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第16話

結局、仏頂面のレニー様と共に、私は領地へと旅立った。


広い馬車のお陰で斜め向かい側に座るレニー様とは目を合わせずに済む。まぁ、レニー様は目を閉じているので、その心配は端からなさそうだ。

静かな馬車の中、私は頬杖をつきながら馬車の窓から外を見ていた。


随分とそうしていただろうか。外を眺めていることにも飽きてきた。本でも読むか……私はそう考えて、座面に置いていた小さな鞄に手を伸ばす。


すると──。


「何を考えているんだ?」


寝ていたとばかり思っていたレニー様から話しかけられた。腕と足を組んだ姿勢はそのままで、今はしっかりと私の顔を見ている。


「……本でも読もうかと思いまして」


「違う。今の話じゃない。領地からレイノルズ伯爵より大量の砂糖が届いたと連絡があった」


バレても仕方ない、別に口止めをしていたわけでもないのだから。

驚いたハロルドが早馬で知らせを寄越したとしても責めることなど出来ない。いや……もしかしたらシェルダーかもしれない。私がそんなことを考えていると、イライラしたようなレニー様の声が飛ぶ。

 

「おい!黙ってないで何とか言ったらどうなんだ?貴族とはいえ砂糖は高級品だぞ?それを僕に無断で大量に買い込むとは── 」


別にさほど答えを待たせたわけでもないのに、短気な男だ。


「ジャムです」


私は端的に答える。


「ジャム?それだけではなんのことだか……」


「ブラシェール領の帳簿をご覧になったことがありますか?」


私の問いにレニー様は心外だとでも言わんばかりに眉を顰めた。


「当たり前だ。管理人からの報告書、並びに送られた帳簿には目を通している」


「それを見てどう思いましたか?」


「どうって……別に」


私は内心溜め息をついた。まぁ、収支報告でおかしなところがないか確認しているだけだろうとは思っていたが。


「ブラシェール伯爵領は今のところ可もなく不可もなくといったところです。面積と領民の数の割には税収は多くありません。……といって困るほど少なくもない。王家への納税にも困りはしません。……が、それは現時点でのお話。ブラシェール領はこのままでは先細り。しかも自然災害でも起こった日には、直ぐに火の車です」


「た、確かに蓄えはあまりないと感じていたが……。僕の給料も悪くないし、こんなものかと」


あら?貯蓄についてはちゃんと目を通していたのね。感心、感心。


「騎士の仕事は命がけ。レニー様のお給料をあてにするのは、些か不安です。では、何故ブラシェール領が今後窮地に陥ることが予想されるのだと思いますか?」


レニー様は顎に手を当て少し考えると、また私を見た。


「ブラシェール伯爵領には目立った特産物がない。……それか?」


答え合わせを待つ生徒のように私を上目遣いで見るレニー様に私は思わず拍手したくなった。彼は私が思うよりも領地について無知ではないらしい。……といってもここで私が拍手して褒めたりすれば彼は『馬鹿にするな!』と怒るだろうが。


「その通り。しかしそれだけではありません。これは先日私が領地を見て回った際に感じたことですが、若者や子どもの数が少ないのです」


「そうなのか……?」


「報告書には領民の数は書かれていても、その内訳は書いていませんでしたので、わかりようがありません。このままでは領民の高齢化により、税収の減少が予想されます」


「……知らなかったよ。もっと早く領地へと赴くべきだったな」


あらら……これまた意外なことにレニー様は今までのことを反省しているようだ。もっと傍若無人な男だと思っていた。……私に対して失礼なだけか……と納得する。


「少し遅くなりましたが、遅すぎるといったことはありませんもの。レニー様が領地に行けばきっと皆様喜びます。レニー様が領主なのですから」


そう言って私が微笑めば、レニー様はほんの少し驚いたように、


「君も笑うんだな……」

と呟いた。


ぶっ飛ばそうかと思ったが、私は深呼吸をしてその衝動を飲み込んだ。



「人間なので笑いもすれば泣きもしますよ」


私が不貞腐れたようにそう答えれば、レニー様はバツが悪そうに頭を掻いた。


「す、すまない。あまりにも見慣れないものだったから」


「……もうその口を閉じていただけます?開く度に私が不快になるので」


つい真顔になった私に、レニー様はハッとしたように自分の口を大きな手のひらで覆った。


「……話を戻します。昔、ブラシェール伯爵領にはたくさんの果樹園がありました。領地の気候や風土が果実の発育に適していたものと思われます」


「そういえば── 」

口を開きかけたレニー様は、しまったといった表情で、また自分の口を手のひらで覆う。


「どうぞ?私への悪口でなければ発言していただいてもよろしいのですよ?」


「悪口のつもりではなかったのだが──」


ギロリと私に睨まれたレニー様は、改めて話しを始めた。


「祖父が言っていた事がある。昔はたくさんの果樹園があったと。祖父が子どものころの話だそうだが」


「その頃は隣接した領地も栄えていたようです。そこに果実を卸し、生計を立てていた家が多かった。しかし、周りの領地が廃れていくに従って、ブラシェール伯爵領も果物の販売だけでは難しくなっていきます。今も昔より少ないですが果樹園はありますし、その果実はどれも美味しかった……しかし新鮮な果実を売る場所がありません。ですから──」


「それでジャムか……加工しなければ売れないということなんだな?」


レニー様はまた顎を擦り、言葉を選びながら私に頷いた。考える時に顎を触るのは彼の癖のようだ。


「出来れば新鮮な果物を売りたい。でも今はジャムにするぐらいしか手立てがありません」


いつの日か隣の領地を買って……なんてことはレニー様に言うつもりはない。鼻で笑われるのがオチだ。



「それで砂糖か。レイノルズ伯爵が商会を通さず送ってきたということは……直接買い付けたのか」


「はい。私の願いをきいて下さいました」


チェスで勝った上に条件付きだとは言えない。


「……君は……何故そんなにブラシェール伯爵領のことを?」


不思議そうなレニー様に逆に私が不思議に思う。


「何故って……私はブラシェール伯爵家に嫁ぎました。家のために努力するのは当たり前のことです。それにブラシェール伯爵領の領民に、幸せになって欲しいのです」


あの領地を守ると約束した。私はちゃんと約束を果たせる自分でいたい。


「そう……か。結婚とは……そういうものなのだな……」


レニー様はまるで今始めてそのことに気づいたようにその言葉を噛み締めていた。

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