第56話
「あの……正直にお話しても?」
私は彼の気持ちにちゃんと応えなければならないと思い、ほんの少しだけレニー様の胸を押した。
離れていく私に彼は切なそうに目を細める。
真剣に向き合ってくれようとしているレニー様に、私も自分の気持ちを素直に話すことにした。
一歩引いた私はレニー様と目を合わせる。
「君の気持ちを聞かせてくれ。何でも受け止める」
「今……正直戸惑っております。ずっとレニー様はアリシア様を愛しておいでだと思っておりましたので……。政略結婚にお互いの気持ちなど不要だと思っておりました。信頼さえあれば良いと」
「……その信頼すら……。僕は君を失望させてきたのではないか?」
私はそれを否定する為に首を横に振った。
「最初は……騎士として生きてきたレニー様が領地経営に無関心なのだと決めつけていたのは事実です。ならば自分が……と勝手に動いてしまったことは反省しておりますが、それはレニー様を信用していなかったわけでは── 」
「いや……いいんだ。それは事実。僕は領主になることを軽く考えていた。君の奮闘する姿を見て目が覚めたんだ」
信用……していなかったのだろうか?
私は心の何処かでレニー様に領地のことなど頭の片隅にもないのだろうと決めつけていた。やはりここは私も反省すべき点だ。だって私はレニー様に嫁いだのだから、会話を避けていた自分も悪い。
黙った私にレニー様はほんの少し口角を上げて微笑んだ。
「どんな言葉でも受け止めると言っただろう?罵ってくれたって構わない」
「まさか、そんな!そんな風に思ってはいません……今は」
「素直だな」
レニー様が笑った。私もつられて微笑んだ。
「今はレニー様が領地や領民のことを知ろうと努力してくださっていると感じています。これから……一生、共に歩いていけるとも」
「それは……政略結婚の相手としては及第点ってところかな?」
レニー様が嫌味や皮肉を言っているわけではないと十分に理解している私は、答えを躊躇った。
『君が好きだよ』『はい、私も』と言える程、人の心は単純には出来ていない。
私は小さく頷いた。
「なら、最低でも嫌われてはいないということだ。君の側に居てもいいって言われているのと同じだよね?」
レニー様は努めて明るくそう言った。
「嫌うだなんて……」
結婚当初ならいざ知らず。今は別に嫌ってなどいない。
「なら、まだチャンスはあるということだ。時間はたっぷりある。……一生をかけてでも君が僕を好きになってくれるように努力するさ」
「時間をいただけるのですか?」
「もちろん!共に歩いていけると思ってくれているのだろう?今はそれだけで十分」
レニー様は明るく笑う。私もぎこちない笑みを浮かべた。レニー様は続ける。
「ならば夫婦の寝室で休むのは嫌?」
彼の問いかけに私は答えに詰まる。別に嫌ではないし、妻の務めだとも思う。
「嫌では……」
「なら、一緒に休もう。もちろん、君に不埒な真似はしないと誓う。一緒に寝るだけだ。……出来れば手をつないで貰えると嬉しい」
私は驚いてレニー様を見る。手を繋ぐだけでは子は出来ない。
「言っただろう?僕は君の心ごと全部欲しいんだ。いつまでも待つよ」
私は困ったように眉を下げた。
「おじいちゃん、おばあちゃんになったらどうします?」
「デボラがおばあちゃんか……それはそれで可愛らしいだろうな」
レニー様は微笑んで怪我をしていない手を伸ばして、私の手を握った。
可愛らしいなど、言われたことがない私は戸惑うばかりだ。
「意地悪そうな顔だと良く言われるんですけど……」
「それは君の容れ物だけを見ているからだ。君は細かな気配りの出来る、優しい人だ。目標には猪突猛進で周りが見えなくなることもあるが、それも君の魅力の一つだよ」
レニー様が甘々過ぎて、私はまた頬が熱くなる。
「急がなくても?」
「あぁ。側に居てくれるなら、いくらでも待つよ。いや、待ってるだけは性に合わない。どうにか君に振り向いてもらわねばな」
戯けるように言うレニー様に私も自然と笑顔になる。私は自分の手を握る彼の手に、もう一方の手を重ねた。
「ならば頑張ってくださいませ。私も貴方を好きになりたい」
その言葉に今度はレニー様の顔が赤くなった。




