第83話:立つアホ、跡を濁す
シアルヴェンのコックピットでは、メインスクリーンに無骨な採掘ステーションシップ《ドゥルメーザ》がゆっくりと遠ざかっていく様子が映し出されていた。
遥斗は肘掛けにもたれ、心底楽しそうな顔で遠ざかる船を見つめている。
「面白い人たちだったなー」
遥斗はのんきそうに言った。
「……なあ、ルト……」
ヴェラは壁に手をつきながら、心底疲れたような顔で遥斗の方を向いた。
「なに?」
「お前バカなの?」
「えー」
遥斗は口を尖らせた。
「なんだよいきなり。別にトラブルは起こしてないだろ?」
「トラブルは起こしてなくても、起きてることがおかしいんだよ!!」
「えー」
二度目の遥斗の呆れ声は、もはやヴェラの疲労を増幅させるノイズでしかない。
ヴェラは、遠ざかる《ドゥルメーザ》を見ながら、遠い目であの船での出来事を思い返していた。
◆◆◆◆
ヴェラは最後のヴェクシス・コントローラーをツールケースに投げ込むと、腰を伸ばして大きく息を吐いた。
「よし、これで全部終わりだ」
二寝巡の《ドゥルメーザ》の整備は完了した。彼女が見つけたエネルギー効率制御の歪みも解消済みだ。報告書と、船員が隠していた違法改造の証拠ログを添えて、シアルヴェン経由でジャブロ船長に送る。
『ああ、カルディス。礼を言う。お前さんの腕は確かなようだ。……で、報告書に添付されたログだがな……誰がやったかは、もうわかりきってる。やらかしたであろう奴らはきつく躾けておく』
ジャブロの声は、報告内容の正確さに感心しきりだったが、違法改造を隠蔽しようとしていた船員たちへの怒りを通り越して諦めが滲んでいるようだった。
「仕事だかんな。きっちりやるさ。……ルトは《ドゥルメーザ》の船内を見学していると聞いてるが、アイツ、こっちでトラブル起こしてねえだろうな?」
ヴェラは念を押すように尋ねた。
『ああ、そのことなんだがよ。トラブルはねえんだ。まったく、ねえんだが……』
ジャブロはなぜか歯切れが悪い。
「なんだよ……まさか、お前らがアイツに何かしたんじゃねえだろうな」
ヴェラは、作業で汚れたシンクセンス・グローブを外し、獰猛な肉食獣のような眼光で、通信先のジャブロを睨んだ。
『いや、違う。そういうんじゃないんだが――ルトだよな、あいつは……ええと、今は採掘区画に行ったと思うぜ。「採掘してるところが見たい」ってんで、採掘士のオズについていったぞ』
ヴェラはめんどくせえ、と舌打ちした。
「チッ、いちいちあんなチンピラどもに愛想振りまきやがって。仕方ねえ、シアルヴェン、シアに連絡してルトを呼び出せ」
彼女がそうシアルヴェンに命じるが――。
『キャプテン・ヴェラ。ルト様は現在、《ドゥルメーザ》船員との文化的交流により取り込み中となっております。緊急の御用でない限り、通信はご遠慮いただいております。御用の方は留守電サービスにメッセージをどうぞ。ピー!』
シアからは日本の携帯キャリアではおなじみの留守電案内が返された。当然そんな文化を知らないヴェラには、言葉の意味はわかるが訳が分からない。
またあのAIはろくでもないことでも学習してきたんかと憤る。
「ハア!?取り込み中!?何やってんだアイツら……」
ヴェラは悪態をつきながら、仕方なしに採掘区画へ移動した。
この区画は、船内に数十メートルの小惑星が保管されており、船員が重機で削っている最中だ。削られた岩塊が散乱する中、短躯で屈強な体つきの男が、重機の傍で端末を弄っていた。
「なあ、オズってやつを探してるんだが」
「ああ、俺だけど。なんかようか?あんた船のメンテにきてくれた人だろ?俺に聞かれても採掘のことくらいしかわからねーぞ」
「採掘屋に船の知識なんざ期待してねえよ。ウチのしたっぱがアンタについていったって聞いたんだが」
「ああ、ルトっちか」
ヴェラは思わず聞き返した。
「……ルトっち?」
「ああ、採掘区のみんなはルトっちって呼んでるぜ。アイツ、人懐っこくておもしれえからな。俺たちの採掘用重機見て『人型!?人型パワードスーツ来ましたぁぁぁ!!』って叫んで採掘の様子を見たがってよう。へへっ、思わず俺のダンシングドリルを見せてやっちまったぜ!」
オズは得意げに鼻の下をこすった。ヴェラは額を押さえ、ため息をついた。
「それで、そのルトっちは今どこに行ったんだ?」
「ルトっちならもっといろんな重機や探査機とかが見たいって、探査士のゲルマについていったぜ。ゲルマはデータ収集区画にいるだろ」
ヴェラは急いでデータ収集区画へ向かった。通路で区画の入り口に立っていた船員に声をかける。
「おい、お前。ウチのクルーを連れたゲルマってやつ知らないか?」
「ゲルマなら俺だ。あんたのクルーってルトやんのことか?」
「ルトやん?」
「おう!おもしれえなアイツ。あんな古びた旧式の探査機を目をキラキラさせて見ててよ。探査機同士のドッキング見せたらすげえすげえって興奮しててな。この区域の奴らみんなゲラゲラ笑いながら色んなもん見せてたわ」
「そうか……んで、ルトのアホはどこだ?」
「アイツなら船体映像やドッキングの記録が見たいって、通信士のモズのコレクションを見せに貰いに行ったぞ。多分シアターだ」
ヴェラはギリっと歯をかみしめながらシアターへと向かう。そしてすれ違った船員たちに問うたびに、彼らは口々に遥斗の居場所を教えてくる。来るのだが――
「え、ルトボーイ?ルトボーイなら鉱石の加工室に——」
「ルー坊なら資料記録室に——」
「ルトルトなら合成酒で酒盛りを——」
ヴェラはこめかみに血管を浮かべながら、一番騒がしいレクリエーションルームを目指した。
ルームの扉を開けると、中には採掘士や通信士など十数名の船員がひしめき合っており、その中央で、遥斗がマイクらしきものを握って絶唱していた。
「では!この私ルトが一曲歌います!!アニメ『カバ☆バディ』よりオープニングテーマ!『StandByYou~そこにバディがいる限り~』です!夕暮れのグラウンド悔しさを噛みしめて~♪」
遥斗がノリノリで拳を振り上げると、船員たちは合成酒を片手に大いに盛り上がっている。
「ヒュー!いいぞいいぞ!」
「カバってなんだー!ぎゃはははは!」
「知らんけど歌え歌え!」
「さっきルトやんに見せてもらったわ。こういう絵で作った物語の寸劇らしいぞ」
「え、なにこれ。どういうデフォルメの絵?」
「なんかこういうスポーツがあってそれで競うんだと」
「スポーツとか寸劇とか中央の娯楽じゃんよ。ルトっち結構いいとこのボンボンなんか?」
「か、かわええ。こ、このカバ☆バディのデータもらえないかな。後でデバイスのアクセスコード聞いとこう」
「ふふふ、拙者はすでにルトルトとは交換し合ったでやんす」
「ずるいぞおめー」
ぶちっ。
すっかり出来上がっている船員と、その中心にいる遥斗に、ヴェラの血管が切れた音がした。
しかし、何も知らない遥斗くんは手を叩きながら、次の曲へ移行する。
「ノってきた!では次行きます!エンディングテーマより『カバどん!レジェンド』で――」
「ふっざけんな!」
ヴェラは切れた。
こうしてすべての契約事項が終了して帰ってきた二人。
メインスクリーンには、遠ざかる《ドゥルメーザ》から礼砲を利用したレーザー文字で、宇宙空間に『じゃあな!また来いよルト!』と文字が浮かんでいた。ヴェクシス通信でやれば済む話だが、宇宙ではこういう物理的な形での『遊び』をよくやるのだ。
「そんで、《ドゥルメーザ》の乗員全員から名前覚えられて、お別れ会までやってもらってるとかアホなんか!?」
「えー。ヴェラだって楽しんでたじゃんよー」
「呆れて開き直ったんだよアホ!」
遥斗は、ヴェラの怒鳴り声に耳を押さえながら、肩をすくめた。彼の顔には5シクタに及んだ『お別れ会』による疲労の色が濃い。
ちなみに遥斗はヴェラの命令で脚殺しこと、正座をしている。だが遥斗は割と正座が得意なので全くこたえてない。
「しかもお土産まで渡しやがって。天然物じゃないっぽいから放っておいたけど。あれ、お前がニホンから持ってきた、油から作った糸と布でできたアミュレットだよな?なんか妙な感じでヴェクシス汚染されてたけど」
「うん。日本の化学繊維をちょっと知り合いのところで刺繍してもらったやつ」
遥斗が運営するヴェルナクラフトで売る予定だったが、顧客ユーザーからは「現地オンリーの特産品が欲しいんだよおお!」とあまり需要がなかった商品だ。こちらは数百円から千円前後で安売りすることになるだろう。
せっかくなので、ガルノヴァで欲しがる人が居ないかと前に持ってきてヴェラにもあげたのだが、調べたところ『見たこともない形でヴェクシス汚染されている』との検査結果がでている。
どうやら、エリドリアに持ち込んで魔力を織り込んだものは、日本の物であってもこちらでは『ヴェクシス汚染された合成物』と判別されるらしい。
試しに、エリドリアで魔力回復効果を得た飴をヴェラにあげてみたところ、
「……まずくはないし、こっちの安い合成甘味よりはマシだけどよ……お前がこれまで持ってきたお菓子に比べるとなあ……ほんとに同じ飴なんか?」
と、ヴェラは何とも微妙な顔をしていた。
「まあ、あれなら大丈夫だろ。油から作った化学繊維はいろんなのがあるし」
「といっても、地球の石油って昔の生き物の遺骸でできてるんだけどなあ……」
「マジかよ。惑星ガルノヴァで数百星巡前にとってたのはそういうのだとは聞いてるけど。……確かに生物由来の石油と似た成分や分子構造だったけどさ」
「じゃあやっぱり貴重?」
「うんにゃ。分子構造なら普通にいじれるからな。天然素材っぽくした商品なんてざらにある。ヴェクシス汚染されてる時点で『普通』の合成品扱いだよ。天然っぽくしてる分だけ少し高い、くらいだな。まあ、お土産って意味じゃちょうどいいんだろうな」
ヴェラは深くため息をついた。
食べればなくなる食べ物と違って、形ある物系はまだ売るのは怖いのだ。以前、遥斗の持ち物を調べたときに出てきた、ヴェクシス汚染が全くない宝石や動物の皮など、下手すれば一発で借金が返せてしまうかもしれない。だが、大騒ぎになるリスクもある。今はお菓子で十分利益が出せるのだから、足場は固めていった方がいい。
だが、とりあえずあの『お土産』のように、ヴェクシス汚染された合成品とみなせるものなら、特に問題にならないだろう。だから自分も『お土産』を《ドゥルメーザ》に置いてくる許可を出したのだし。
どうにも、ルトは本当に何をしだすか、というより何を起こすかわからない。このガルノヴァにおいて、あの甘さは命取りになる――ように思えて、一線は守っているし、必ずといっていいほど何かの騒ぎを起こしつつ、特に悪い方には行かないのだ。あのダリスコルを相手にしたときも、腰が引けていたと思ったらいつの間にか全く臆さずに取引を持ち掛けたりしている。
まともな宇宙船のクルーなら、こんな爆弾は置いとかないだろうが、困ったことに「宇宙に魅せられた大馬鹿な自分のクルー」としては満点なのである。
それが、どうにも嫌じゃない自分が恨めしい。
ヴェラは「これからもコイツのことでアタシは頭を抱えるんだろうな」と思いながら、苦笑するのだった。
一方、《ドゥルメーザ》では船員たちが仕事に戻っていたが、その中で遥斗からもらったアミュレットを壁にかけているとある船員がいた。それを見かけた別の船員が彼に声をかけた。
「なにやって……ああ、ルトっちからもらったお守りをかけてんのか」
「ああ、『オファリング』っていう、悪いことがあったら身代わりになってくれるっていう言い伝えなんだと」
「ふーん、そういう伝承みたいなのをちゃんと伝えてる星って珍しいな。二ホン……とか言ってたけど、どこにあるんか今度聞いてみるか」
『おーい、野郎ども!仕事だぞー』
「へいよー」
雑談の中で、艦内通信にて船長から指示が飛ぶ。船員たちは、遥斗からもらった『お土産』のことを頭から消して、それぞれの仕事場へと散っていった。
この遥斗が残した『お土産』が今後ここで何を起こすのか――それを知る者は、今はまだどこにもいない。
残された護符は、ただ船内の振動でゆらり、ゆらりと静かに揺れていた。




