第62話 Sideレニー
〈レニー視点〉
「兄さん!」
王宮の廊下で目的の人物を見つけ、僕は声をかけ、側に駆け寄る。
兄さんは少し離れた場所からでも分かるくらいに、顔を顰めた。
「ここではハルコン侯爵と呼ぶように」
兄さんは自分に付いていた事務官に「先に行ってろ」と声をかけると、僕の方へと体を向けた。
「何だ?お前は腕が治るまで休暇になってた筈だ。── もう治ったのか?」
兄さんは三角巾をしていない僕の腕に視線を落とした。
「もう殆ど問題ない。それよりも話しがあるんだ」
僕はぐるぐると手首を回して見せた。しかし、今はそんなことより晩餐会での発言の意図を尋ねる方が重要だ。
「丁度良かった。僕もお前に話しがあったんだ。だが……ここで話すような話ではないな。一度デボラと共に侯爵家に来るように」
兄さんの何かを含んだような物言いが気にかかる。それにデボラと一緒?何故?疑問はあるが、それよりも今は晩餐会のことだ。
「じゃあ、今は僕の質問に答えてくれよ。晩餐会での会話なんだが──」
そう僕が言いかけた時、慌ただしく近衛が数人バタバタと駆けてきた。
「侯爵!ご報告いたします!」
兄さんは僕から目を逸らし、近衛に頷いた。
「皇太子殿下が居なくなりました!」
驚きの報告に兄さんの顔色がみるみる赤くなる。
「馬鹿者!お前達は何をやっていたんだ!見張っておけと言っただろ!」
「すみません!あちらの護衛が付いていて必要ないと言われてしまい……」
近衛はギュッと拳を握り、頭を下げた。こいつは僕の部下にあたる。
「何処で、何があったんだ?」
僕も思わず質問を投げかけた。
「皇太子殿下が北の庭を散策したいと言い出しまして……」
王宮の北の庭はどちらかと言うと質素で、花が少ない緑ばかりの庭だ。あんな所を歩いて回っても、何の面白みもないだろう。
「それで?」
僕は先を促したが、兄さんは罵声に近い音量で、それを遮った。
「過程より、今は結果だろう!早く探しに行け!」
「は、はい!」
近衛は真っ青になり駆けて行く。
「何処でどうやって居なくなったのかを知らなければ、探しようがありません」
僕の抗議に、兄さんは鼻を鳴らす。
「ふっ……部下を庇いたい気持ちもわかるが、お前、そんなに落ち着いていて大丈夫か?お前も責任に問われることになるかもしれないんだぞ?」
「上に立つ者なら、その覚悟は当たり前だ。とにかくその時の状況を── 」
「それはお前の勝手にしろ。僕は殿下と今後の策を練る。自ら居なくなったのか、誘拐されたのかは知らんが、何かあれば我が国の責任問題だ」
だから状況を知りたいと言っているじゃないか!と思うが、グッとそれを飲み込んだ。
「近衛に話しを聞いて来ます」
「勝手にしろ。僕は行く」
兄さんは僕に背を向け、早足で去って行った。
……結局、晩餐会のことは何も聞けなかったが、この状況では仕方ない。国際問題に発展しかねないこの件の解決が先決だ。
僕も兄さんに背を向けると、駆け足で近衛達の元へと急いだ。




