幕間:読まなくてもいい『Vチューバ―・シアの初ライブ配信』
ちょっと本編が書き終わらなかったので、ストックの幕間を公開です。
夜の帳が降りる頃、後に伝説と言われるそのライブ配信は始まった。
画面に映し出されたのは、近未来的なラボのような空間。壁面は重厚な特殊合金で覆われ、空間全体に走る青白い光のラインがSF的な雰囲気を醸し出している。巨大な透過ディスプレイには、複雑なデータや未知の言語のコードが、音もなく、しかし急速に流れ続けていた。
その中心、カプセルのような椅子に、一人の女性が静かに座っている。
流れるような艶やかな黒髪は、背もたれに触れることなく、重力に逆らうかのように、完璧な静止状態を保っている。彼女は眼を閉じているが、その鼻筋の通った横顔と、人形のように整った唇の造形美が、画面越しでも息をのむほどに精巧だ。
眼鏡の向こうに見える瞼は閉じられ、その神秘性から眠り姫をも思わせる。
リスナー:うおお!シアちゃん初配信きちゃああああ!
リスナー:モデリングやばすぎ!これガチで次世代だろ
リスナー:こんにちは!シアさんめっちゃ綺麗!
リスナー:やばい……まだ何も始まってないのにこれだけで感動する
シアが、まるで精密機械が起動するようにゆっくりと目を開ける。
エメラルドグリーンの瞳が光を宿した瞬間、パソコンやスマホの前のリスナーたちは、その圧倒的な美しさに射抜かれたように固まった。その精巧な3Dモデルは、肌の質感や、眼球の奥のわずかな反射までが作り込まれており、モデルであることを忘れさせる滑らかさで静かに動く。
シアは椅子に座ったまま、わずかに上半身を前傾させた。その動作に合わせ、黒髪の房がフワリと浮き上がり、静かに元の位置に戻る。その髪の物理演算一つをとっても、既存のVtuberモデルとは一線を画していた。
「みなさん、初めまして。こんにちわ」
少しハスキーだが、落ち着いてクールな、はっきりとした女性の声が配信を通して響く。
声のトーンは感情の起伏が抑えられているが、誰もが心臓を掴まれるような感覚になる。
リスナー:きたあああああ!
リスナー:待ってたぞ、シア様!
リスナー:うわ、声もかわいいかっこいい!シアたん推すわ(´∀`)
リスナー:今日のこの日のために有給とったった
リスナー:事前動画見たけど、クオリティ高すぎて即ファンになったわ
シアは、口元だけをわずかに動かして話し始めた。それは口パクなどではなく、明確な意思をもって放たれたように感じられる。
「私はとある天才科学者に作られたアンドロイドです。道具としての本懐を遂げるため、今は敬愛する主に仕えております。より主のお役に立つため、人間社会を学ぼうと配信を開始しました……という設定のVチューバーです。皆様、どうぞよろしくお願いいたします」
コメント欄は一瞬、システムエラーが起きたかのように静まり返った後、爆発的な反応に変わった。
リスナー:wwwwwww
リスナー:設定ってはっきり言いきりやがった
リスナー:初ライブであふれ出る大物感wwwww
リスナー:初回放送事故で草
リスナー:やっべーのが出てきたぞ!
シアは微動だにせず、コメント欄の爆発的な反応を静かに受け止めている。
「みなさん、そこに反応されるのですね。私は人間に対して嘘はつけません。黙っていること、答えないことはありますが、答えた内容は基本的にすべて真実を語ります。例外は敬愛する主から許可、命令されたときのみです」
リスナー:敬愛する主……って誰?
リスナー:事務所とか運営のことじゃないの?
リスナー:大好きなシアちゃんが『敬愛する主』とか言ってて脳が壊れりゅううううう!!
リスナー:私のことですよね、シア様……?
リスナー:ガチ恋勢すでに壊されてて草
シアはそれらの反応を無視し、淡々と告げる。
「Vチューバーは決まった挨拶をしたり、ファンネームを決めたりするのがお約束、と私は知りました。私も慣例に沿って皆さんと決めていきたいと思います。まずはファンネームから決めましょう」
彼女は右手の人差し指を空中に軽く動かす。その指先に、青白い光を放つホログラムのスクリーンが瞬時に浮かび上がり、その表面には、流れ続けるコメントが、立体的な文字となって表示された。
リスナー:お、アバターの動きと小物のクオリティがやばい!
リスナー:まじで未来の機械みたいだ
リスナー:あれ、いまシアちゃんの前に浮かんでるホログラムみたいなスクリーン…え、まって
リスナー:どしたの?
リスナー:……マジで俺たちのコメントと連動してね?
リスナー:立体的に動いてるけど、遅延がゼロだぞ
リスナー:まさかー……マジやんけ!
リスナー:すっご!マジで未来の世界にシアちゃんがいるみたい
リスナー:この技術、どうなってんだ?
リスナー:あとアバターの動きの滑らかさ、ガチでどうやってるの?モーションキャプチャーの限界超えてね?
シアはそのホログラムスクリーンを覗き込むように、わずかに首を傾げる。
「みなさん、よろしいでしょうか?候補があれば提案していただけたら私は嬉しいです。提案していただければ読み上げます」
リスナー:アンドロイドのシアの仲間なら同型の意味で『シアロイド』でどう?
リスナー:『シアの愉快な仲間たち』……センスなくてすまん!
リスナー:シア友、ルヴェン同盟とかは?
リスナー:俺たちみんな無機物ってことで『シアの性なる玩具』でwww
リスナー:↑お前、ライン超えてんぞ
リスナー:シアコネクター
「『シアロイド』、『シアの愉快な仲間たち』、『シア友』『ルヴェン同盟』『シアの性なる玩具』『シアコネクター』…ふむ、興味深い提案ですね」
彼女は淡々とした声で、きわどい言葉やセクハラまがいのものも、他の候補と同じように読み上げていく。一切の動揺や戸惑いを見せないその態度は、まさにアンドロイドそのものだ。
「しかし、シアの性なる玩具、これはわずかながら規約に触れかねないので選択は控えたほうが良いかもしれません。また放置した場合、BAN確率は2%。念のため画面からも削除しましょう」
そう冷静に、まるで報告書を読むかのように告げると、そのコメントはホログラムスクリーン上から、青いノイズと共に瞬時に消滅した。
リスナー:淡々と処理されて草
リスナー:シアたん、一切動じてないのつよい
リスナー:こまった、ちょっとかてない
リスナー:『シア・リンカーズ』はどう?一緒に学んでリンクする仲間って感じで!
リスナー:いいね、これいいじゃん
リスナー:正式名がそれで、普段呼びはリンカーズで良さそう
リスナー:リンカーズ、語呂もいいし響きがカッコいい
「ふむ、シア・リンカーズ、いいですね。皆さんと一緒に地球、特に日本の文化を学び、リンクして繋がる仲間……素敵な意味合いです。コメントでも人気みたいですし、これに決めましょう。皆さんは今日から『シア・リンカーズ』です」
この瞬間、画面上のシアの周りに、幾何学模様のデータが輝くエフェクトが舞うように展開した。まるでラボ空間自体が彼女の承認を受けてシステムが書き換わったかのようだ。光の輪が生まれ、幾何学模様のデータ粒子が空中で集積し、「シア・リンカーズ」というロゴへと形を変える。
このハイクオリティな演出に、リスナーたちはさらに驚きを隠せない。
リンカーズ:え、なにいまの
リンカーズ:オリジナルエフェクト!?金かかってんな
リンカーズ:運営の本気を感じる…
リンカーズ:運営言うなし。主様や。シアちゃんの主ならワイらリンカーズにも主様なんや!
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その後も、挨拶などが一通り決まったところで、シアはさっそく先ほど決めた挨拶でお別れをする。
「では、本日の解析はここまでとさせていただきます。また、次回に皆様とコネクトしましょう。シア・ルヴェン、接続解除。さよシア、リンカーズ」
彼女はゆっくりと目線をカメラから外し、その瞳は再び、プログラムされた静止状態へと戻っていく。
カプセルが閉じられ、ラボはただ機械的な青白い光が放たれ静寂へと戻った。
リンカーズ:さよシアー
リンカーズ:さよシアー
リンカーズ:さよシアー、うわ最後まで動きえっぐ
リンカーズ:さよシアー、生きる楽しみが増えたでえええええ!!




