第35話
「意外でしたか?」
私は微笑んだ。
「ええ。守ってあげたくなるような女性が好みかと」
夫人も微笑む。悪かったわね、か弱そうじゃなくて。
「守ってもらうばかりでは退屈してしまいますもの」
「あら……勇ましい」
夫人がクスクス笑うと周りに侍った男性達もつられるように笑った。
「勇ましい……素敵な言葉ですわ。私はレニー様が安心してお仕事が出来るよう、伯爵家とその領地、そしてそこに住む領民達を守ることが出来る人間でありたいと思っております。……褒め言葉として受け取っておきますわ」
私の言葉に夫人は少し気分を害したような顔をした。
「可愛げのない女は男性に好かれませんのよ?」
「では……私より可愛げのある皆様が何故、ここでの癒しを求めているのでしょうね?」
私はまたニッコリと微笑んだ。私と夫人の間に火花が散る。
「レニー様もお可哀想。政略結婚とはいえ貴女なんかと結婚させられるなんて……」
「なるほど……政略結婚とはいえ確かに可哀想かもしれませんね。あぁ!ならば一度レニー様に尋ねてみては?次の夜会なんて絶好の機会かもしれませんわ」
私の言葉に夫人の顔色が変わる。ここまでの話から、何となく感じているのだが……夫人はレニー様を気に入っているのでは?
そうじゃなければ、私のことがとにかく嫌いなのか……だ。
夫人がレニー様に直接尋ねる勇気があるなら、やってみたらいい。流石のレニー様も外で『アリシアが好きだから、デボラと結婚して不幸だ』とは言わないだろう……と思いたい。
「そんなこと……直接尋ねる馬鹿がいまして?」
「きっと私が尋ねてもレニー様は本音でお話ししてくれないでしょうし……困りましたね、これでは本当のところは分かりませんわ」
「き、訊かなくても……上手くいっているのでしょう?」
そう言って夫人はプイッと横を向いた。目をそらした方が負けだと思う。
「ええ、もちろん。ですので私にはこの場所は必要ないようですわ。せっかくのご招待を無駄にするのは心苦しいのですが、そろそろ失礼させていただきます。今日は本当にありがとうございました。ためになるお話、楽しかったです」
私は頃合いだと思い席を立つ。黙って私達の会話を聞いていた男性陣も戸惑っているようだった。
私は夫人に背を向け、扉に向かう。
私の背後から「アリシアには気をつけた方がいいわ」という夫人の声が聞こえた気がした。
扉から出て、ホッと息をつく。公爵夫人相手に不味かったかしら……そう思うが、別に失礼なことを言ったつもりはない。
今日は別に三時間ここにいなければならないこともないだろう。もう帰ろう。
そう思った私に声がかかる。
「デボ……デビィ様!」
私が声の方に振り向くと、そこにはお盆を手に小走りで私に向かってくるレオの姿があった。
「レオ!」
小走りで駆け寄るレオは今まで見たことのない程の笑顔だった。しかも心からの。
「この前はありがとうございました」
私の側にやってきたレオは少し声を小さくして、私に頭を下げた。
「いいえ。妹さんは元気になった?」
レオは私のその言葉を聞きながら、自然と私の手を取り席へと案内する。帰ろうと思っていた私だが、手を振りほどくわけにもいかず、レオに従って席に着いた。
「貴女のお陰でシルビアはすっかり元気になりました」
「それは良かったわ。薬が効いたのね」
「あと、クッキーも喜んでいて。全部食べちゃうの勿体ないって言ってました……本当にありがとうございます」
隣に腰掛けたレオはそのまま、もう一度大きく頭を下げた。
「ところで……あの叔父さんって方は?」
「あの時、まとまった金を持って行きましたから、当分は来ないと思うんですけど」
レオはそう言って顔を少し顰めた。
「妹さんだけの家に来たりしない?」
「夜は大体飲み歩いてるから大丈夫だと思うんですけど。シルビアには戸締まりだけはきちんとするように言い聞かせてます」
そう言いながらも、レオは心配そうに口をギュッと閉じた。
「……心配なのね」
「まぁ……少し」
本当なら、叔父さんが知らない場所に越して、二度と関わらない方が良いのだろうけど……。助けたい気持ちはある。お金を渡せば解決するのだろうけど、きっとレオはそれを望まない。
「昼間は……」
「シルビアは昼、教会で勉強させてもらってます。俺には学がなくて大した仕事出来ないから、シルビアにはせめて字の読み書きとか計算とか……最低限の知識を身につけて欲しくて。俺は昼間、商会で荷物運びを」
「昼も働いているの?」
「じゃなきゃ、生活出来なくて」
「そう……」
二人の間に重苦しい沈黙が訪れた。レオはそれを振り払うように声を上げた。
「あ!何か飲みますか?すみません気が利かなくて」
「いえ……っ!今日はもう帰ろうと思っていて」
私は小さく手を振って、腰を上げる。
「そう……ですか。じゃあ、扉まで送ります」
レオも私と同じように腰を上げた。
私達はそのまま扉に向かう。……その様子をジッと見つめている人物がいる事を、私はその時は全く気付いていなかった。




