未知数のその先
その後の話をしよう。
メリスティアたちは婚約者との縁を見事に断ち切って、そうしてこの際だからと他国へ留学する事を決めた。
正直新しい婚約者を探そうにも、同年代は嫌だったのである。
学園で、散々こっちの事を笑い物にしてくれた連中と、笑い物にしていなかったとしてもその笑い物にしていた連中と友人関係にある相手と、なんていうか繋がりを持ちたくなかったのである。
今更手のひらを返して接されたとして、そういう相手と信頼や信用を築けるかという話だ。
マレナがセルシオたちを魅了して、挙句メリスティアたちに虐められているの……なんて言って彼らはそれを信じメリスティアたちを糾弾した事もある。
実際マレナの自作自演であったと後に判明したけれど、メリスティアたちがそんな事をしていないと最初から信じてくれていたのは友人の令嬢たちだけで、令息たちに関してはやはりそこまで親しい関係を築いていたわけでもなかったからこそ、女ってこえー、なんてあっさりと信じていたのだ。マレナの嘘を。
それもあって、もう国内の男性と結婚するのは無理だなと結論が出てしまった。
学園にいなかった年下だろうと年上だろうと、そちらから仮に婚約者を新たに見つけるにしたって、いずれ知る事になる。その時に何で相手の魅了魔法について気付けなかったんだよ、とかこちらが気付かないのが悪かったみたいに言われるのも、不幸な事故だったと同情されるような事になるのも、全部が嫌だった。
哀れみも嘲りも、もっと言えば共感されても嫌。
なんて面倒くさい事を言っているんだ……とメリスティアの身内は思ったようだが、気持ちの整理がつく前にやり直しのチャンスだなんだとせっつかれていたのだ。
じっくり落ち着いて心の整理をつけていけば、もしかしたら他の道もあったかもしれないけれど、だがしかし周囲はメリスティアたちの心情を慮るわけでもなくセルシオたちに寄り添った。
それも、原因の一つかもしれない。
ともあれもう国内の男とくっつくのなんてごめんですわ、というのがメリスティアを始めとした令嬢たちの意見である。今まで散々理不尽な状況に我慢を強いてきたせいで、限界が訪れてしまったのだ。
修道院に引っ込んで大人しく暮らす事になっても構わないが、しかし他の男性との婚約を新たに結ぼうとされても、今現在は気持ちが受け付けてくれなかった。
なんだったらアレルギーみたいな反応すら出る始末。
鳥肌だとか、吐き気だとか。最悪顔合わせだけでも、なんて見合いをセッティングされてもその場で相手の顔を見て吐く自信しかない。
自分の顔を見て吐く女と結婚を考える男性が果たして世の中にどれだけいる事だろうか。多分いないと思うし、いたとしてそいつは特殊性癖の持ち主なので性癖ノーマルな令嬢たちとしては断固としてお断り案件である。
だからこそ、いっそ他国へ留学して、そちらで相手を見繕った方がマシ、という結論に至ったのだ。
きっとその頃には今回の件も笑い話にできると信じて。
本当なら他国に行かせたくない、と言う者もいたのだが、しかし今の今まで散々我慢を強い続けていたせいで令嬢たちは圧縮された凶暴性を解き放つことも辞さない構えだったので。
流石に家督争いでもないのに家族間での争いはしたくない……となって、もう受け入れるしかなかったのだ。
「私、今だからこそ思うし言えるのですけれど」
そんな風に切り出したのは、ミラだった。
彼女たちは四人で一緒に他国へ渡り、そうしてお互い手に手を取って異国での生活を送っている。
それぞれが本日の予定のほとんどを終わらせて、あとはのんびりしようとなり、そうして今は皆で各々が持ち寄ったお菓子とお茶を堪能しているところであった。
「愛してるだのなんだのと言って今までの関係を続けようとするんじゃなくて、やっちまったもんは仕方ないにしても貴族としての義務だ果たせ、くらいに開き直ってたらもしかしたらあの時くっついてたんじゃないかな、って思うんですよね。今だからそう思ったってだけで」
「あぁ、やってしまった事は戻せませんものね。落ち度は落ち度として受け入れた上で、愛してるだのなんだの言わないでこの先の義務を果たすために、って割り切った発言されてたら確かに私も少しばかり揺らいだかも」
「愛を前面に押し出されてもな……っていう気持ちがあの頃はありましたものね。
愛してるって言われても、でも他の人の前でアミュレット外したじゃない、ってどうしたって思うから」
「本当にそう。そうなのよ、だったら愛だのなんだの言わないで政略だとして婚姻しろって言われた方がね、まだ。
その上で、誠実な行動をしてくれていたら数十年後くらいにはまた愛が芽生えたかもしれないな、ってふわっと浮かんだのよね」
「愛を先に出されたらこっちだって同じく感情優先の考えになりますわ。それはそれ、これはこれ、で割り切って考えようにも向こうが愛を望むのだもの。
というか、普通逆じゃなくて? こういうのってまず女性が感情優先な発言をして殿方がこれだから女はヒステリーで困るとか言うものでは?」
「実際魅了魔法にかかってた時に嫉妬だなんだと言われた事ならありましてよ。嫉妬以前に婚約者としてその状況はいかがなものなのかしら、と相手の行動を常識的に指摘しただけでしたのに」
「まぁ魅了魔法にかかってたからね、仕方ない」
「えぇ本当に。
……って、今だから言える事ですわね」
「当時だったら絶対言えない。むしろ魅了魔法にかかってた? アミュレットあったのに何してるの? って気持ちだったものね」
「今くらいの気持ちの時にやり直そうって言われてたら、あんなに頑なに関係を解消したいとか言わなかったでしょうにね」
「まぁでもそうなると、年単位待たせる事になりますわよね。きっと彼らはそこまで待てなかったのだと思いますわ」
「確かにあの時は学園卒業間近でしたし、その後の人生もかかってましたものね。今なら彼らがあれだけ必死になるのもわかるのですが……」
「だからってこっちの気持ち無視するのは駄目よね。結果としてこっちだって頑なになってしまいましたもの」
この国には成人してもなお学問を究めたい者のために開かれた学術施設が存在している。
そこにメリスティアたちはそろって入った。
そうして日々、己の興味のある分野の研究をしている。
生活を豊かにするためのものであったり、魔法に関するものであったり。
かつて、故郷で成人前の社交場のような扱いでもあった学園にいた時よりも充実した日々を送っている。
「今だからこそ言いますけど、私、あの時やり直すならそれでもいいかな、と思っていましたの」
会話の流れが切れた一瞬、メリスティアはそこでふとそんな風に言ってしまった。
瞬時に「えぇっ!?」とミラが、リナリアが、ロゼラインが声を上げる。
「けれど、私がそう言えば貴方たちまでもが、周囲からだったら貴方たちもやり直せばいい、と言われるのだろうなと思いまして。
そちらの方が私にとっては嫌だった。あの時点で私は婚約者よりも貴方たちを重んじた。
あの時の選択は間違っていませんでしたわね」
にこ、と微笑めば三人はぽかんと口を開けてメリスティアを見ていた。
「え、でも……本当に良かったのですか?」
「えぇ、貴方たちとセルシオ殿下とを比べて私は貴方たちを取った。つまりはその程度だったのです、彼の事など。
あの時やり直したとして、上手くやれたかもしれないし、駄目だったかもしれない。
そんな未来に進まなかったのでどうなっていたかはわからないけれど。
でも、今こうしている事に後悔はないのよ」
「わ、私もです。もしかしたらやり直せたかもしれないな、って今なら思えるけれど、でもやっぱり今こうしている事を後悔なんてした事はありませんもの」
「そうですわ。私だって今の生活を案外気にいっておりますの」
「というか、もしかして私たちって実は結婚に向いていなかったのではないでしょうか」
リナリアの言葉に、メリスティアはきょとんとした目を向け、ミラとロゼラインはなんて事言い出すの!? みたいな顔をしていた。
「どうせならこちらの国で新たな縁ができればいいな、と思っていたのは確かですし、その縁が巡り巡って生家や国に何らかの利になれば……と思ってはおりましたけど。
でも私たち、今そういう相手これっぽっちもいませんよね」
「研究が楽しすぎるのがいけないのです」
「そうよそうよ」
「自分の好きな事を学べるってとても素敵な環境ですものね」
「そして殿方からお誘いを受けてもそれを理由に断る日々……」
「学びと貴方たちとの時間を大切にしていたらそれ以外は二の次ですから仕方ありません」
「こっちでできた友人たちとの時間も、って考えたら時間なんて全然足りないものね。
おかげで親からの手紙の返事にとても困りますけれど」
「あぁ、いい人はできた? っていう一文の威力が高すぎるのよね……」
「お友達は沢山できたのですけれどもね……」
「とりあえずお母様にはこの国で開発された最新コスメを届ける事で機嫌をとっておりますが」
「お父様にはこの国で製造されたお酒でどうにか手を打ってもらってる感がありますね」
「でも、いつまでもそのまま、というわけにはいきませんわよね……」
「うぅん……ぼちぼち平民たちで言うところの婚活とやらに乗り出すべきなのかしら……?」
「気乗りしませんわ~」
「そんな事に時間を費やすくらいなら論文に時間をかけたいですわね」
「……まぁ、どのみちあの時婚約者との関係に亀裂が生じた時点で私たちにはある意味瑕疵がついたみたいなものですものね。
修道院に行くよりはこちらの国で学んだことをいずれ故郷で活かせればいいでしょう。
いいって事にしておきましょう。ねっ」
「そうですわね」
「うふふふふ」
「ほほほ」
楽しげな笑い声が響く。その笑い声の中にはどこか焦りのようなものが含まれていたかもしれない。
彼女たちは既に成人を迎えている。それどころか、貴族社会ではそろそろ結婚していないと行き遅れと言われる年齢に差し掛かりつつある。
けれど、一昔……いや、二昔くらい前なら家の恥とされたかもしれないが、今のご時世ではそこまでではない。
だからこそ、彼女たちはそこまで焦っていなかった。
毎日充実しすぎて時間の流れがあっという間にすら感じられる。
彼女たちは既にいくつかの功績を出しているし、それなりの収入を得てもいるので余計に結婚相手を見つけると言う部分に重きを置いていないのかもしれない。
そして彼女たちの親は手紙から、薄々そんな気配を感じ取っていた。
とはいえ、流石に他国にまでやって来て連れ戻すわけにもいかない。
大切に育ててきた娘が生涯独身のままなのでは……? とむしろ親の方が焦っているのだが、親の心子知らずである。
どのみち家の跡継ぎはいるし、自分たちが子を産まなくても問題はないから余計にメリスティアたちに結婚しないと……! という危機感がないのは言うまでもない事だが。
それでも美人で有能な彼女たちに想いを寄せている男性はそれなりにいるので。
誰か一人が結婚を決めたら他の三人も芋づる式に結婚を決める事になるなんて。
今はまだ、誰もそんな未来の事は知らないのである。
なお、なんだかんだ故郷でもある国に貢献といってもそれはあくまでふんわりとであり、結婚した後は夫となった相手の家と第二の故郷と呼ぶべき国にて彼女たちは活躍する事となる。結婚後、彼女たちの両親との付き合いは年に数回の手紙に留まる事となったが、彼女たちにとってはそれが丁度良い距離感でもあった。
女性の立場が低い彼女たちの出身国で、彼女たちは本来ならば傷物令嬢となるはずだったのだが、しかし見事に自由を勝ち取った。彼女たちの行動は後に、他の令嬢たちにも広まって、女性の立場も見直されるようになったのだが。
当然のことながらそんな事になるだなんて、彼女たちには知る由もない。




