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愛人を作ってもいいと言ったその口で夫は私に愛を乞う  作者: 初瀬 叶


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第57話 Sideレニー

〈レニー視点〉


そっと目を開けて横を見る。高い鼻が月の光に照らされて、やけに白く見えた。長く濃い睫毛に彩られた彼女の瞼はしっかりと閉じられている。


彼女の寝顔を見るのはこれで二度目だ。馬車の中でうたた寝をした彼女の寝顔が、いつもより少し幼く見えて、胸が痛いくらいにときめいたことを思い出す。


結婚して約半年。相手の寝顔を見ることが珍しい夫婦なんて、僕たち以外にいるのかな?……本当に僕は馬鹿だったと思い知る。


彼女の心ごと全部欲しい……なんて格好をつけてしまった手前、手を繋ぐだけで我慢している……が、辛い。僕も健全な男だ。……辛い。

ムクムクと湧き上がる欲望をみて見ぬふりでやり過ごす。これ以上彼女を傷つけたくはなかった。


彼女の小さな寝息が聞こえる。ドキドキして眠れないのは、僕だけのようだ。彼女に僕を好きになって貰いたいが、それは随分と険しい道のりに思えた。なんせ、最初の印象が最悪だ。


……しかし。デボラにアリシアのことがバレていたなんて……。兄の嫁に恋心を抱いてるなんて気持ち悪いと思われただろうな。

どうすればここから今の状況を打破出来るのだろう。特に今のところ良いアイデアなんて一つも浮かんでいない。僕に出来ること……それはデボラに自分の気持ちを伝え続けることだけだ。


そう言えば、僕はアリシアに気持ちをはっきりと伝えたことはなかった。アリシアが兄さんを選んだ……なんて思っていたけれど、元々僕はスタートラインにすら立っていなかったことに気付く。兄さんはアリシアに気持ちを伝えた。僕はそれすらしようとしなかった。……僕のアリシアへの気持ちって、それぐらいのものだったのかもな……。


そんなことを考えていたら、僕はいつの間にか意識を手放していた。





「そう言えば、昨晩は言い忘れていたのですが、クラッド様が……」


デボラが僕の怪我をした片手の代わりに、パンを千切ってジャムを乗せながら、ポツリと言った。


「晩餐会の件か?兄さんに聞いたよ。だが兄さんもなんでデボラに……」


僕は彼女の手からパンを受け取り頬張った。彼女は目の前の朝食を一通り小さく切り分け、パンを千切ると、それらを皿に乗せる。


「私も何故なのか……。言葉の問題は理解しましたが、それならばクラッド様がアリシア様をフォローして差し上げれば問題ないのではないかと思うのです」


「その通りだと僕も思うよ。だが皇太子殿下を囲んだ晩餐会か……僕の耳には届いていなかったんだが」


怪我で休んでいるとはいえ、僕は副団長だ。全く何も聞かされていないなんて、変な話だ。


「急に決まったような印象でしたが……。実は今日、クラッド様がドレスを一緒に買いに行こうと仰ってて」


そう言った彼女は困ったように眉を下げた。


今度は自分のパンを千切りながら彼女は小さくため息をついている。


彼女が何も言わずとも僕の手の代わりを務めてくれたことに勝手に感動していて、聴き逃すところだった。


「は?ドレス?兄さんと?」


僕は我に返り、素っ頓狂な声を出した。



「はい……必要ないとお断りしたのですが……」


そう言ったデボラは心底困っているように見える。


「新しいドレスが必要なら、僕が買うよ。既製品で良いんだろう?」


妻のドレスを他の男が買う。これがこんなにも不快なことなのだと、僕は初めて知った。


「いえ、別に新しいものを買う必要もないと思っているんですが、クラッド様は自分の見立てで選びたい……と」


兄さんはどういうつもりなんだ?僕がしかめっ面をしていると、家令が食堂に顔を出した。


「……クラッド様がお見えです」


デボラが驚いた声をあげる。


「もう?!まだ朝よ?」


「まだ朝食中だ。……非常識過ぎるだろう」


僕は文句を言いに行こうと立ち上がる。隣で食事をしていたデボラが僕の服の裾をツンと引っ張った。


「あまり言い争うのは……」


「昨日も一方的に『デボラを借りる』と言われただけで、僕は許可をしていない。ドレスどころか、晩餐会自体断ってくるよ」


僕は気合いを入れて、食堂を出て玄関ホールへ向かう。

今まで兄さんに面と向かって文句を言ったことなど数える程度だ。最後は……そうだ、結婚しろと言われた時だ。


兄さんは玄関ホールに現れた僕の姿を見て、驚いたようにまばたきをした。


「レニー、お前を呼んだんじゃない。デボラは?」


「晩餐会ならアリシアと行けばいいだろう?デボラは行けない」


僕の言い方が悪かったのか、兄さんの顔が曇る。


「昨日も言っただろ。アリシアでは力不足だ。彼女は役に立たない」


僕は兄さんの言葉に違和感を覚える。今まで兄さんがアリシアのことをこんな風に言ったことがあっただろうか?


「そんな言い方……。仕方ないだろう?アリシアは勉強が、その……苦手だから」


僕も勉強は苦手だ。勉強というか机にずっと付いているのが苦痛なタイプだ。


「……子どもの頃はそれでも良かったさ。でも今はそんな訳にはいかないんだよ。何度も何度も彼女には言い聞かせたし、家庭教師も付けた。でも無理だったんだ」


家庭教師……それは知らなかった。アリシアからも聞いたことがなかった。


僕が黙ると兄さんは続けた。


「知らなかったか?……お前には泣き言を言っているかと思ったが、お前にも勉強が嫌だと言うのは格好悪いと思ったんだな」


「兄さん……今までアリシアを甘やかしていたじゃないか。急にどうしたんだ?」


「いつまで子どもの頃の話をしてるんだ。もう……そんなことは言ってられないんだよ」


兄さんの眉間には深い皺が刻み込まれる。最後の言葉には諦めの色が滲んでいた。

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