家族の中で
私、三条美咲は、上流階級の家庭に生まれ、幼い頃から日々厳しいしつけの中で育った。
父・三条義晴は冷静沈着で厳格な実業家。家族に対しても期待と規律を求めた。
母・三条和子は元華族出身の教養ある女性。娘の品格を何より大切にし、礼儀作法を厳しく教え込んだ。
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ある日の夕食後、母が静かに語りかけた。
「美咲、お辞儀の角度が浅いわ。礼には、心が表れるもの。何度も言うけれど、忘れてはならないのよ」
私は背筋を伸ばし、深く頭を下げる。
(淑女は形だけではなく、心から敬意を示すべき……)
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父はビジネスの話をする時とは違い、家族の前では時折柔らかい笑みを見せる。
「美咲、学問にも励め。将来は、三条家の顔として恥じぬようにな」
言葉は厳しいが、その重みは愛情に裏打ちされていると知っていた。
そんな時、私は心の中で自分に誓う。
(私は、ただの三条美咲ではない。グレイシア・オズワードとしての誇りを携え、この家でも淑女であり続ける)
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しかし、日常の中での立ち居振る舞いは容易ではなかった。
周囲の視線、細やかな言動のチェック、そして時には無言のプレッシャー。
例えば、使用人の前でも「美咲様」として礼儀正しく振る舞うことが求められ、少しでも崩れると、すぐに母から注意が入った。
「美咲、咳払いの音ひとつとっても、淑女は品を保つのよ」
(前世で”白百合の君”とまで言われた私でもまだまだ完ぺきではない)
そのたびに私は小さく息を吐き、再び背筋を伸ばした。
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それでも、心の中で私は確かなものを掴みつつあった。
幼いながらも、父や母の期待を受け止め、ひよりとの友情を糧に、自分の歩む道を模索していた。
「完璧に」とはまだ遠い。けれど、少しずつ「私らしい淑女」に近づいている。
そんな日々が続いていく。




