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第14話 Sideレニー

〈レニー視点〉



「一緒に……?」

彼女は僕を見てそう言いながら顔を顰めた。嫌そうなことこの上ない。


「僕が行くことに不都合でもあるのか?」


「いえ……別にそうではありませんけど、騎士団の方はお休みしてもよろしいので?」


「今は陛下も殿下も外交はないし、明後日なら団長も居る。有事が起こらなければ問題ないだろう」


僕は頭で明後日の勤務状況を思い出していた。今は特別警戒しなければならない事柄もない。問題ないはずだ。


「そうですか……」


彼女の顔には明らかに『がっかり』と書いてあった。別に僕だって彼女と行動を共にしたいわけではないが、執事に彼女が何か企んでいるようだから、それとなく警戒しておけと言われたばかりだ。


「何か隠したいことでもあるのか?」


それとなく……が難しく、直球で尋ねてしまう。


「隠したいことなどありませんよ、貴方じゃあるまいし」


「なっ……それはどういうことだ!」


さっきまで穏やかに会話出来ていたと思っていたが、彼女と話すと直ぐにこれだ。彼女は僕の神経を逆なでするような物言いが得意なのだ。……やはり可愛げがない。


「どういうことかはご自分の胸に手を当ててお考えになれば?直ぐに答えにたどり着くと思いますよ?」


「君はっ……本当に可愛げがっ── 」


「可愛げなど、腹の足しにもなりませんので結婚と同時に捨てました」


ああ言えば、こう言う。こんなところもアリシアとは雲泥の差だ。


結婚して初めての夜。痛みに耐えて目に涙を浮かべた姿は……可愛かったというのに。

衝動的に頬に伝う涙を指先で拭ってしまった。そのことが酷く後ろめたく感じて、ことが終わった後、振り返りもせずに直ぐに部屋を出て行った。


僕が愛しているのはアリシアだ。アリシア……僕の初恋。



◇◇◇


アリシアに初めて出会ったのは僕が八歳の頃だった。


「はじめまして、僕はレニーだ」


笑顔で挨拶をした僕は、握手のつもりで手を差し出したが、アリシアはサッと父上の背に隠れてしまった。


「レニー、アリシアだよ。あまり人と接するのが得意じゃないんだ。優しくしてあげるんだよ」


父上にそう言われ、僕はもう一度優しく声をかけた。

アリシアはピンク色の髪を揺らし、ゆっくりと父上の背から顔を覗かせた。水色の瞳がゆらゆらと揺れて、声を出すことすら躊躇っているようだった。


「アリシア、大丈夫。私の息子のレニーだ。君と同じ歳だからきっと仲良くなれる」


父上にそう声を掛けられたアリシアは、初めてニッコリと微笑んで僕を見た。その笑顔が可愛くて……僕は初めて自分の心がときめく音を聞いた気がした。



アリシアは自分の家に居場所がなく、親戚筋であったハルコン侯爵家に預けられることになった女の子だ。

彼女は食が細く、そのせいか直ぐに体調を崩した。そんな彼女が心配で、僕はいつの間にか彼女を守ることが自分の使命のように感じ始めていた。


単純な僕は、アリシアの笑顔が見たくて、彼女のそばでたくさん話をした。

その内、ハルコン侯爵家に慣れてきたアリシアは、屈託のない笑顔で僕に笑いかけてくれるようになった。


「レニーは騎士になるの?」


「うん!近衛騎士になって陛下を守りたいんだ!」


「凄い!かっこいい!」



子どもの頃から勉強は苦手で、体を動かすことが好きだった。次男の僕にはハルコン侯爵家を継ぐことは出来ない。そんな僕に騎士という仕事はぴったりだった。


アリシアは成長するにつれ、蕾が花開くように美しくなり、僕の目には眩しく映るようになった。

しかし、そう感じていたのは僕だけではなかったようだ。兄さんも僕と同じようにアリシアに好意を寄せていることは、見ていれば分かる。いつの間にか僕と兄さんは恋のライバルになっていた。


……しかし……最終的にアリシアが選んだのは兄さんだった。

いや……意気地なしの僕はアリシアに告白することすら出来なかったのだから、負けて当然とも言える。


アリシアと兄さんが結婚し、父が亡くなったことで兄さんはハルコン侯爵を継いだ。

そうなると、侯爵家にはもう自分の居場所はないように感じて、僕はいつしか王宮の騎士の詰所に寝泊まりする日が増えていた。仲睦まじい二人が視界に入るのも辛かった。……そんなある日のことだ。




「結婚?」


「あぁ、そうだ。結婚をすればお前はブラシェール伯爵になれる。近衛でいるには身分が必要なことは承知しているだろう?」


それぐらいは知っていたが、除籍にでもならない限り貴族の息子である自分には、その資格がある。別に結婚する必要はない。それに、アリシア以外の女性には興味がない。


「別に結婚しなくても近衛は続けられる」


「一応な。だが、肩身は狭くなるぞ?遠征や外交について回る大勢の一人にしかなれん。お前、今、いいところまでいってるんだろう?」


確かに僕は剣の腕を買われ、この歳で二番隊の隊長を任されていた。だが……それもこの身分のお陰だというのか?僕が返事を出来ずにいると、アリシアが兄さんに言った。


「クラッド、無理強いは良くないわ。レニーは嫌がっているのよ?」


「アリシア、貴族の結婚などそんなものだ。うちにはブラシェール伯爵という家門が存在する、他のところへ婿入りするよりずっと良いだろう?」


婿入り……そんなことは考えたことすらなかった。次男なんてそんな扱いだ。


「でも……そんなのレニーが可哀想よ。世間体だけの愛のない結婚なんて虚しいわ」


アリシアの言葉に胸が痛む。暗に『私とクラッドは愛し合っているけど』と言われたように感じて我慢できなくなった僕は席を立った。


「とにかく。今は結婚する気にはならないし、仕事も忙しいんだ。申し訳ないけど、僕はもう王宮に戻らなきゃ」


仕事が忙しいなんて、その場しのぎの嘘に過ぎなかったが、部屋を出ていく僕に、アリシアの心配そうな声がかかる。


「レニー、身体に気をつけてね。たまには屋敷に戻って来て。私、寂しいわ」


また胸が痛む。僕は振り返らずに片手を挙げるだけでその声に応えた。


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