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第19話 Sideレニー


〈レニー視点〉



「レニー、これ……断って貰えるかしら?」


夕食はハルコン侯爵邸に来てくれと言われ、僕は久しぶりにアリシアと食卓を囲んでいた。


そう言えば……アリシアと会うのは約二週間ぶりだと気づく。

今日は兄さんが仕事で遅くなるらしい。二カ月後に控えた王太子殿下の婚約式の準備で忙しいのだろう。僕も昨晩は王宮に寝泊まりした程だ。



テーブルの上にアリシアがそっと乗せたのは……デボラが用意したお茶会の招待状だった。

領地から帰って十日程が経っていたが、デボラはお茶会の準備でとにかく忙しそうだった。朝食は部屋でとると言って食堂に顔を出さないし、もちろん朝の見送りも出迎えもなし。……まぁ、これは僕が結婚当初に朝も夕もこの屋敷で食事をしていたせいなのだ。朝も夕もデボラと顔を合わせない選択をしたのは僕が先だった。



「それは……うちの茶会の招待状だろう?何故断るんだ?前は除け者にされたと悲しんでいたじゃないか」


「レニー……私が悪かったわ。クラッドにも言われたの。伯爵家のお茶会に侯爵夫人が招待されないのは普通のことだよって。確かにそうよね。侯爵と伯爵では立場が違うんだもの」


「いや、確かにそうだが……今回はカムデン侯爵夫人も招待してるらしい。アリシアが出席しても問題ないとデボラが……」


「カムデン侯爵夫人?……あの方……私、少し苦手なの」


カムデン侯爵は陛下からの信頼も厚く、夫人に至っては、確か妃陛下と学友だったと聞いたことがある。僕自身も彼らに良い印象しかないし、デボラからもあまり身分に拘らないとても気さくな性質だと聞いていたのだが……。


「苦手?とても良いご夫人だとデボラも言っていたが」


「あの方……私の悪口を陰で……」


そう言ったアリシアは俯き肩を震わせた。


「カムデン夫人がか?まさか……」


デボラから聞いた夫人の印象との違和感に戸惑う。


「まさかって……!レニーは私のことを信じてくれないの?」


アリシアの頬に一筋の涙が溢れた。


「そんなことはない!だがデボラの話では……」


「さっきから『デボラ、デボラ』って!私の話より数カ月しか一緒に居ないデボラさんを信じるの?」


アリシアは水色の瞳からポロポロと涙を流し始めた。


「そ、そんなことはないよ!だけどカムデン侯爵夫人は……」


「もういいわ……。レニーも私のことを信じてくれないのね。せっかく久しぶりに二人で食事が出来たのに。私、気分が優れないから部屋へ戻るわ」


アリシアは静かに椅子から立ち上がると、泣きながら僕の横を通り過ぎようとした。僕は咄嗟にその腕を掴む。


「僕はアリシアを信じてるよ。分かった、これは僕からデボラに伝えておくよ」  


「レニー……。ありがとう」


アリシアはそのまま僕の腕に吸い込まれるように抱きついた。アリシアの涙で僕のシャツが濡れる。

細く小さな肩が揺れている。僕はその肩にそっと手を置いた。






「アリシアは欠席だそうだ」


翌朝、朝食後にデボラの部屋を訪れた僕は、アリシアがお茶会を欠席する旨を伝えた。


「そうですか」


デボラはあっさりとそう言うと、テーブルの上の図面とにらめっこをしながら、紅茶を一口飲んだ。


「それだけか?」

肩透かしをくらったような僕は、無意識にそう口に出していた。


「はい?それだけって……それだけですよ?他に何かあります?」


「いや……。前回のことがあって君がアリシアに気を使ってくれたことは分かっていたから……」


正直、自分の方がアリシアの欠席に対してモヤモヤしていたのだ。前回、あんなに泣いて除け者にされた、デボラに嫌われているのだとアリシアは僕に訴えた。それなのに、いざ招待されたら欠席するとは……。しかも苦手な人がいるなんて、ちょっと子どもっぽくないか?と僕は内心思っていた。


「お茶会を欠席することは別に珍しいことじゃありません。予定がある、体調が悪い、敵対している家門の招待客がいる……あ、これは主催者側にも責任があることですけど。まぁ、その他諸々、色んな事情があることです」


「確かにそうだが……一生懸命に準備をしているのに……」


デボラが朝に夕にとお茶会の支度に走り回っているのは知っていた。だからなのか……何となく解せないでいる。


「フフフッ。お茶会を楽しんでいただく為に努力するのは主催者側の義務です。別に首に縄をつけて引っ張ってくることは出来ませんが、次も招待して欲しい……そう思って貰えれば、自然と人はそこに集まります」


デボラはそう言うと、また紅茶を一口飲んだ。


「僕は君と結婚してから知ることが多いよ」


ポツリと僕は呟いた。

侯爵家の次男。何不自由なく育ち、何も考えずに騎士になった。領地経営についての知識もなく、社交にも疎い。今思えば、よく結婚できたものだ。


僕の呟きにデボラは少しだけ呆れた表情を見せる。今までの僕ならそんな彼女に苛ついていただろうが、今は何故かそんな自分が恥ずかしく思えた。


「フォローするのが私の役目と言ったではないですか。それにお茶会はご夫人やご令嬢の社交の場。夜会できちんとしていただければ問題ないですわ」


夜会と言われ、僕はハッとする。


「あぁ……そう言えば。二カ月後の王太子殿下の婚約式の後、王宮で夜会が開かれるのは知っているな?」


「ええ。一応嫁いで直ぐに夜会用のドレスは準備しておりますが、レニー様は護衛のお仕事で欠席と聞いております。私一人の参加で構わない……そう執事に確認をしてもらいましたが?」


「それが……新婚なので当日婚約式の護衛を済ませた後は夜会に参加するようにと言われた」


団長から『結婚の挨拶がてら夜会に出席しろ』と半ば命令のように言われてしまった。夜会……これこそ苦手だ。


「あら……左様ですか」


デボラは別にそれを聞いても何も思わないのか、そう答えると、また図面に視線を落とした。


「……ダンスが苦手なんだ」


僕は思い切って本音を話す。今までは護衛があるからと高を括って、全く準備してこなかったことが仇になってしまった。


デボラはまたその細い眉根を寄せ、僕をチラッと見る。また呆れられるか……それとも嫌味の一つでも言われるのだろうと覚悟していると、彼女は少しだけ口角を上げた。


「それでは練習いたしましょう。古典的な一曲だけ踊ることが出来れば、それで十分です」


「……怒らないのか?」


「怒ったからと言ってレニー様のダンスの腕が上達するわけではありません。それならば練習した方が建設的です」


彼女らしい言い方だが、僕は妙に納得してしまった。


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