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愛人を作ってもいいと言ったその口で夫は私に愛を乞う  作者: 初瀬 叶


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第50話

クタクタだった。最近は色々なことが起こりすぎている。


湯浴みもカラスの行水で済ませた私は、レニー様のことも、レオのこともひとまず頭から追い出し、寝台に潜り込んだ。

これからのことは明日考えればいい。私はそのまま意識を失うように眠りについた。


翌朝── 。


「あー!よく寝た!」

私は寝台の上で両腕を上げて大きく伸びをした。


タイミングよく侍女からのノックの音に、私は軽やかに返事をした。


身支度が終わり、私は食堂へ向かう。


そこには私を待つレニー様の姿があった。


「遅くなりまして……」

「いや、僕が早すぎたんだ」


私達の間になんとも微妙な空気が流れる。


そう言えばあのバザーの時『愛人を作ってもいい』という言葉を撤回するって言ってたわよね。……どういうつもりで言ったのかしら?あの時はあんな場所で大声で叫ぶレニー様に呆気にとられてあまり深く考えていなかったけど。


レオとのことは誤解だと分かってもらえたと思うんだけど……。私が必要ってどういうことかしら?確かに今、ブラシェール伯爵領の再建には私が必要なのかもしれない。

あ!執事に言われたわ!ブラシェール伯爵家に泥を塗るような真似をするなと!なるほど……だからあの発言を撤回する気になったのね。確かに私に愛人なんて……外聞が悪すぎる。


でも自分はどうなの?と思わなくはないのだ。だからといって私も本気で愛人を作るつもりはない。


「── ラ、デボラ?」

レニー様の声に我に返る。私は顔を上げた。


「はい。何でしょう?」


「今日の予定は?」


予定?私の?そんなこと結婚して初めて訊かれた。


「ハロルドと一緒に店の改装の進行度を確認に。その後は内装の話し合いを──」


「そ、そうか。実は僕もこの手では護衛に付けないから、王宮へは当分──」


「あら、お休みなんですのね。ならば領地の帳簿の確認をお願いします。それと、果樹園の再建に支援をしたいと思っていますので、その財源確保のご相談をさせていただければと思います。それと──」


「わ、わかった!……大人しく仕事するとしよう」


当たり前ではないか。近衛の仕事が休みなら当主の仕事をしてもらいたい。私や執事や家令が分担していることをやってもらわねばならない。


私は当たり前のことを言っただけなのに、レニー様は不服そうな顔をしている。解せない。


「何か私に用がありまして?」


「いや……まぁ、いいんだ。うん」


歯切れの悪いレニー様は、また食事に手を付け始めた。しかし、何とも食べにくそうだ。


私は立ち上がり、レニー様の隣に座る。


「デボラ?」

「卵と肉はもう少し小さく切り分けておきましょうか?パンも千切っておきますね」


私の行動にレニー様は目を白黒させるも、小さな声で「ありがとう」と私に礼を言った。


レニー様と私の関係は本当に微妙だ。最初は最悪。その後もなんやかんやと嫌な思いをさせられた。その後は……何となく会話も多くなって、こんな形も有りかな……と思ったり思わなかったり。


私はレニー様の食事の手伝いを終えると、さっさと立ち上がる。私の背中にレニー様の小さな声がかかる。


「夜、時間はあるかな?少し話をしよう」


レオのことを正直に話すと約束した。……しかしそうなるとあの社交クラブのことを話さなければならない。……あぁ、なんと説明すればアリシア様の不貞を隠して説明する事が出来るのだろう。私はそれを考えると憂鬱になった。



私は食事の後、ハロルドと共に改装中の店へと顔を出した。


「奥様、随分と仕上がりましたよ」

何度となく顔を合わせ打ち合わせをした、大工の棟梁に声を掛けられた。彼の顔は誇らしげだ。それも納得。私が幼稚な絵を描いて『こんな風にしたい』と無理難題をふっかけたが、彼はそれを見事に再現してくれていた。


「凄いわ!私が想像していたものより、数倍素敵!」

私の言葉に棟梁は顔をほころばせた。


「こりゃ、女性に人気が出そうな雰囲気ですね。奥様のセンスが光ってます」


大袈裟な程私を持ち上げるハロルドに苦笑する。


「そんなに褒めても何も出ないわよ」


「本気で言ってるんですよ。バザーのラッピングだって……小さなリボンに手書きのメッセージカード。まるでちょっとした贈り物みたいだったじゃないですか。お客様があれを見て皆笑顔で帰っていかれました」


「流行を作るのは女性だもの。まずは女性受けを狙わないとね。それに……うちで作った物を少しでも喜んでいただきたい。その一心だったのよ」


手が腱鞘炎になりかけたが、今となって振り返れば、あれは我ながら良いアイデアだと思った。準備している以上の売れ行きだったし。


ハロルドは改めて私に頭を下げる。


「奥様がブラシェール伯爵夫人になられて……本当に良かったです。領地も活気づいて来ました。あの領地に残ろうとする若者もチラホラ。全て奥様のお陰です」


そう言われて素直に嬉しかった。でもまだ道半ばどころがスタート地点にやっと辿り着いたぐらいだ。おじ様との約束まで後約半年……。焦る気持ちがないと言えば嘘になるが、手抜きは出来ない。


「まだまだこれからよ。領民の皆に還元出来る程ではないもの。……っと、さぁテーブルと椅子を見に行きましょう。雰囲気が合う物が見つかるといいんだけど」


「ちょっとしたカフェを併設とは……いいアイデアですね」


ハロルドはしきりに感心している。

そのまま私達はその足で店に置く調度品や、テーブルセットを見に行くことにした。



「あー疲れた」

私は自室の長椅子にドシンと腰掛けた。夕飯にはまだ時間がある。さて一休み……そう思っていた時だった。


「デボラ、ちょっといいかな?」

ノックと共にレニー様の声が聞こえる。


私はまたアリシア様の件をどうやって伝えるか……と憂鬱な気分を思い出した。


「はい、どうぞ」


私は覚悟を決めて扉を開ける。


「夕食まで時間があるし……少し話さないか?」


「……お入り下さい」


私は先ほどメイドが用意してくれたお茶をレニー様の分も淹れる。

なるべく明るく話せるよう心がけよう。うん……頑張ろう。


テーブルを挟んで私達は向かい合う。 


少しの間の沈黙の後、レニー様がおもむろに口を開いた。


「バザーの時にも言ったんだが── 」


「レ、レオの件ですよね!分かってます!彼女とは──」


人間、何かを誤魔化そうとすると早口になるようだ。




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