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【書籍化進行中】星と魔法の交易路 ~ボロアパートから始まる異世界間貿易~  作者: ぐったり騎士
敵と味方と

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第88話:さあ、おあがりよ

 男は、目の前の光景を食い入るように見つめていた。


 手元の容器から注がれるのは、チタンホワイトとサルファーイエローを混ぜ合わせたような、不思議な光沢を持つクリーミーな液体だ。


(……何かの合成素材(ファブコア)か?)


 そう思った。

 食品工場の巨大なタンクから抽出される、携帯食やフードパックの原料となる有機液体の色に似ていたからだ。工場なら滅菌済みのパイプを通って無機質に処理されるはずのそれが、ここでは「手動での調理」という極めて原始的な工程に晒されている。


 店主であるだろうその男は、その謎の液体を妙な窪みのついた熱い鉄板へと、躊躇なく流し込んでいった。いつの間にいたのか、何かの生物を模したデバイスが素早い動きでテーブルに上がり、「ケリ」と短くシステム音を鳴らして店主が置いた容器を支える。

 男は一瞬その「デバイス」を訝しげに見たが、すぐにまた香りに気を取られた。


「な、なあ。もしかしてだが、いや、まさかとは思うがこの材料って――」


 男の問いかけが形になるより早く、店主らしき男は開いていた鉄板の片方を掴み、ばくん、と豪快に閉じた。


「あああああっ!」


 男は絶叫した。

 目の前で、あの芳醇な香りの源が鉄の箱の中に閉じ込められ、見失ってしまった。まるで、手に入りかけた宝物が消え失せたかのような喪失感に襲われ、思わず身を乗り出す。


「あわてんなって。すぐ焼きたてができるからさ」


 彼は苦笑しながら、鼻歌まじりに鉄板を見ている。肩のデバイスが「ケリテテス!」と、近くの棚から小さなブラシのような道具をくわえて渡してきた。遥斗は自然にそれを受け取り、鉄板の端を軽く掃除した。


(変わったデバイスだな。動物模倣型の自律作業ユニットか。愛玩タイプのようなのに、よく働くもんだ……。相当な趣味人がカスタマイズした特注品だな。あんな滑らかな挙動、量産品じゃドルイーチ社の最新型でも無理だぞ)


 自分もそこそこ趣味人である男は、内心で感嘆しながらも声には出さなかった。

 そんな風に気を散らしながらも、意識は鉄板に吸い込まれたままだが。


「ほい、できあがり。で、1つ7カスだけど買う?」


 再び鉄板がひっくり返され、開かれた金属の中から、黄金色の輝きを放つ「桃源郷」がこんにちわ、と顔を出した。

 立ち昇る湯気と共に、爆弾のような甘い香りが爆発する。

 小麦が焼ける香ばしさ、卵の優しさ、そして砂糖の暴力的なまでの甘い匂い。

 もちろん男にはそのような素材であることなどわからないが、その圧倒的な誘惑に膝の力がガクンと抜け、その場にへたり込みそうになるのを必死で堪えた。


 男は自身の財布――腕に巻いたバンドのようなデバイスに映る、嗜好品用口座の残高を見た。そこには33.16カスという心もとない数字。今周期の給与は、欲しかった中古の『環境投影ホログラフスタジオ』を買ってしまったため余裕がない。もちろん生活のための貯金は別途あるが、散財防止のためにロックをかけているため、いくつかの決められた手順を行わないと使えないのだ。


(1つ、7カスか……!)


 手持ちの2割以上だ。0.1カスで買える携帯食以下の大きさの謎の菓子に、それを払うなど、正気の沙汰ではない。

 だが、1つならいいのではないか。

 7カスといえば、ここノーサリスの最低ランクの素泊まり宿くらいの値段である。

 仮に何かのミスで何も得ることなく失っても「ちぇっ……ついてねえぜ」と舌打ちするくらいのものである。

 1つならお試しでも――いや、まて!この男は5つだと32カスと言っていた!

 男は悩む。

 さすがに32カスとなれば一日の働き分がすべて飛ぶ金額だ。

 だ、だがもし、もし万が一だが、この菓子が『あれ』だったりしたら――。


「ちなみにこの値段は今日……6シクタの間、それか今用意した分の材料がなくなるまでだよ。そしたら次はだいたい70シクタくらい先かな。その時は1つ10カスだからそのつもりで」


「――ッ!5つだ!5つくれ!!」


 男は叫ぶように言い、デバイスを端末にかざした。

 32カス。手持ちのほぼすべてが消し飛ぶ。

 さよなら、俺の一日の労働――!


「こ、これが1つ7カスの菓子……」


 ごきゅり。


 男の喉が鳴った。

 思わず買ったはいいが、食べて後悔するかもしれない。というか、普通に考えれば後悔しかない。

 腹を満たす以外に満足感のない食事は「作業」と同じだ。味を感じないわけではないし「美味い」と思うことはあるが、それは単なる好みの範疇で、感動などしたことはなかった。

 それを改めて突き付けられるのが怖くて、舌は「それを早く寄越せ」と叫んでいるのに、なかなか動けない。


 ごきゅり。


 また音がした。だが、それは自分の喉ではない。


 振り返ると、そこには数人の男――自分と同じ底辺社畜レベルのワーカーたちがいた。彼らも匂いに誘われながら、値段の高さに尻込みしていたのだ。先駆者である男の反応を、彼らは飢えた獣のように注視している。


「おい、邪魔だぞ。お前ら、あんまり近づくなよ」


 最初の男が、睨みつけるように言った。この過疎区域のワーカーたちは、点検やメンテの仕事で食い扶持を争う間柄だ。互いに領分を侵されまいと、普段から牽制し合うのが常だった。


「うるせえな。俺はただ通りかかっただけだ!……ごきゅり」


 別の男が吐き捨てるように返し、皆が互いに距離を取って睨み合った。だが、それでも誰も去ろうとはしない。香りが、足を止めさせる。


 周りが見守る中、男は震える手でその黄金の一粒を口に放り込んだ。


 その瞬間、男の目は限界まで見開かれた。

 そのまま全身を小刻みに震わせ、彫像のように固まる。


「おい、あんた……?」


「どうした、そんなに不味いのか!?」


 背後のワーカーたちが騒ぎ出し、肩を揺さぶるが、男は反応しない。

 店主の男も、固まった男に首をかしげるほどだ。


 だが、彼は咀嚼さえ止まったかのように見えたが、やがて恍惚とした表情のまま、残りの4つを次々とむさぼるように口へ運び始めた。


 皆の視線は、最初の男に釘付けだ。

 だが、男はおぼつかない足取りで店から少し離れると、壁を向いてこそこそ、ボソボソとデバイスを操作し始めた。


「お、おい……?」


 周りも不安げに見守る。

 だが彼は再び店の前に戻ってくると、血走った目で店主の男に向かって叫んだ。


「こ、こ、これ、俺の今の貯金全部、484カス!これで買えるだけ全部だ!!」


「あ、材料の関係で一人20個、120カスまででお願いします。欲しければまた並んでください。おまけは適当に付けときますね」


「そ、それでいい!い、今はだれも並んでないよな!?だからまた次をすぐに――」


「お、俺5個!」


「俺も5個!」


「グッバイ、新デバイスのローン代!俺は10個!」


「こ、こっちは……ぐぐぐ、3個しか買えねえ!デバイス、母ちゃんにつなげ!……あ、母ちゃんか!?頼む、小遣いの前借りを――」


「焼いてくれ……ってお前らぁぁぁぁぁ!?」


 次々と並び始めたワーカーたちに、最初の男は絶叫する。


「あ、お土産としても含めて20個までなんで、おっちゃんはあと15個ね。ただ最初のお客さんだったから、割り引いて80カスでいいよ」


 気づけば20人以上の列ができていた。皆、狂ったように金を引き出している。

 そして次々に食べては、至福の表情になっていくワーカーたち。


「な、なあ!」


 食べていた一人の男が遥斗に声をかける。


「なんですか?」


「こ、これって……何でできてるんだ?バルサル社の有機ペースト『イグノウル』の34番と22番の混合物に見えるが――」


「ああ、これですか。穀物の粉と鳥の卵と哺乳動物の乳、あと砂糖とかを混ぜたものですね」


 離れたところにいた最初の男が、「ごほ、ごほっ」と盛大にむせ込んだ。


「な、なるほど、出来合いの合成ペーストじゃなくて、穀物や卵や砂糖、それぞれの『合成素材(ファブコア)』を用意して、自分で配合したのか……やったことなかったが、こだわるとここまで素晴らしいものになるのか」


 男は感心した。

 合成素材(ファブコア)と言っても、ピンキリである。有機物のペーストから、中にはヴェクシスクローン培養などを使った『モドキ』の合成素材(ファブコア)もある。再現度は高いが、値が張る割には食しても結局そこまで満足感が生まれないため、よほどの食に道楽を見出す好事家くらいしか金を出さないものだが、そんなモドキの合成素材の組み合わせと作り方だけで、ここまで素晴らしいものが作れるのか、と。

 ここまでの奇跡を感じてしまうと、自分は随分と損をしていたのかもしれない。


 そう唸るように感嘆していると、店の男はおかしなことを言った。


「あ、いえ。天然素材(ナチュコア)です」


「え?……ああ、天然物のエキスか欠片を入れてたのか!どうりで――」


「いえ、全て全天然素材(ナチュコア)です。成分表はここに。シア、データを出して」


「Aisa」


 彼のデータ用のデバイスなのだろう。先ほどの動き回るデバイスではなく、クザシリーズと思われる彼の首のデバイスが応答する。

 そしてホロスクリーンが展開された。

 提示されたデータは、間違いなくそれが天然物であることを示していた。普通なら、このデータを見ても笑うだけだが、自分たちは今まさにその奇跡を食べている。

 思わずポカンとそれを見つめてしまう。


「ちなみに、今回は新商品のため違いますが、いまおまけで付けているお菓子類については、マルロイ・ファイナンスのダリスコル氏が品質調査を行い、純度最高ランクの天然素材(ナチュコア)でできていることが証明されてます。こちらがそのデータ情報です」


 シアと呼ばれていたデバイスが提示したのは、確かにマルロイ・ファイナンスの監査コードが埋め込まれた公開情報。偽造不可能なヴェクシスデータである。


「………」


「………」


「………」


 しばしの沈黙。


「やっぱり20個分で売ってくれぇぇぇぇぇ!!」


「こっちもだぁぁあぁぁ!!さっき5個買ったからあと15個!」


「グッバイ、俺の新車の頭金……こっちもあと10個!」


「かあちゃん!違うんだって!浮気して女に貢いでるんじゃないんだって!頼むから再来期の小遣いの前借りを――」


 そして全員が我先にと再び注文を開始した。


「はいはい押さないで押さないで。数に限りはあるけど暴れるようなら売らないよー」



 計画通り――!


 この店の主――ではなく、シアルヴェンのしたっぱの遥斗は、そんなワーカーたちの様子に一人ほくそ笑んだ。

 そう、ヴェラは心配していたが、食べさえすれば、みな気づくのだ。

 これこそが「ホンモノ」であると。


 百聞は一食にしかず。

 包装された菓子にはない、焼きたての焼き菓子の匂いは日本人である遥斗だってなかなか抗えない。

 なら、ガルノヴァの人間に耐えられるわけがないのだ。


 実際、ヴェラの前で焼いた時も凄まじかった。目をらんらんとぎらつかせてお替りを催促してくる彼女のために、わんこそば、ならぬ、わんこカステラ状態で焼く羽目になったのだから。

 まあ、半分くらいはこの世界には電気コンセントなどないことに気づいて、ヴェラに急きょヴェクシスエネルギーを電気に変換する装置を作ってもらう羽目になった仕返しかもしれないが。

 ただ、その苦労も報われそうだ。


 遥斗はこの光景に、勝利を確信していた。

 これなら、あとは客が勝手に広めてくれるだろう。あとはザルティスの熱狂の再現だ。

 さあ、忙しくなるぞ!!


「押さないで押さないで!どんどん焼きますが時間はかかるので。みなさん、待ってる間にぜひいろんな人に連絡して宣伝してくださいね!」


 遥斗はにっこり笑いながら、お店のアピール!完璧な戦略だった。


 一方、それを聞いた彼らは、急に静かになった後、お互いの顔をじっと見つめあったかと思うと頷きあう。そして、一斉に笑顔になって遥斗に向きあうと口々に答えた。


「ああ!(ぜってー誰にも言わねえ)」


「まかせとけ!(ライバル増やしてたまるか)」


「ふふ、噂話のパーチクとは私のことですよ(墓まで持ってく)」


「いやあ、いい店だ、常連になるから頑張ってくれよ!(価値をわかってないカモは逃がさねえ)」


「よっ、商売上手!(おめーら抜け駆けしたらお前らぶっ殺すぞ)」


 商売の星である。底辺ワーカーとはいえ、どいつもこいつも抜けめがない。

 こんな金の生る木、いつ金持ちが目をつけてかっさらっていくか堪ったものじゃないのだ。できる限り美味しい目に遭わなくては――!


 険悪だったはずの彼らの心は、今や完全に一つになっていた。



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― 新着の感想 ―
商店街で不審な人の流れを見つけたらその先が気になるだろ
本当に美味いそこそこ流行っている店が有名にならない理由の一つやとワイは思ってる………(;・∀・)
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