快適な空間
(どこかしら、ここは)
ふと目を覚ますと、私の周囲は一面、色とりどりの花に包まれていた。どこを見ても果てしない花畑。視界の彼方まで、咲き誇る花々が風にそよいでいる。
ほんのり甘い香りが鼻腔をくすぐる。見たこともないような花もあるけれど、不思議と不快感はなかった。まるで夢の中にいるような、美しい景色だった。
私は静かに起き上がる。柔らかな草の上に寝転んでいたらしい。とはいえ、屋外で横たわるなんて、貴族令嬢としてはあるまじき行動。すぐさま体勢を整え、スカートの裾を払い、丁寧に立ち上がった。
(とりあえず、状況を整理しましょうか)
冷静に思考を巡らせる。私の身に起こった出来事は、まるでおとぎ話のようだ。
足元に穴が開く
↓
穴に落ちる
↓
眠気に襲われる
↓
目を覚ましたらお花畑 ←今ここ
(……整理したはいいけれど、意味が分からないわね)
花の香りと穏やかな風に心は落ち着いているものの、事態は謎だらけだ。まず、なぜ足元に突然穴が開いたのか。どう考えても自然現象ではない。
(魔法かしら? でも魔力の気配はなかったはず。隠されていたのかもしれないわ。私は公爵令嬢。誘拐という可能性も、ありえる……)
自分の立場は十分に理解しているつもりだ。私の身分を狙って何者かが動いたのかもしれない。だが――
(こんなに快適な誘拐なんて、聞いたことがないわね)
見渡せば、花畑の一角に椅子とテーブルが設えてある。なんと、白いパラソルまでついていて、日除けも完璧だ。女性の美を守る繊細な配慮が感じられる。
(……日焼けは美容の大敵。公爵令嬢たる者、外見の管理も嗜みのひとつ)
テーブルには、香り立つ紅茶と焼き菓子が用意されていた。誰が用意したのか分からないけれど、今はありがたく頂戴するのが礼儀だろう。
私は背筋を伸ばし、優雅に歩いてパラソルの下へと向かった。無駄な動きはひとつもない。座り方ひとつにも淑女としての品格を忘れず、椅子に腰掛ける。
(とりあえず、落ち着いて状況を――)
その時だった。
「ようこそ、我が神界へ。待っていましたよ、グレイシア」
不意に響いた男の声に、私は反射的に周囲を見回した。誰もいないはずの空間。なのに、確かに耳元で語りかけられた。
(……今のは、誰? そして“神界”ですって?)
得体の知れない何かが、確実に始まりを告げていた。
更新遅くなりますが一週間に一話は投稿していくつもりなので、根気強く待っていてもらえると嬉しいです!