラを前にして言いにくいか?安心しろ、デボラは僕が幸せにするから」


私は改めてクラッド様へと視線を向けた。

その顔は冗談を言っている様には全く見えなかった。




「クラッド!何の冗談?全く笑えないわ!」


アリシア様は顔にかかるピンク色の髪を耳にかけ、クラッド様を睨んだ。


「アリシア……君こそ喜ぶと思ったんだがなぁ。学生時代、よく皆に自慢していたらしいじゃないか、レニーと僕が自分を奪い合っているんだって」


その言葉にアリシア様はカッと顔を赤くする。


「そ、それは── !」


「いいんだ。君がそんな風に僕たちを思っていたことは知っていたよ。どちらを選ぶか……僕だって賭けだった」


「そんな……僕はアリシアに気持ちを伝えたことなど──」


レニー様はそう言いながら、私にも自分の気持ちがバレバレだったことを思い出したのか、口を噤んだ。


「レニー。お前の気持ちなんて言わずとも皆知ってたよ。アリシアだって。でも……アリシアは僕を選んだ。……僕がハルコン侯爵を継ぐからだろう?」


クラッド様はゆっくりと自分の両手をテーブルの上で組んだ。その手を見つめるように呟く。


「プロポーズを受けてくれた時、本当に嬉しかったんだ。レニーじゃなくて僕を選んでくれたこと。僕を愛していると言ってくれた君の言葉を僕は信じてた。……ハハッ!おめでたい奴だと腹の底では笑っていたんだろう?」


クラッド様の瞳が暗く沈む。アリシア様は慌てたように腰掛けると、テーブルの上のクラッド様の手を軽く握った。


「クラッド、何を言ってるの?私は本当に貴方を愛して── 」


クラッド様はアリシア様の手から逃れるように、自分の手を膝の上に置き直した。


「あぁ、もう演技は十分だ。大丈夫だよ、そんなに取り繕わなくても。もう僕は傷ついていない。僕に大切なのは、このハルコン侯爵家を守っていくことだ。君と一緒に居ても、この家を守れない。だから、離縁する」


クラッド様はあくまでも冷静に、そして淡々とアリシア様に話して聞かせる。アリシア様の唇は微かに震えていた。


「兄さん!二人がどうなろうと僕には関係ない!そしてデボラにも── 」


レニー様はまだ立ったまま、クラッド様を睨みつけていた。握った拳に力が入っているのがわかる。私はその拳にそっと触れた。

レニー様は私を見下ろす。少しだけ困ったような、泣きそうな顔をしてストンと椅子に座り込んだ。


「レニー。お前、アリシアを好きだったんじゃないのか?」


クラッド様はほんの少し首を傾げた。不思議がっているようだ。

アリシア様もレニー様を見つめる。その目は何かを期待しているようだった。


「……子どもの頃の話だよ。僕はもう結婚している」


アリシア様の大きな瞳が不安そうに揺れていた。今にも涙かこぼれ落ちそうだ。


「政略結婚だ。お前、最初は嫌がっていたじゃないか」


── ダンッ!

レニー様の拳は握られたまま、テーブルに打ち付けられた。


「いつの話をしてるんだよ!僕は今──」


「ふむ……最近二人が夫婦の寝室で寝ているというのは……そういうことかな?だが、行為自体はないようだが──」


「な、何でそれを……?」


レニー様のテーブルに打ち付けた拳がプルプルと震えていた。私も目を見開いて、クラッド様の言葉を聞く。

すると、何故かアリシア様が嬉しそうに言った。


「レニー!私との約束を守ってくれていたのね!」


「約束?」

私はそう呟いてレニー様に視線を向けた。

彼は、首を何度も横に振った。


「違う!── 違うんだ!」


「違わない!レニーは私と約束したの。デボラさんとの間に子を作らないって!」


アリシア様はそう叫んだ。

隣のクラッド様はフッと口角を上げた。それは、引き攣れたような笑いだった。



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