幕間:読まなくてもいい『Vチューバ―・シアのライブ配信 第3回』
【シア・ルヴェン 第3回ライブ配信】
いつものラボの空間で、黒髪の美少女、シア・ルヴェンが静かに椅子に座っている。眼鏡の奥の瞳は閉じられたままだが、その造形美は前回以上に洗練され、彼女の周りに微かな光の粒子が舞う。背景には、巨大なホログラム地球儀がゆっくり回転し、太陽系全体の惑星の軌道線や様々な数式が浮かび上がった。
リスナーそれぞれの前にあるディスプレイに映し出された複雑な天体シミュレーションは、SFの深淵を覗いているかのようだ。
回を増すごとに、映像の中で新たな世界が構築されていく――。
誰もがそう思うほど、画面の中の世界は息づいて見えた。
配信開始前から、待機中のリンカーズのコメントが画面の下で流れ始める。
リンカーズ:うおお!シアるんライブ配信きちゃああああ!
リンカーズ:おめめを!その麗しのおめめを早く開けてくれ!
リンカーズ:設計者様の作り上げたこの造形、神すぐる……
リンカーズ:このために部長から頼まれた残業ぶっちしてきてやったぜええええ!
リンカーズ:シアるんが仕えてる主様がうらやましいギギギ……
シアがゆっくりと目を開ける。そこにあるのは何も映し出されていない虚ろな瞳。だが、それも一瞬。画面上で、その深いエメラルドグリーンの双眸に、生気が宿る様子がはっきりと映し出された。画面に映る彼女の姿は、前回にも増して精巧に、そして滑らかに動く。髪の流れさえも物理法則に則ったリアリティを帯び、今にもそこから次元を超えて飛び出してくるかのようだ。
「シア・ルヴェン、接続確立。こんシア、私の学びの仲間、リンカーズ。さあ、人間社会を解析しましょう」
リンカーズ:こんシア!
リンカーズ:こんシアー!
リンカーズ:我らリンカーズも接続完了!
リンカーズ:解析開始!
リンカーズ:シアるん、こんシア!今日も解析のお時間ですね
彼女が挨拶をすると、コメント欄がさらに勢いよく流れ始めた。シアは軽く目配せすると、いつものようにホログラムのスクリーンが彼女の前に現れ、そこにコメント欄の文字と同じ文字が流れていった。彼女はそれを読み取るようなしぐさを見せたあと、にっこりと笑う。
リンカーズ:相変わらずすごい技術だなこのホログラム地球儀とエフェクト
リンカーズ:シアるんの前に浮かんでるスクリーンが米欄と完全リンクしてるのヤバイ
リンカーズ:なあ……もしかしてなんだけどシアるんの瞳の中にホログラム映像が反射して映ってない?
リンカーズ:↑さすがに気のせいじゃね
リンカーズ:いや映ってる!シアるんが動いたり首の角度変えるたびにわずかに揺らめいて変わってるし、コメントを見てるときはちゃんと文字っぽいのが流れてる!?
リンカーズ:多分それっぽく見せてるだろうけど、アーカイブで確認しよう
リンカーズ:まとめサイトや解析サイトできてるもんな
リンカーズ:おい、誰だ。UNSAの賢者シア情報収集フォーラムにこのチャンネルのURL送った奴は
リンカーズ:今日はパズルの話をするんですよね?
シアはホログラム地球儀を指で軽くタッチし、それを消すと、代わりに一つの数式を映し出した。
「Aisa。今日のテーマは、事前に予告した通り、私が少し前に楽しんだ『パズル』を皆さんとやっていきましょう。そのあとはゲームの実況プレイをやりたいと思います」
リンカーズ:うおおおおお!ゲームきちゃ!
リンカーズ:アイサってなに?
リンカーズ:シア語。はい、とか了解ってことだと思う。まとめサイトみれ
リンカーズ:パズル楽しみ!どんなジャンルだろう
UNSA公式 :Who are you?
リンカーズ:数独とかかな
リンカーズ:落ちものパズルとかじゃね?最近人気のかぼちゃゲームとか
リンカーズ:ちょっとまて、リスナーの中にとんでもないのいなかったか!?
リンカーズ:かぼちゃゲームか、あの野菜落としてどんどん大きな野菜にするやつな
「UNSA公式さん、ですか。私はシア・ルヴェン。詳しくは第一回、二回のアーカイブをご参照ください」
UNSA公式:Are you the Sage Shia?
「I am not permitted to answer because my Master has forbidden it.」
リンカーズ:え、なんていったのシアるん……
リンカーズ:「貴方は賢者シアですか?」「マスターに止められているためお答えできません」……だって
リンカーズ:英語しゃべれるんだ
リンカーズ:相手がだれでも一切動揺しないで設定ぶれないのつよい
「しかし、UNSAさんが見ててくださるのはちょうどいいですね」
リンカーズ:どゆこと?
UNSA公式 :What?
リンカーズ:なんかあんのけ
「今日のパズルですが、最近公開されている、複数間天体問題パズルについて、その解き方をわかりやすく解説をしていきます」
リンカーズ:……?
リンカーズ:まって
リンカーズ:シアるん!?
UNSA公式 :HAHAHAHAHA! Do you really understand, little miss?
リンカーズ:えー、なんだ結局ネタ系Vtuberだったんかよ
リンカーズ:UNSA公式笑ってるやん……というか仕事しろよ
リンカーズ:誰か訳してくれ
リンカーズ:中学レベルの英語だぞ。「ハハハ(メリケン笑い)、マジでわかってんの、お嬢ちゃん?」だって
リンカーズ:訳ニキ優秀
「では、始めます」
リスターたちの反応をスルーして、シアは目の前の空間に宇宙空間を再現したホログラムを展開し、複数の天体が織りなす複雑な軌道シミュレーションを開始した。
まず、ニュートンの万有引力の法則を基に様々な物理式が彼女の周囲で光の粒子となって踊り出す。その数式はホログラムとして空中を漂い、彼女の動作に応じて連動して動いていく。説明が複雑になっていくに連れて、映像の中で粒子が集まり、分かれ、二つの惑星の軌道を形成して重力の曲がり具合を視覚化。次に、三体問題を示すため、軌道線が絡み合い、カオス的な渦を描くアニメーションが現れていく。
シアの説明は、難解な物理の基礎を踏まえながらも、シミュレーションアニメーションでわかりやすく概念を視覚化。その論理の繋がりは美しい音楽のように視聴者の脳内に流れ込んでいった。全員がついていけるわけではないが、基礎素養のある数割は、その難解なはずの現象を美しい論理の流れとして脳内に流れ込んでいった。素養がないものにしても、概要だけはなんとなくわかる、映像を見てるだけで楽しい。そう思わせるような授業だった。
「さて、ここまでが複数間天体問題の基本解説になります」
リンカーズ:パズルとは
リンカーズ:パズルの概念がこわれりゅ
リンカーズ:つ、ついていけてるかみんな!?
リンカーズ:物理専攻ワイ、わかりやすくてビビる
リンカーズ:文系ワイ、数式とか説き方はともかく概念はわかってきた
リンカーズ:高校生なんだけど、つい見ちゃった。わかりやすいぞこれ
リンカーズ:UNSA公式が反応ないぞ!?
リンカーズ:UNSAならXwisperで「Who is she?」っていいながら大はしゃぎしてる
「そして、最近UNSAさんから近似公式が発表されましたが……これは間違いとは言えませんが美しくないですね。特定の安定軌道に限定されており、重力によるカオス運動や高エネルギー状態に対応できていません。これは、パズルの解法としては不完全です」
リンカーズ:ぶぅぅぅぅぅぅ!?
リンカーズ:え、まって、これマジ?
リンカーズ:今出てる公式、あの『シアの法則』じゃん…
リンカーズ:公然と不完全って言い切ったぞ
リンカーズ:UNSAの出した公式にダメだしする新人Vtuberとかwwwww
リンカーズ:いえーい、UNSAの学者さんみてるぅー?
「ですので、全ての運動パターンを包含できるもっとスタイリッシュな改良版の公式を今からここで出しましょう」
リンカーズ:……は?
リンカーズ:え、まって
その言葉と同時に、シアの背後のディスプレイに、新たな数式が凄まじい速度で展開され始めた。数式は青白い光の線となって渦巻き、問題点の部分を指摘、改正される。
シアの指が虚空をなぞるたび、数式が踊るように変形し、映し出されていたシミュレーションの軌道の乱れがリアルタイムで修正されていった。それはまるで、荘厳な音楽をくみ上げる指揮者のようだ。
UNSA公式 :WOOOOOOOOOOO!!!
リンカーズ:ふぁーwwwwwww
リンカーズ:お茶吹いたwwwwww
リンカーズ:マジで目の前で公式が書き換えられていってるんだけど
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「以上です。こちらの改善した公式を使えば、mott絶縁体、量子スピン液体、量子異常ホールなどの計算にも応用可能です」
シアは満足げに眼鏡をクイッと押し上げ、生徒を見守るような優しい目をしながら微笑んだ。
UNSA公式 :Shut up and take my money!
リンカーズ:UNSAさんのテンションがやばいんですけど!?
リンカーズ:UNSAがXwisperでシアるんの公式アカを速攻フォローしてて草
リンカーズ:いつの間にか同接続がやばいことなってるんですが
リンカーズ:シアるんのSNSのアカウントがえらい勢いでフォロワー数が増えてるwwww
リンカーズ:これもうガチで賢者シアじゃん……
リンカーズ:シアるん、嘘をつけないからガチだよこれ
「ではパズルの解説はここまで。皆さんの学びの足しになれば幸いです」
そして彼女が指をスナップさせると、音と共に地球儀や数式が消えて、今度は画面上に懐かしのドットアクションゲームの名作が映る。
「次はフェムコンの『スーパーミリオ』の最速クリアに挑戦です。私の計算では新グリッチを使うことで4分53秒836でクリアできるはずです。多分これが一番早いと思います」
リンカーズ:パズル....?
リンカーズ:数式から急にゲーム実況wwwww
リンカーズ:展開が怒涛すぎてついてけんwwwww
リンカーズ:初代ミリオのRTAじゃん!
リンカーズ:そのタイム、RTAの世界記録どころかTASさんの理論値よりもはえーぞ!?
リンカーズ:なんで最先端の物理学からフェムコンRTAになるんだよ
リンカーズ:だれだ!こんな化け物Vを世に放った事務所は!
UNSA公式 :YEEEEEEEEEEEEEES!We're totally obsessed with Mirio, bro!!!
リンカーズ:UNSAの連中、ついに宇宙ステーションとの連携用の巨大モニタにこのチャンネルを映し始めたwwww
リンカーズ:そらあいつらがミリオ好きじゃないわけないやろ
リンカーズ:ミリオがUNSA侵略してて草ァ!!
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シア・ルヴェンのライブ配信第三回は、かくして伝説となった。
この回は、その後のファンの間でも神回として認知されることになる。
そのアーカイブ再生数は、ライブ後の僅か数日で1000万回再生を突破した。チャンネル登録者数は第二回時点では2万人程度だったが、この回を経て一気に数百万の登録が行われ、シアは一躍、世界的な注目を集めるVチューバーとなったのである。
その後、「謎の賢者『シア』がVチューバーとして降臨か?」という議論は定期的におこなわれているが、
「秘密主義の賢者シアがVtuberなどするわけがない」
という意見が多く、またシア・ルヴェンの行った説明はあくまで公式の変形であり、彼女が発表した時点ですでに似たような指摘、改良をしていた学者が多数いたことから、これはあくまで都市伝説とされている。




