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愛人を作ってもいいと言ったその口で夫は私に愛を乞う  作者: 初瀬 叶


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第59話

聞いていなかった……。後悔先に立たずとは今の私のことを言うのだろう。


私はクラッド様と共に皇太子殿下を囲む晩餐会へと出席していた。我が国の殿下と婚約者のイザベラ様がこの晩餐会に出席するであろうことは予測出来たが、まさか陛下と妃陛下まで出席しているとは思ってもみなかった。


それにひきかえ貴族側の出席者は殿下の側近であるクラッド様と私、宰相であるクロムウェル公爵とその奥様という少なさ。殿下の側近はあとお二人ほど居たと思ったのに……。これでは大勢に紛れることも出来ず、私は食事前から胃の痛みに顔を顰めそうになる。


私の心と胃の痛みとは裏腹に和やかに晩餐会は進む。


【わざわざ私の国の食事まで用意してくれるなんてありがたい。皆はどうかな?口に合うかな?】


皇太子殿下も嬉しそうに食事を口に運ぶ。彼の国の料理に舌鼓を打っていた。


【美味しいですね】

クラッド様は流暢に隣国の言葉で答えた。


【なぁ、デボラ】


何故かクラッド様は私に話しの水を向けた。あぁ……放っておいて欲しかったのに


【我が国ではあまり鴨の肉を食べる機会がありませんでしたが、味わい深いんですのね。肉の味が濃い気がします。美味しいですわ】


私が微笑むと皇太子殿下は少し驚いたように目を丸くした。


【君のアクセントは完璧だね。まるで母国の女性と話しているみたいだ】


【お褒めいただき、光栄です】


私は謙遜することなく、賛辞をありがたく受け止めた。緊張であまり頭が回らなかったからかもしれない。しかし、皇太子殿下はそれに好感を持ったように、私に色々と話しかけてきた。

 

【私の国についてどう思う?】


【緑豊かな素晴らしい国だと思います。それにタバナ皇国のシルクは美しくて目を奪われてしまいますわ。実は今日のドレスもタバナ皇国産のシルクを使っておりますの】

私はドレスショップでちゃんと生地の産地まで確認していた自分を心の中で褒めた。私の返答にクラッド様は嬉しそうに頷いていた。


【ドレスの色もうちの国旗になぞらえて?】


【素敵な色の取り合わせでしたので】


私は正直自分だけが皇太子殿下と話している今の状況に内心ハラハラしっぱなしだった。他の方々の視線が痛い。

その後も皇太子殿下との会話は続く。正直、食事の味なんて本当はほとんど分かっていなかった。……緊張で。


【改めて教えてくれ。君の名前は?】


【デボラですわ】


【綺麗な名だな。僕のことはリカルドと呼んでほしい。君はハルコン侯爵のパートナー?】


私はそれを否定しようと口を開きかけたが、何故かクラッド様がニッコリと私の代わりにそれに答えた。


【ええ。いずれ僕のパートナーになる女性です】


私は思わず目を見開いて、隣に座るクラッド様を見た。彼は私の視線に気付くと軽くウィンクする。……合わせろということらしい。


しかし、私はそれに納得出来ず、黙り込む。嘘をつくわけにはいかないが、ここで『違う』と言えば、クラッド様を嘘つきと言ってしまうのと同義だ。


【そうか……残念だな。侯爵が羨ましいよ】


リカルド殿下がアハハと軽く笑う。私は正直、全く笑えなかった。




「どうしてあんな嘘を?」


晩餐会が終わり、ハルコン侯爵家の馬車に乗った私は開口一番、クラッド様にそのことを問いただした。


「実はリカルド殿下は女好きでね。君みたいな若くて美人な女性に目がないんだ。僕のパートナーと言っておけば、目をつけられないだろうと思って」


「ならば、私が既婚者であることを伝えれば済むお話ですわ」


非難混じりの言葉になるが、私はどうしてもその言い訳が腑に落ちなかった。


「弟の奥さんを連れてきたなんて言ったら『何故?どうして?』って話しになるだろう?説明すればアリシアの無能さを露呈することになるし、皇太子殿下はもう少しで帰国の予定だ。本当のことを知らせる必要はないと考えた末のことだよ。あそこに出席した皆にも、元々根回ししておいたから混乱も起きなかった」


確かにクラッド様の発言に皆は驚いた素振りを見せなかった。……驚いたのは私だけだ。


「嘘はよくありません」


私の表情は硬い。クラッド様は少し困ったように笑った。


「確かに嘘は良くない。だが、別に誰かを不幸にするわけじゃないなら、嘘も方便って言うだろう?」


クラッド様はさも当然といった風に、飄々としている。モヤモヤしているのは私だけということだ。


その後、私達二人は一言も交わさずにブラシェール伯爵邸まで馬車に揺られていた。最後に「今日はありがとう。助かったよ」と言うクラッド様に私は「失礼します」とだけ言って馬車を降りた。








「お疲れ様。晩餐会はどうたった?」


玄関ホールで私を出迎えてくれたのは、レニー様だった。


私は晩餐会での出来事を包み隠さずに話すべきなのか迷った。それが顔に出ていたらしい。


「どうした?何かあったのかい?」


心配そうなレニー様に私は何と言葉を返して良いか分からなくなる。私が答えに迷っていると、レニー様は私の手をそっと握った。


「困ったことがあったのなら、話して欲しい。……僕はまだ頼りにならないかな?」


控え目で穏やかだが、少し自信のなさそうなレニー様の声に胸がキュッと痛くなる。レニー様が頼りにならないなど思ってはいないが、クラッド様はレニー様のお兄様だ。……悪口を言うようで気が引ける。


「あの実は……」


そこまで言って私はまた口籠った。レニー様は私の手を握ったまま、優しく微笑んだ。


「先ず、着替えをしておいで。それからゆっくり話そう。慌てなくてもいいし、話したくなったらでいいから」


彼の優しさに胸が温かくなる。私はコクンと頷くと、侍女を伴い自室へと戻った。


湯浴みをし、夜着に着替える。私は先日のレニー様との約束通り、夫婦の寝室へと向かう。そこには既にレニー様の姿があった。


「疲れたろう?もう休むか?」

私に気を使ってくれているのが、わかる。私は少し心が解れたような気分で、彼の待つ寝台へと向かった。

二人ヘッドボードに背中を預けて並んで座る。


「レニー様、私、クラッド様のことが分からなくなりました……」



思い切って私は言葉を口にした。レニー様は私の話しに静かに耳を傾けている。


「今日の晩餐会……何か変だったんです。招待客も極わずか。そこには両陛下もいて……何故私が出席しなければならなかったんだろう……って。何となく値踏みをされているような、そんな変な空気があって……上手く言えないんですけど」


「値踏み?何か言われたのか?」


「いえ、言葉で何かを言われたわけではありませんが、皇太子殿下と会話をするのは、私ばかりで……。私が何か答える度に、陛下やクラッド様が満足そうに頷くんです。何かテストを受けているような気分でした……それに……」


私は少し俯いた。クラッド様が私をパートナーと言ったあの言葉をレニー様に話してしまって良いものなのか。

レニー様はシーツをキュッと握った私の手を自分の手でそっと包み込んだ。


「言いにくいことなら無理には聞かないが……だがデボラ、本当は誰かに聞いて欲しいと思っているんじゃないか?それなら、僕が聞くよ。兄さんのことだからと遠慮することはない」


私は顔を上げてレニー様を見つめる。彼の瞳に映る自分はとても情けない顔をしていた。……うん……こんなの私らしくない。悩んでたって仕方ない。


「皇太子殿下に私の事を訊かれたクラッド様が『パートナーだ』と答えたんです。いえ、正確には『パートナーになる予定だ』……と」


それを聞いたレニー様の顔はみるみる不機嫌そうに歪んでいった。




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