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第4話

すると急にクラッド様は昔話を始めた。


「ハルコン侯爵とアリシアの実家であるコニール子爵とは遠縁でね。領地が近いこともあって何かと交流があったんだ」


私は今から何の話が始まるのか分からず困惑していた。クラッド様の話は続く。


「アリシアの母親は彼女が赤ん坊の頃に亡くなっててね。コニール子爵はその後再婚したんだが、その再婚相手とアリシアは上手く馴染めなかった。母が亡くなって直ぐに再婚した父親への反発もあったようだ。新しい母親との仲が深まる前に跡取りである腹違いの弟ができたことも影響したのか……二人の仲が最悪になった。アリシアは食事もせず引きこもるようになり……それを見かねた僕の父親である前侯爵がアリシアを引き取ったんだ」


「そうでしたの……」


アリシア様にも辛い過去があるようだ。


「そして僕達はこの屋敷で一緒に暮らし始めた。僕が十歳、アリシアとレニーは八歳だったな」


「だから皆様仲良しなのですね」


私がにっこりと笑うと、クラッド様は少しはにかんで言った。


「アリシアはとても可愛くて……最初は妹のように思っていたが、いつしかそれは恋という名の感情に変化した。彼女にプロポーズしたのは十二歳の頃さ。最初は断られたけどね」


穏やかなクラッド様の恋バナに私つられて笑顔になった。


「まぁ!ではクラッド様は諦めずに初恋を実らせたのですね」


「そうだね。だが彼女はきっと……レニーの方が好きだったんじゃないかな?ほら……僕はこの通りかっこよくないから」


クラッド様は少しふくよかだが、顔はとても整っている。優しげに垂れた目元に笑うと出来る笑窪。レニー様も整った顔をしていることは認めるが少し冷たい印象だ。兄弟であるからよく見ると顔は似ているようなのだが、受ける印象は正反対だ。


「そんなこと……お二人はよく似ていらっしゃいますわ」


別に嘘を言ったつもりはなかった。


「うーん……痩せたら少しはレニーみたいにかっこよくなるかな?」


「そんな必要は……」

レニー様は騎士だ。体躯がいいのは職業柄。普通の貴族なんて、でっぷりとしたお腹を持て余している者も多い。それに比べればクラッド様は中肉中背と言ってもギリギリ大丈夫な程だ。


「デボラは優しいね。アリシアはいつも僕に『痩せろ、痩せろ』ってうるさくて。でも付き合いの食事会も多くてね、難しいんだよ」


「きっとお身体を心配していらっしゃるのですわ。クラッド様にずっと健康でいて欲しいと思ってのことでしょう」


私達はお互い笑い合った。穏やかな会話が続く。レニー様の時とは大違いだ。しかし、そんな空気が一変する。


「ちょっと!!二人でコソコソ何を話していたの?!」


けたたましい程の大声でアリシア様がサロンへと入って来た。


「アリシア、昼寝したんじゃなかったのかい?」

クラッド様はのんびりとアリシア様に尋ねた。


「そんなことより!何故二人でいるの?まるで密会でもしていたみたいじゃない!怪しいわ!」


密会って……。ここにはメイドも居るし、サロンの扉だって開けてあった。やましいことは一つもない。


「アリシア、いい加減にしないか。どこをどう見ても密会なんかじゃないだろう?君の方こそお茶会の全てをデボラに任せきりで……。申し訳ないから、少しでも僕が手伝おうと……」


クラッド様がアリシア様を宥める様に優しくそう言いながら彼女に近寄る。


「近づかないで!穢らわしい!その女が用意したお茶会なんて、止めよ、止め!中止にするわ!」

そう言ってアリシア様はサロンを飛び出して行った。


私もクラッド様もその様子をポカンとして見送るしかなかった。


「すまないね。アリシアは少し癇癪持ちなんだ。いつまでも子どものようで困るよ」


クラッド様は申し訳なさそうに眉を下げた。


「いえ。私は気にしておりませんわ。でも今日は帰った方がよろしいですわよね?」


私は広げていたお茶会のテーブルの配置図を畳んだ。


「そうだね。アリシアにはちゃんと言って聞かせるから」

そう言ったクラッド様の表情は、先ほどの恋バナと時とは打って変わって、暗く沈んでいるように見えた。



── その日の夜。


夕食を食べる為、私は食堂へと足を運ぶ。そこにレニー様の姿はなかった。

尋ねたわけでもなかったのだが、給仕が私に言った。


「旦那様は帰りが少し遅れるとのことでした」


「そう。……待っていなくてもいいわよね?私は先にいただくとするわ」


「畏まりました」


給仕はそう頭を下げると、早速私の夕食の配膳に取りかかった。


食事もほぼ終わり、後はお楽しみの食後のデザートでも……と思っていた頃、大きな足音を立てたレニー様が入って来た。


「おい!」


ツカツカと大股で私に近寄ると、レニー様が私の左手を掴んだ。


「痛っ!」

思いの外強く掴まれた手首が痛い。私のその声にレニー様はハッとなって手を離した。


「あっ……す、すまない。だがしかし!君という女はっ……!兄に色目を使うなど、恥ずかしいと思わないのかっ!」


「はい?何のお話でしょう?」


クラッド様に色目?全くもって身に覚えがない。


「今日、侯爵家に行ったんだってな?」

レニー様の低い声が一層低くなっている。


「お茶会の準備に。レニー様が私に命令なさったことです」

私は少し赤くなった手首を擦る。馬鹿力が。


「では何故兄さんと二人でサロンに居た?」


「サロンで作業をしている私を手伝えないかと、わざわざ申し出て下さったのです。クラッド様の優しさですわ」


貴方にはない優しさよね?そう言いたくなるのをグッと我慢する。


「アリシアを除け者にしてか?」


はぁ……この話の出どころが理解できた。アリシア様か。


「除け者だなんて……アリシア様はお昼寝中だとお聞きしましたので声を掛けませんでした。わざわざ起こしてお手伝いしていただく程の作業もありませんでしたし」


「二人が仲良さそうに肩を寄せ合い、見つめ合っていたとアリシアから聞いた。彼女は泣いていたんだぞ?」


「テーブルを挟んで向かい合っておりましたが、その状態でどうやって肩を寄せ合えと?それにお話をする時は相手の目を見てお話するのが礼儀ではありませんの?」


何なのこの男?自分はクラッド様が居ない隙にアリシア様と二人で必ず夕食を共にしていたのでしょう?自分は良くて他人はダメってこと?

自分のことをすっかり棚に上げて私を責める夫にイライラするが、それを口にしたらまるで私が二人に嫉妬しているかのように聞こえるかもしれない。それは全くもって不本意だ。


「ではアリシアの見間違いとでも言うのか?」


「寝ぼけていらっしゃったのではありませんか?疑うのならサロンに居たメイドにでもお訊き下さい」


もうここでこの男の馬鹿馬鹿しい話をこれ以上聞いていたくない。デザートは部屋で食べることにしよう。

私は膝の上のナプキンを外す。さて、立ち上がるか……そう思った時。


「もう二度と侯爵家には行くな!」


── バンッ!と勢いよくレニー様がテーブルを叩いた。私は思わずびっくりして動きを止める。


「別に私はそれでも構いませんが……お茶会はどうなさるのですか?」


「茶会は中止だそうだ」


「そんな!こんな直前になって中止など、招待客の皆さまにご迷惑です!」


信じられない。後三日で当日を迎えるのいうのに。私はあまりのことに語気を強めた。


「大した人数は集まっていなかったらしいじゃないか。君……もしかして手を抜いて招待状をほんの少ししか送らなかったのでは……」


私はその言葉に頭に血がのぼって、思わずグラスに入っていた水をレニー様の顔めがけてかけた。

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