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愛人を作ってもいいと言ったその口で夫は私に愛を乞う  作者: 初瀬 叶


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第31話

医者は御者に送らせた。


今、私とレオは向かい合って座っている。


「どうぞ」と目の前に置かれたお茶はほんの少しだけ色のついたお湯のようなお茶だった。

ぐるりと見渡した家の中は殺風景で、子どものいる家とは思えない。


「お金はいつか、返します」


膝の上にギュッときつく結ばれた拳は少し震えていた。


「出しゃばった真似をしてごめんなさい。でも、病気の人を目の前にして放っておくことは出来なかった。これは私が勝手にしたことよ。お金は返さなくていい。……あ、これ」


私はハンカチの存在を思い出した。レオに借りたハンカチと、新しく私が刺繍した薄い水色とピンク色のハンカチ。それにうちで作ったジャムを使ったクッキーを綺麗に包装した物をテーブルに私は置いた。


「これは?」


「ハンカチ……借りていたでしょう?それと、こっちはお礼。クッキーが入ってるんだけど、熱が高いなら妹さんにはまだ無理かしら」


「クッキー……喜びます」


「女の子は甘い物が好きだもの。そんなに日持ちはしないけど、食べられそうだったら……」


私がそこまで言うと、レオは申し訳なさそうに頭を下げた。


「医者の金まで出してもらったのに……こんな物まで……本当にありがとうございます」


私は急にバツが悪くなった。貴族が平民に施しを与えてるように感じるかしら?それは酷く傲慢なものに思えた。


「頭を上げて?これでも出しゃばり過ぎたって反省してるの」


レオはパッと顔を上げた。


「でも、お陰で助かりました!貴女はシルビアの命の恩人── 」


「大袈裟よ。でも、偶々ここに来て良かったわ」


私の言葉にレオは改めて尋ねた。


「あの……何故ここに?」


「ハンカチを返そうとクラブに行ったの。そしたら妹さんが病気で休んでるって聞いて」


「それだけで、わざわざここまで?」


レオが驚いているのも分かる。たった一晩……いや二時間半程一緒に過ごしただけの相手だ。しかもお喋りだけ。でも私自身、その理由について理解していた。


「あなたね、私の親友によく似てるの。だから何だと言われればそれまでだけど、何だか放っておけなくて」


これはいつも私がブルーノに言われていた言葉。『デボラは少し向こう見ずなところがあるから、何だか放っておけなくて』と。


「……大切な方でしたか?」


レオはまるでブルーノがこの世に居ないことを既に知っているような口ぶりだった。


「ええ、とても。二人で夢を語り合うのが好きだった。彼と過ごした時間は私の宝物なの」


「彼……?」


「あぁ、ごめんなさい。あなたとその人を重ねているわけではないのだけれど……亡くなった人を思い起こすのは気分が悪いわよね」


「そんなこと……」


そう言ってレオは首を緩く振った。


「ねぇ、さっきの男性……ほらあなたに暴力を振るった。あの人は誰なの?」


「叔父さんです。父親の弟で……両親を亡くした後、俺が成人するまで面倒をみてくれる……はずだった。怪我をするまでは腕のいい大工だったんだけど、俺が十五歳の時、屋根から落ちて怪我を。それからは酒浸りになって、暴力を振るうようになったから、俺はシルビアを連れて叔父さんの家を出た」


私はすれ違った際に嗅いだ、酒の臭いを思い出して顔を顰めた。


「では十五歳で妹さんと?」


私の問いに、レオは小さく頷いた。



「でも、どうしてその叔父さんがあなたからお金を?」


「家を出て行った後……今まで世話をしてやった恩を返せって。お前たちを食わせる為に金がかかったんだから、返すのは当然だろうって」


「そんな……っ!」


「叔父さんも仕事出来なくなって……仕方ないんですよ。でも俺も学がないし、その時はまだ子どもだったから碌な仕事に就けなくて。成人してから、何とか仕事に就いても、叔父さんからの金の無心は酷くなっていって」


「それであそこで働くことになったの?」


「あそこ給料良くて。妹ももう十歳になったし、一人で留守番出来るって言うから……」


レオはそう言いながらも妹を心配している気配を漂わせていた。夜、家を空けるのは不安だろう。


「なら……うちの屋敷で働── 」


思わず言った一言を、レオは少し強い口調で遮った。


「止めてください。同情されたくありません」


あぁ……余計な一言だったと後悔する。調子に乗りすぎた。


「ごめんなさい。そんなつもりじゃ──」


「いえ……俺の方こそすみません。でも、もうこれ以上は世話になりたくありませんので」


レオの心が閉ざされた音がした。


「──そうね。ごめんなさい。もう帰るわ。妹さん、早く良くなると良いわね」


そう言って立ち上がった私に、レオは慌ててまた謝った。


「こんなにお世話になっておきながら、生意気なことを言ってしまって、すみません。お金は返さなくて良いって言っていただいたので、いつの日か何かお礼を──」


「……なら、またクラブに顔を出した時には私のお話相手になってもらえるかしら?」


もう二度とあそこへは足を踏み入れる気持ちは無かった。でも、今の私にはあのクラブしかレオとの接点はない。この言葉ぐらいしか、彼の肩の荷を降ろす手段が見つからなかった。

手を差し伸べることは容易い。でも、それをレオは望まないだろう。


「もちろんです。俺で良ければ」


レオは少しぎこちない笑顔を見せた。私はもう何も言わず、ここから立ち去るべきだと考える。


「じゃあ、元気で。頑張ってね」


もう会えないかもしれない。そう思いながら言葉をかけた私にレオは意外な返答をした。


「待ってます。あのクラブで」

と。





馬車に着いた時にはすでに日が傾きかけていた。


「さっきはありがとう」


御者に声をかけて、私は馬車に乗り込もうとするも、御者は心配そうに私に言った。


「あの……先ほどの若者は……?」


クラブの事は秘密。私が言葉を探していると、御者は何かを察したように頷いた。


「……旦那様には内緒にしておきます」


「違うわ。別にそんな言えないような関係じゃ── 」


そんな私の言葉に被せるように御者は馬車の扉に手をかけながら言う。


「私にも旦那様の態度に思う所があります。いいんです、いいんです。さぁ、帰りましょう」


御者が私に手を差し出す。馬車に乗れと言っているのだろうが、誤解されては困る。


「違うの!違うのよ!」


あぁ、あのクラブのことをどこまで口にして良いのだろう。本当のことを言えないことがもどかしい。


「分かっておりますとも!さぁ、さぁ!」


御者の勢いに押され、私は馬車に乗り込んでため息をついた。


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