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愛人を作ってもいいと言ったその口で夫は私に愛を乞う  作者: 初瀬 叶


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第52話

「はぁ……何とか逃れられた……かしら?」


アリシア様の不貞をレニー様に告げる勇気はない。……かと言ってあの社交クラブの話をするとなると、最初に私をあそこに招待したのはアリシア様……。


あ!そっか!高級娼館だって言わなきゃいいのよ!そうよ!そうだわ!ただのボーイだったって言えば問題ないわよね?


私は良いことを思いついたとばかりに手を叩いた。従業員が男しかいなかった……ってのが、少し怪しく思えるかもしれないが、脳筋のレニー様のことだ。そこはなんとか誤魔化そう。


私はそう考えるとホッとして気が緩んだのかお腹がグゥと鳴った。そう言えば夕食もまだだった。


良いタイミングでメイドが私に食事の準備が出来たと告げる。

私は軽やかな気持ちで食堂に向かった。


夕食も終わり、湯浴みでも……と思った所に執事がやって来た。


「奥様。クラッド様が奥様にお話があると」


え?クラッド様が?確か急用があって観劇を欠席すると言っていなかったかしら?だから……レニー様が代打でエスコートする為に行ったのよね?


私は不思議に思いながらも、クラッド様が待つという応接室に急いだ。


「お待たせいたしました」


私が部屋へ入ると、クラッド様は少し疲れたような表情だったが、それでも人の良さそうな笑顔を浮かべた。


「突然すまないね」


「いえ。あのレニー様はあいにく留守なのですが……」


「もちろん知っているよ。頼んだのは僕だ」


……ですよね。じゃあ、やはり私に用ってこと?


「どうかなさいました?」

クラッド様が私を訪ねて来る理由が分からずに困惑する。


「隣の国の皇太子が来訪しているのは知っているよね」


「ええ。先日の殿下の婚約式に出席されていらしたのですよね?夜会ではお見かけいたしませんでしたけど」


「あぁ。あの国が今、後継ぎ問題で揉めて皇太子が我が国へ避難しているのは、周知の事実だ。もちろん表向きの理由として語られる事はないが」


表向きは殿下の婚約式への出席だものね。


「実はその皇太子殿下を囲んで、我が国の上位貴族の中から選ばれた家の者を招待して晩餐会を催すことになったんだが……実は彼、我が国の言葉が得意ではなくてね。今回、招待客は隣国の言葉に明るい者達を選んだんだが……君、話せるよね?」


何でそれを知っているのか?と少し疑問に思ったが、きっと婚前の調査で知られてしまったことだろうと勝手に納得した。


「ええ、一応日常会話程度でしたら」


私が頷くと、クラッド様はガバっと頭を下げた。


「頼む!僕と一緒に晩餐会に主席してくれないか?アリシアは語学が苦手なだけでなく、社交も不得意だ。彼女を晩餐会に連れていけば、恥をかくのは僕だ。デボラ、君ならその務め、難なくこなせるだろう?」


クラッド様は頭を上げて、チラリと私の表情を窺った。


「そんな!私だって別に得意なわけでは── 」


「君なら全く問題はない。頼む、ハルコン侯爵家を、助けると思って!」


クラッド様は自分の顔の前でパン!と手を合わせお願いする。


「し、しかし──」


「レニーのことなら心配しなくていい。あいつは今怪我をしてて、ボーッとしてるんたろう?ならばその間アリシアの相手でもしていればいい」


私はクラッド様の言い方に違和感を持つ。

前にハルコン家に訪れた際には、もう少しアリシア様のことを愛情込めて話していたような気がしていたのだが……、それにこの口ぶり。もしかしてクラッド様はレニー様の気持ちを知っているのかしら?



「でも一度レニー様に確認を取りませんと」


正直、何故レニー様が留守の間にわざわざクラッド様が来たのか、疑問に感じる。


「レニーには僕から言っておくから安心してくれ。ところで、デボラ、君にドレスを贈りたいんだが、晩餐会まで時間がなくてね。既製品を少し手直しするぐらいで勘弁してくれ」


「ドレス?そんな……!私も一応伯爵夫人として恥ずかしくない程度のドレスぐらい持っておりますので── 」


「僕の横に立ってもらうんだから、それなりのドレスじゃないと困るんだよ。……別に君が持っている物が不足ってわけじゃないんだ。誤解しないで欲しい」


誤解もなにも……間違いなく馬鹿にしているじゃないか……。クラッド様ってこんな感じ悪かったかしら?


「それでも既製品より、しつらえた物の方が── 」


つい言い返してしまうのは私の悪い癖だ。ブルーノにもいつも言われていた。『たまには大人しく従った方が良いこともあるよ。君が損をしてしまう』と。

私の言葉にクラッド様はほんの少し眉間に皺を寄せたが、すぐさまいつもの様に優しげな雰囲気でニコリと微笑んだ。


「確かにそうかもしれないが……なら、お礼として受け取って欲しい。男としてそれぐらいはさせてもらえるかな?」


そう言えば晩餐会への同伴を了承したわけでもないのに、既に出席は決まった事の様に話が進んでいた。

私は嫌な事を思い出していた。クラッド様とお茶会の準備をしていたことで、アリシア様からクラッド様に色目を使っていると誤解されたことを。


「しかし、アリシア様が何と言うか……」


一瞬、クラッド様の瞳に暗い色が差した気がした。しかしまたすぐにクラッド様は人の良い笑顔に戻る。


「アリシアには僕からちゃんと説明するさ。晩餐会は彼女には荷が重い。きっと彼女も君に感謝するよ。……ということで明日時間を作ってもらえるかな?ドレスとアクセサリーを買いに行こう。おい、ちょっと」


クラッド様はうちの執事に合図して彼を呼びつけた。まるでこの家の主人のようだ。


そう言えばこの執事はハルコン侯爵家で働いていた……クラッド様に従うのも無理はないか。


「明日、デボラと出かける。馬車を寄越すから── 」


「え?クラッド様と一緒に……?!」


「もちろんさ。僕の目で確かめたいからね」


クラッド様は執事に時間を告げている。何だか自分の意思を無視されているようで非常に居心地が悪かった。しかし断れる雰囲気でもない。


「クラッド様もお忙しいでしょうし── 」


彼の疲れた様子も気になる。


「あぁ。その皇太子が中々わがままでね。振り回されているよ。でもデボラと出かける時間ぐらい捻出出来る。安心して」


「あの……ところでその晩餐会は……」


「あぁ、言い忘れていたな。明後日だよ」


「あさ……って?」


時間がないって……無さすぎない?私は思わず固まってしまった。



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