第38話
朝から侍女達が張り切っている。
「奥様、髪飾りはどちらにしましょう」
「そうね……えっと、どっちでも」
「奥様、イヤリングとネックレスなんですが……」
「あ、あの……任せるわ」
ここに嫁いで初めての夜会。侍女達の勢いに負けて、私は一人アワアワしていた。
「今日のドレスは奥様の美しさを引き立ててくれてますわ!」
「そ、そう?ありが── 」
「奥様、扇はこちらをご用意いたしましたので」
「あぁ、素敵ねありが──」
「奥様、やはり髪は全て上げてしまいましょう。その方がこのドレスに映えますわ!」
「そ、そうね。じゃあ、そうしてくれる?ありが──」
「奥様、こちら──」「奥様、あれは──」「奥様、この──」
一生分の『奥様』を聞いた気がする。しかもお礼もまともに言わせて貰えない。
コルセットをギュウギュウに締められて、胃が口から飛び出そうになりながらも、私はドレスに着替えた。自分の瞳の色と同じ緑色のホルターネックのドレス。
「この脇ぐり……空きすぎじゃない?横から見ると胸が……」
「奥様は人より少しお胸が大きい……ゴホンゴホン……ので。でも夜会は皆様露出も多いですし、これぐらい問題ありません」
「そう……?皆がそう言うなら……」
会場まではショールで隠すし……夜会なんだからこれぐらい攻めてもいいのかもしれない。
「レニー様は?」
私は髪を纏められながら、鏡越しに侍女に尋ねた。
「昨晩は『食べ過ぎた、苦しい』と言いながら休んでましたが……遅かったので、朝はあえて起こしませんでした」
「パンを全部食べるから……」
私が眉を顰めると、侍女は、
「嬉しかったんじゃないんですかねー、奥様がパンを焼いて下さったのが」
とニヤニヤしていた。
「まぁ……男性は女性程支度に時間がかからないけど……」
私はそう言って時計をチラリと見た。流石にそろそろ起きてもらわなければ困る。
「そろそろ起こして、支度させてちょうだい。無精髭も剃らせてね」
疲れているところ申し訳ないが、断れない夜会らしいので仕方ない。
「奥様、綺麗ですわ~」
侍女達はキャッキャ、キャッキャと喜んでいる。侍女というのは、主を着飾らせたいものらしい。
私の支度が終わったとほぼ同時に部屋がノックされた。
「奥様、そろそろ王宮に向かう時間でございます」
廊下から執事の声がかかる。
「では、奥様。いってらっしゃいませ」
私はショールを肩からかけ、玄関ホールに向かった。
そこには既にレニー様が待っていた。黒のタキシードに深い緑色のタイをしていた。
「お待たせいたしました」
私の言葉にレニー様は振り返る。
……そしてそのまま固まった。




