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第5話

──パシャッ。


あまりの出来事に、その場にいた全員が固まる。レニー様も突然のことに驚いて声も出ないようだ。


「いい加減にして下さい!ハルコン侯爵家の面子を潰すような真似をするわけがないではありませんか!私にも貴族としての矜持がございます。馬鹿にするのも大概にして下さいませ」


コトンと私は空になったグラスをテーブルの上に置く。

それを合図にしたかのように、その場にいた使用人達がワラワラと動き出した。ある者はナプキンを取りに、ある者は濡れた床を掃除する道具を取りに。一瞬、食堂には、睨み合った私とレニー様だけが取り残される。レニー様は前髪から水を滴らせながら一層低い声で言った。


「いいか?兄には近づくな。そんなに男が欲しいなら、愛人でも作ったらどうだ?子を作らなければ愛人を作ってもいい」


なんて事を言い出すのか。この男は私をそんな風に見ていたのだと思うと腹立たしかったが、もうぶっかける水もない。

私は、自分を落ち着ける為に、大きく息を吐くと、無言でレニー様の横を通り過ぎ食堂を出た。





辺境伯領へとレニー様が旅立つ朝、私は物凄く嫌々ながら、玄関ホールへと見送りに立った。

例の愛人発言で私の頭の血管は二、三本切れたのではないかと思うほどに、この男の顔を見ると頭痛がした。あれから二日経ったのに今だに痛い。ちなみに夫婦の寝室で休むのも止めた。期待していると思われるのは心外だ。ただでさえ男好きだと思われているのだし。


仏頂面の私の目の前にスッと封筒が差し出された。これまた仏頂面のレニー様からだ。


「何でしょうか?」

私はそれを受け取りながら尋ねた。


「兄さんからだ。茶会が中止になった件は自分が全て責任を負って片付けたから心配するな……と」


私がこっそりと詫び状を招待客へ送ったことがクラッド様の耳に届いたのかもしれない。


「左様でございますか」


「準備に時間を割いてくれたのに申し訳ないとも言っていた。詫び状のことも」


「分かりました」


二人の間に沈黙が流れる。私はチラリとレニー様の顔を見た。何か言いたそうにしているが、言葉を発することはない。……早く出ていけばいいのに。


「……遅れますよ?」

沈黙に耐えきれず、私が口を開く。


すると、聞き取れるか聞き取れないかの小さな声で、レニー様がボソッと「すまなかったな」

と言うと、私が聞き返す前に、玄関ホールを後にした。

……何に対しての『すまなかった』なのか、ちっとも分からない。私は小さく肩を竦め、書斎へと戻って行った。



さて、私は私の仕事でもしよう。ここ最近はずっとお茶会の準備に手を取られ、この家のことがおろそかになってしまっていた。



書斎に入り、家令と向き合って話をする。


「どう?使用人は足りてる?」


「はい。奥様の言う通りに配置換えいたしましたところ、とても上手くいっております」


「賃金について不満は?」


「特にはございません。皆、働きに見合った給金をいただいているとの認識でございます」


良かった。不平不満が出でいないようで。


「その代わり、福利厚生はしっかりしてね?休日は十分に。一日に働く時間も私が言った時間を守ってね……貴方もよ?」


私が家令にそう言えば、彼は大きく頷いた。


「執事と交代で働かせていただいておりますので、そこは大丈夫です」


二人ともまだそう歳をとっている訳では無い。だからといって無理はさせられない。


「ねぇ、ところで領地のことなんだけど……領地経営についてレニー様はどの程度理解してるのかしら?」


私の言葉に家令は少しだけ難しい顔をした。


「正直に言って……領地は管理人に任せきりです。一応、報告書等には目を通して確認していただいておりますが……どこまで理解していらっしゃるのか……」


「管理人はどう?」


「ハルコン侯爵領の管理人の元で修行した者を侯爵から紹介していただきました。若いですが法にも明るく、真面目な者です」


「そう……でもレニー様はブラシェール伯爵になってから一度も領地へ顔を出していないのよね?」


「それは……まぁ、そうですね」


私のことを領民に紹介するつもりもないようだ。近衛騎士として忙しいのは分かるが、伯爵となり領民を抱えた領主になったという意識が低いように思える。


「なら、私一人で領地へ行くことにします」


紹介してくれないのなら、自ら名乗り出るまでだ。


「旦那様が何と言うか……!」


「どうせ一週間程は留守なのだし、貴方は私を止めたと言えばいいわ。怒られるのは私一人で十分よ」


「わざわざ怒られるような事をなさらずとも……」


「別に必要ないことならしないわ。でも新たに領主になった者が一度も領地に顔を出さないなんて……領民からの信頼は得られないでしょう?」


今まではブラシェール伯爵領もハルコン侯爵家が管理していた。だが、今は違う。レニー様がれっきとした領主なのだ。


「……」

家令は黙りこんだ。どう答えればいいか悩んでいるようだ。


私はそんな彼に声を掛ける。


「私が勝手にしたことだと言いなさい。私は自分の行動の責任ぐらい、自分で持てます」


「……畏まりました……。では手配いたします。出立はいつ?」


ブラシェール伯爵領まではここから丸一日はかかる。今発てば、道中で一泊しても明日の夕方頃には到着するだろう。だが、向こうにも準備はあるはずだ。


「明後日の朝には出発したいわね。それで手配を頼めるかしら?」


私の言葉に家令は「畏まりました」と頭を下げて出て行った。



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