第84話:みんな仲良く遊びましょう
整備の仕事を終わらせた後、シアルヴェンは果てしない宇宙を飛び、依頼された荷物を届けては次の座標へと向かう、忙しない日々を送り続けていた。
遥斗たちが次に立ち寄ったのは、広大な小惑星帯の中に浮かぶ鉱山ステーション《ラムザン=レバル》である。
《ドゥルメーザ》のような自ら移動する機能を持つステーションシップとは異なり、こちらは十数キロ四方の大きさを持ち、一つの決まった座標に長期間浮かび続ける小規模な都市であった。例えるなら、宇宙空間に浮かぶ人工島である。
しかし、到着早々問題が発生した。荷下ろしドックの管理システム、特に荷物のスキャンを行う部分が緊急の大規模メンテナンス中とのことで、受け入れの手続きが全く進まないのだ。この状況に、輸送を急ぐヴェラは、カウンターの担当者に詰め寄っていた。
「だーかーら、こっちは急いでんだよ!緊急時には手動でやるのが輸送法のルールだろうが!システムにまかせてないで自分たちでスキャン済ませてさっさとサインしろっての!」
怒鳴られた担当者が顔を青くして端末を懸命に叩くのを尻目に、遥斗はリケを肩に乗せながら、受付から少し離れた待合スペースにいた。
あれはクレーマーしとんの?とシアに尋ねると、ルール上では間違いなくヴェラの言い分が正しいらしい。ただし、多くの自治体はシステム任せで運用されているため、手動でのチェック作業を面倒がってあまりやりたがらないのが実情だそうだ。
遥斗はヘルジャパンでは日常的にモンスタークレーマーたちと日々戦いを続けている猛者である。
もし自分たちがクレーマー状態ならば、ヴェラを宥めて頭を下げる所であるが、今回のようにこちらが明確に正しいのなら話は別だ。
「じゃあがんばれ」と、遥斗は生暖かい視線を受付の担当者へ向けた。バイト先の客よりましだし。
そうしてステーション内の様子や、窓から見える宇宙の景色を眺めていると、とある一角でふわふわと浮かんでいた子供たちが、まるで水に漂うように遥斗の方へと近づいてきた。シアに聞くと、おそらくこのステーション内で働く鉱夫たちの子供だろうとのこと。重力制御が緩やかなのか、彼らは楽しそうに宙を漂っている。
子供たちは遥斗の肩に乗っているリケを見て、「きゃっきゃ」と無邪気に笑っている。
「わー、可愛いデバイス!珍しい形だね」
子供の一人が目を輝かせながら言った。
「リスザルっていう動物を模したデバイスなんだ。触ってみる?」
遥斗がそう言うと、リケはそれに応えるように楽しげに「ケリテテス」と鳴いた。
「わー、変な駆動音!おもしろーい!」
子供たちはリケの奇妙な鳴き声にも興味津々だ。
ちなみに、遥斗は今回リケを堂々と連れて歩いている。
前回のステーションシップ《ドゥルメーザ》から戻った後、リケが堂々と出てこれないのは可哀想なので改めて調べてもらったのだが、リケはガルノヴァの生体スキャンに一切引っかからないのである。簡易的なスキャンでは、「内部構造をジャミングした無機物」としか認識されないのだ。この程度のジャミング機能は、特許品や個人カスタム品では特に珍しいことではないため、誰も深く追求したりはしない。結果的に、リケは無駄にリアルなデバイス、という扱いになっている。
じゃあもういいか、とヴェラは疲れたように適当に流していた。
その結果、子供たちの目線では「なんかすごいぬいぐるみ」くらいの感覚でリケを優しく撫で、きゃっきゃと楽しんでいる。その後も子供たちは遥斗に様々な話を聞きたがった。
宇宙に出るくらいに進んだ世界なのだから、きっとゲームや映画的な娯楽がたくさんあるのだろう、と遥斗は思っていたのだが、娯楽にカテゴライズされる情報は相応にお金がかかるらしく、あまり裕福ではない鉱夫の子供たちは、そういったものにあまり触れてきていないらしい。
だが、シアもそうだが、ステーション内の人間はだいたいデバイスは持っている。なら、そのデバイスでいくらでも遊べるのではないか、と遥斗は疑問に思うのだ。今も、少し離れた区画ではデバイスを使って何かしていたり、何かのシミュレーターなのか重機に乗り込んで何かしている10代くらいの子供たちがいる。
「君らより年上っぽいけど、あそこでホロスクリーンで何かしてる子とか、あれは遊んでるんじゃないの?」
遥斗がそう尋ねると、子供たちは一斉に顔を曇らせた。
「職業訓練シミュレーターのこと?やだよあれ」
「えっ」
遥斗はシアルヴェンの船内訓練を「たーのしー」していたので驚いた。
あれ面白くないんか、と。
「だって、成績悪いと怒られるし……ヤダよ。つまんない」
ここで遥斗は一つの事実に気づく。
そうか、どんなにリアルですごいゲームでも、それを強制されたり、ランク付けして扱いを変えたりしたら、そら嫌になる、ということに。
ゲームはプレイヤーを楽しませるための構造が最初からできているからこそ、RPGの虚無のようなレベル上げ作業だって、目標を持って楽しいと感じられるのだ。
それに、たとえ日本のゲームでも「貴方は8時間のレベル上げでこれだけしか経験値が集められませんでしたね。これは説教です」とかやられたら、誰もやりたくなくなるだろう。
その瞬間、それは遊びではなく、いやな勉強になるのだ。
「それに、今は休憩時間だからいいけど、この後は子供用訓練のノルマ達成しないと怒られるし……」
子供の一人が不安げにそう漏らした。
それを見て、遥斗は何かを考えながら顔で尋ねる。
「うーん……よし、そのノルマを教えてくれる?」
「え、うん、いいけど……どうするの?」
子供たちは不思議そうな顔で見つめ返していた。
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しばらくして、ようやく手続きを終えたヴェラが待合室へと戻ってきた。その表情には疲労の色が濃い。
「くそ、あいつらスキャン一つで渋りやがって……ようやくサインもらえたぜ。おーい、ルト、終わったから船に帰――」
わあああ!きゃああああ!そっち、そっちいったぞ!
ヴェラの言葉は、突如として訓練ルームの方から響いてきた奇声にかき消された。
「な、なんだ!?」
ヴェラがそちらへ目を向けると、なぜか遥斗も子供たちに交じってプカプカと宙に浮かびながら、彼らと謎の動きを繰り返している光景が目に入った。
「それ!センサーフリーズ!」
その声を聴いて、子供たちは急いでデバイスをいじり、空中でピタリと静止した。
だが、対応が遅れた子供は制御を間違え、止まるどころか逆に加速したり、止まれないまま訓練ルームの端に追いやられてしまう。
「タルマ、ベークス、アウトー!制御姿勢ミスで宇宙ダスト行きだ!」
「あー、ちくしょー!」
「もうちょっとだったのに!……そうだ、デバイスに短縮キーのパターン化をして……」
悔しそうにしながらも、皆笑いながら訓練ルームの端に行く子供たち。彼らにはノルマの訓練をしているという雰囲気は微塵もない。
「では次行くぞー。コール&ムーブ!」
遥斗が壁を蹴って急加速すると、子供たちもデバイスを操作しながら、様々な軌道を描いて彼を追いかける。それはまるで鬼ごっこのようだ。
「10、9、8…………ジャミング!」
カウントダウンの後、少し間を空けて遥斗が叫ぶと、今度は子供たちは一斉にデバイスからアンテナのようなものを立てた。これは、通信障害が起きた時の緊急対応訓練である。
「ナル、マスラ、アウト!」
「まけちゃったー」
「残った皆、頼むぞ!」
また楽しそうに離脱していく子供たち。訓練は遊びへと完全に変貌している。
「次―、10、9、8…………エネミーアタ……!」
「タッチ!緊急アラート実行!やったああああああ!」
また遥斗がカウントダウンと共に何か叫ぼうとすると、ついに子供の一人が彼に追いつき、体をタッチして何かのコマンドを叫んだ。訓練ルームは歓喜に包まれる子供たちの声で満たされた。
「くっそー、負けたかー」
遥斗は悔しそうな声を出しながらも、顔は満面の笑みだ。肩の上のリケも「ケリテテス!」と楽しそうに万歳している。
「よし、それじゃ今度は――っと」
首元のチョーカーがチカチカと光り、シアから何かを伝えられたのか、遥斗はヴェラの存在に気づいた。彼は子供たちに向き直って告げる。
「よし、それじゃ今度は皆で『スクランブル』役を持ち回りでやってみようか」
「うん、それじゃ次はナルが――」
話がついたのか、遥斗が子供たちから離れて手を挙げながらヴェラに近づいてくる。
「やっほー、終わった?」
「……なにやっとんのお前」
相変わらずのんきそうにしている遥斗を見ながら、ヴェラは呆れを通り越して、スンッとチベットスナギツネになっていた。




