第39話 Sideレニー
〈レニー視点〉
僕は息を呑んだ。
(う、美しい……)
思わず手で口を塞ぐ。……声、漏れてないよな?
「レニー様、どうかされまして?」
彼女の声に我に返る。
「い、いや別に。ゴホン!さぁ行こうか」
僕が扉の方へと足を向けると、側にいた侍女に「旦那様、腕を!」と小声で言われた。
エスコート!すっかり忘れてた!
僕は再度デボラの方に向き直ると腕を彼女に差し出した。
彼女はニッコリと笑うと、そっと僕の腕を取る。彼女の手袋に包まれた細い指が、僕の腕に添えられると、そこから熱を持ったように腕が熱くなった。
馬車に乗り込むと、涼やかな香りが鼻孔をくすぐる。
「香水をつけているのか?」
「あ……苦手でしたか?前にマドリー夫人を香水臭いと」
僕はあの女の臭いを思い出して顔を顰めた。
「あの女の臭いは苦手だが……これは良い香りだ」
「フフフッ。確かにマドリー夫人は少し香りが強い香水をお好みのようですね」
「おや?夫人と最近?」
何故か一瞬デボラの視線が泳いだ……気がした。
「あ、この前お話した社交クラブで……」
「あぁ!そう言えば!マドリー夫人の社交クラブに招待されたんだったな。だが……珍しいな。ご婦人方だけのクラブとは」
確かアリシアがデボラを招待したと聞いていた。茶会を欠席した詫びと言っていたが……アリシアが社交クラブに通っていることにも驚いた。
「えっ……ええ。確かに珍しいですわよね」
デボラの様子がどことなくおかしい。
「で、どうだったんだ?そのクラブは。そう言えば何も聞いていなかった」
「あまり私が仲良くしている方はいらっしゃらなくて。時間を持て余してしまいました」
「社交的な君が珍しいな」
「そ、そうですか?アハ、アハハ。私でもそんな時が御座いますわ」
そう言ってデボラは扇で口元を隠した。
「ふむ……。まぁ、気の合う、合わないはあるだろうから」
「そうですわね。レニー様、もし匂いがキツイと感じるなら、窓を開けましょうか?」
「い、いや、いい。……もっと嗅いでいたいぐらいだ」
その言葉にデボラは変なものを見るような目で僕を見た。
王宮まではもう少しだ。馬車に揺られながら窓の外を見るデボラに視線を移す。
緑色のドレスが彼女の綺麗なブロンドに映える。細かい金の刺繍も美しい。……だが。
これはちょっと露出が多すぎないか?この……何だ、何て言うんだ?首の後ろで紐を結んだようなデザインは。ショールを羽織っているが、肩が丸出しじゃないか!
「レニー様?王宮のあの建物は何ですの?」
窓の外を見ていた彼女が一層窓に近づいて指をさす。その拍子に彼女のショールがズレて白い背中が見えた。
何だこれは!まるで裸じゃないか!
「レニー様?」
何も言わない僕に不思議そうな表情を示すデボラ。僕は彼女の背中から慌てて視線を反らした。
王宮に着いて、馬車を降りる。
次こそはスマートにエスコートするべく、先に降りた僕はサッとデボラに向かって手を差し出した。
デボラがその手を取る。
何で今日、僕はずっとドキドキしているのだろう……ダンスが苦手過ぎて緊張してるんだろうか?
「レニー様?」
「あ……あぁ、ごめん」
デボラに声をかけられて、我に返る。僕は慌てて腕を差し出して、二人会場の入り口に向かった。
「レニー様、やはりお疲れなのではないですか?」
心配そうにデボラが尋ねる。彼女の細い眉根がキュッと皺を寄せた。
「い、いや大丈夫だ」
「でも……今日は何だか変ですよ?」
それは自分でも感じている。いや……今日だけじゃない。辺境に行っている時にも何度か部下にそう言われたのを覚えている。
「そうか?ハハッ、ハハハハ」
誤魔化すように笑ってみたが、デボラはますます不審そうな顔をした。
「殿下にご挨拶して、一曲踊ったら帰りましょうか?」
あぁ……デボラが僕の心配をしてくれている……何だか嬉しい。
「いや……せっかくの夜会だし……。近衛になってからというもの、いつも護衛任務だったから……よく考えると成人した時に参加したっきりだな」
「まぁ!じゃあ随分と久しぶりですね」
「デボラは?」
「そうですね……婚約者がいた頃に参加したきりですので、私も一年以上出席しておりませんでしたわ」
デボラが少しだけ寂しそうに微笑む。僕の胸がチクチクと痛みだし、無意識にデボラのドレスと同じ色のタイの辺りをギュッと掴んでしまった。
そうこうしている間に、入り口に到着した。
少し並んでいると、名を呼ばれ会場に入場する。
煌びやかなホールには色とりどりのドレスに身を包んだご婦人方と、エスコートする男性が既に多く入場していた。
僕の胸はまだチクチクと痛んだままだ。やはり疲れが出ているのだろうか。
「会場も凄く豪華ですね。皆様も華やかでとても綺麗」
隣を歩くデボラが「ホウッ」とため息混じりに言った。
「君が一番綺麗だろ」
その言葉は無意識たった。気付いた時には既に口から溢れた後だ。
「アッ……ゴホン!あーあーなんだか埃っぽいな」
今更、咳払いをして誤魔化してももう遅い。さっきの言葉は彼女に届いていたようだ。
僕の隣で目を丸くして僕を見る彼女の顔をまともに見ることが出来なかった。




