淑女としての新たなる一歩
私立青葉学園――都内でも格式高い初等部を持つこの学園に、美咲は六歳になった春に入学した。
制服のブレザーは濃紺、金ボタンの細部にまで意匠が凝らされ、女子は赤いリボンが特徴だった。美咲はそれを身に纏いながら、心の奥でそっと微笑む。
(ああ……この感覚。懐かしいわ)
校門をくぐると、保護者の手を引かれた子どもたちが花のように咲き誇る桜並木の下で声を上げていた。初めての教室、名前を呼ばれる緊張、そして席に座るときの所在なさ――
だが美咲は、それらを一歩引いた目で見つめていた。
前世――グレイシア・オズワードとして、社交界の入り口に立たされた記憶がある。華やかなドレスに身を包み、貴族の令嬢たちのあいだで立ち回ったあの感覚。立ち居振る舞い、言葉遣い、表情の緩急――
それらすべてが、ここでも「使える」。
しかし今の美咲にとって、それは自ら選んだ“武器”だった。押し付けられるものではなく、己の意思で淑女であり続けるという矜持から生まれたもの。
「三条美咲さん」
担任教師の柔らかな声に、美咲は静かに立ち上がった。
「はい、こちらにおります」
姿勢を正し、少しお辞儀してから、前へ出る。クラスメイトたちが少しだけざわめいた。彼女の所作が、同年齢のそれとは明らかに異なっていたからだ。
しかし、美咲は気にしない。むしろその視線すら、冷静に受け止めていた。
(注目されるのは、当然のこと。それを恥じる必要はないわ)
自分のふるまいが誰かの気持ちを和らげるのなら、場の空気を正すのなら、それはきっと意味がある。そう、前世のように「役割」ではなく――今世では「意志」として。
美咲は、グレイシアとしての誇りを胸に、学園生活という新たな舞台に一歩を踏み出した。