第13話
私が部屋に戻ると、机に手紙が一通置かれていた。
私は差出人の名前を見て驚いた。
「まぁ、おじ様からだわ」
私が屋敷にたどり着くより先におじ様からの手紙の方が先に着いていたようだ。
手紙を開くとそこにはチェスが楽しかったという内容と、ブラシェール伯爵領に早速砂糖を送ったということが、これまた暗号で書かれてあった。
「流石おじ様。仕事が早いわ」
私は思わずクスッと笑ってしまった。これなら直ぐにでもブラシェール伯爵領へ向かった方が良いかもしれない。私は旅装束の着替えもせずに机に向かうと、引き出しから便箋と封筒を取り出した。
今すぐにでもブラシェール伯爵領まで行きたくてウズウズする。しかし、流石に合計六日間の馬車での移動で私も少し疲れた。今日はゆっくり休もう。
さっきハロルドには手紙を書いた。砂糖が届いた後の行動は指示している。別に私が自ら出向く必要はないのかもしれないが、自分が始めたことだ。その始まりを自分の目で確かめたい。
ゆっくり休むと決めた私だが、頭の中はこれからのことで一杯だった。それは食事中だとしても同じことだった。
「── んだ?……おい!聞いているのか?」
レニー様の声にふと我に返る。そう言えば夕食の最中だった。無意識に手は動いて肉を切り分けてはいたが、目の前の男のことはすっかり忘れていた。
「はい?あ……申し訳ありません。少し考え事をしておりまして。で、何でしょう?」
「考え事って……。いや……実家はどうだったのかと訊いたんだ」
あら、珍しい。レニー様が私のことを尋ねるなんて。
「父も母も元気にしておりました」
「……それだけか?」
『それだけか?』ってどういうこと?あ!なるほど。私達のこの微妙な関係を両親にチクったりしていないかって気にしているのね。
「大丈夫です、余分なことは申しておりませんから」
「べ、別にそんなことを心配したわけじゃない。久しぶりの実家がどうだったか訊いただけじゃないか」
馬車まで追いかけて来て念押ししてきたくせに?
「そうですか。久しぶりといっても半年も経っておりませんし……あまり変わりはありませんでした。もう数年で兄に譲位するつもりだと言っておりましたから、その準備をしているらしいです」
「まだお父上は元気なんだろう?隠居には早くないか?」
「元気ですがもう五十を過ぎておりますので。両親はなかなか子宝に恵まれず……兄が出来るまで少し時間がかかりましたから」
子宝に恵まれない間。母は何度も離縁を考えたが、父は母と離れることを選ばなかったと聞いている。両親も政略結婚であったが、そこには確かな絆があった。……母が私に早く子どもをと願う根拠はここにあるのだろう。
「そうか……。女性には中々辛いことだろう」
珍しくレニー様との会話が続いている。こんな穏やかな空間は始めてかもしれない。
「そうですね……。でも不妊は女性だけの問題ではありませんし、それを父も理解していましたから」
「……確かにそうだな」
なんだかしんみりしてしまった。それに子作りしていない私達が妊娠の話をするのも、些かバツが悪い。私は話題を変える。
「あ……私、また明後日からブラシェール伯爵領へと行きたいと思っております」
「は?明後日?」
「はい。少し急ぎの用がありまして……」
「あ、明後日か……急だな……」
レニー様は何かを考え込んでいるようだ。
「先ほど領地へは手紙を書きました。向こうは準備してくれていると思うので、急ですが大丈夫ですわ」
私がそう言って微笑むとレニー様はパッと顔を上げて言った。
「わかった。なら僕も一緒に行こう」