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【書籍化進行中】星と魔法の交易路 ~ボロアパートから始まる異世界間貿易~  作者: ぐったり騎士
敵と味方と

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第79話:世界を越えても変わらないもの

 

「よう、ルト。おせえぞ」


 船倉の一角、作業ベイで機材を分解していたヴェラは、やってきた遥斗を見つけると、作業用ゴーグル越しに猫のような瞳を細めた。オイルと汗で額に張りついた赤い髪は、好きな機械いじりをしている高揚感からか、薄汚れていながら妙に艶めいている。


「ごめん、ヴェラ。ちょっとばたついてて」


 遥斗は、へたり込むまいと必死に足を踏ん張った。全身の節々が悲鳴を上げている気がするが、ここで倒れるわけにはいかない。

 ヴェラは特殊レンチとスキャナーを床に置くと、立ち上がって無造作に遥斗の肩を叩いた。その一撃に、遥斗は思わず小さく呻く。


「おいおい、なんだその体たらくは。お前、また何かあったのか?誰かに何発も殴られたみてえな顔してんぞ」


「ああ、いや……ちょっと昔からの知り合いのじーさんばーさんに、格闘技の稽古をつけてもらってて」


 遥斗がそう答えると、彼の足元からひょっこりと顔を出したのはリケだ。リケは遥斗の足首を不安げに見上げると、「ケリリ……ケリー?」と心配そうに鳴いた。

 遥斗はリケを抱き上げ、肩の上にそっと乗せてやる。心配そうに遥斗の頬をさすっているリケの姿に、遥斗は顔をほころばせながらその頭を撫でる。


「大丈夫だよ、リケ。ちょっと疲れてるだけ」


 ヴェラは片眉を吊り上げた。


「格闘技の訓練はいいけど、相手がじーさんばーさん?稽古になんのかよそんなの。サイボーグじじいか、それともヴェクシス技術で作った超強化人間かなんかか?」


「一応人間……だと思う、多分」


 どこか遠くを見る目で答える遥斗。その瞳からはハイライトが消えていた。

 ヴェラは「ふん」と鼻を鳴らすと、シアルヴェンに指示して目の前にスコアボードを投射させる。そこには、遥斗がシアルヴェンで行った訓練データの詳細が映し出されていた。


「そもそもよ、お前の格闘訓練のスコア見たけど、前より成績が落ちてんじゃねえか。ニホンで何やってんだよ。筋トレや戦闘シミュレーションは悪くねえのに、近接格闘だけガタガタだ。いったい何やってんだ?」


「あー……ちょっと試してみたいことがあってさ。いろいろやってるんだわ」


 ヴェラが訝しげな視線を向けるが、遥斗は笑ってごまかした。


「なあヴェラ。格闘訓練の相手モデルって、ああいうタイプしかないの?」


 話題を変えるように、彼は訓練モードについて尋ねる。


「ああいうって?」


「ほら、相手は殴ってきたり蹴ってきたりばっかりじゃん。たまに締めてくるけど。で、こっちの攻撃も打撃のダメージとか圧力でポイント計算してるだろ?」


「……普通じゃね?何を言いたいんだ」


 ヴェラが眉をひそめて睨むので、遥斗は少しだけ気おされながら答える。


「そうじゃなくて、もっと人間っぽくできないのかなって。重心の動きとか、掴まれたときの反射とか、そういう再現」


「よくわからん。……つまり、相手がバランスを崩したり、不意打ちで怯んだり、痛みでもだえたりとか、そういう反応をさせたいってことか?」


「そう、それ!」


 ヴェラは理解不能といった様子で首を傾げた。


「それに何の意味があるんだ?怯んだり悶えたりって反射行動は、むしろ戦う相手としては劣化してるだろ。ちゃんと攻撃パターンにフェイントも入ってるし、殴ってきたら避けて殴り返すのが基本だろ?あとはいかに急所に叩き込むか。まあ探せばそういうモデルもあるかもだけど、カスタマイズになるから無駄に高いんだよな」


「そっかー……まあ今はあきらめるか」


 遥斗が肩を落としたその時、膝のリケが「ケリテテス!」と一声鳴き、遥斗のチョーカーが淡く光った。シアが声を上げる。


「アイキドー……興味深い戦い方でした。あの老人たちが触れるだけでルト様が転がされる姿、最初は何か儀式的なダンスかと思いました」


「……は?アイキドー?ダンス?」


 ヴェラは不思議そうにチョーカーを見つめる。遥斗は慌てて手を振った。


「いろいろ試行錯誤してるだけだよ。形になったら教えるから」


「ま、好きにしろ。死ななきゃどうでもいい」


 ヴェラは訝し気に目を細めたが、再び作業に戻っていった。



 ――数時間後。


 シアルヴェンのメインスクリーンに広がるのは、三百メートル四方の無骨な船体だ。表面は隕石の傷や溶接跡で覆われ、まるで宇宙を漂う廃墟のよう。だが、青白く光るヴェクシス機関と、生物のえらのように開閉を繰り返すハッチが、これがスクラップではなく、今も人の手で稼働していることを示していた。それを見た瞬間、遥斗のテンションは一気に上がる。


「船名は……《ドゥルメーザ》。廃材級ジャンクラート・クラスのジャゴウ23型か。いい趣味してやがる。アタシ好みだ」


 ヴェラはカリッと飴玉をかじりながら口角を上げた。

 膝の上で丸まっていたリケが、外の船の様子に興味を持ったのか、「ケリリ?」と鳴きながらスクリーンを見上げた。


 その直後、通信が鳴る。

 ヴェラが遥斗――の肩にいるリケに向かって叫んだ。


「リケ、大丈夫だと思うがあんまり動くなよ。ルトの肩の上でおとなしくしてろ。そうすりゃ相手は質のいい動物タイプのデバイスだと勝手に勘違いするだろうからな」


「ケリテテス!」


「よし、じゃあシアルヴェン、通信開け」


 ヴェラの合図でモニターに映ったのは、屈強な大男だ。黄色い髪で目の下には墨のような黒い三本線が刻まれている。


『こちらマイラン宙域、2-201-45ポイントの採掘ステーションシップ、《ドゥルメーザ》。俺は船長のジャブロだ。あんたが依頼を受けた何でも屋の《カルディス》か?』


 シアルヴェンの通信による映像からの音声は、謎翻訳が行われないため遥斗には全く分からない。

 しかし、もうシアも慣れたもので、遥斗から指示がされるまでもなく日本語に変換して彼に伝えた。


「ああ、屑鉄級(スクラヴィス・クラス)の《シアルヴェン》船長のヴェラ・カルディスだ。第一級航律士とヴェクシス機工士の資格持ち。あとは爆発物と危険物取り扱いの資格がちょろちょろな。こっちの船の識別コードとアタシの星域証、それに資格データを送る。契約に問題がねえか確認しろ」


 男は端末を操作し、そこに映し出されたデータに口の端を吊り上げた。


『確認した。その年でなかなかいいスキル持ってやがる。……その髪と目、ナジェルマの赤毛女(ナジェラン)か?』


 男のからかうような言葉に、ヴェラは少しも動じず、獰猛な笑みを浮かべて言い返す。


「ああ、そうだよ。ヤルサリー星系は惑星ナジェルマの生まれだ。文句あっか?ジャンリュの三墨野郎(ジャンリズマ)


『いいや、腕さえよけりゃ文句はねえ』


 遥斗は聞こえてくる二人の会話の中で気になったことがあったが、通信中のヴェラに聞くわけにもいかず、シアに小声で尋ねる。


「なあシア。ナジェラン、ジャンリズマって何だ?ヴェラが言った方は謎翻訳で意味はなんとなくわかるけど」


「キャプテン・ヴェラの生まれである惑星ナジェルマの人間の特徴である赤毛と目、相手のジャンリュ生まれに見られる目の下の三本線を揶揄した言葉です。よくある悪態のやり取りですね」


 遥斗はため息をついた。


「……日本だったら即ヘイトスピーチって叩かれそうだな……」


「ガルノヴァでは、中央でなければあの程度は普通ですよ」


「やっぱり星ごとにいろんな人がいるから差別が多かったりするのか?」


「地球の基準で言えば、そうでしょうね。ただし、地球のように差別問題と言えるようなものはめったに起きていません。ガルノヴァ人たちは生星に誇りこそあれ皆が個人主義ですので、悪態は問題にならないのです。お互い様ですので」


「おたがいさま?」


「はい。ガルノヴァの言葉ですが『お互いクソ溜めにいる種類の違うだけのクソ』というものがあります。星々の違いによる人体の特徴は開拓のための最適解の結果ですから、そこで優劣をつけても意味がないのですよ。よって揶揄しあったり偏見こそありますが、個人に対しての評価自体は相手の言動、行う結果のみで評価するのが当然、という考えが一般的です」


シアは伝えた内容を遥斗が理解しているのを確認するように間をとりながら続ける。


「例えばザルティスの方々は背が低く肌が赤いため、背が高く肌が白いのが特徴の惑星シラーの方々から『赤チビ』と揶揄されます。逆にザルティス人からはシラーの方々は『白デカ』と呼ばれます。それぞれの星ではその特徴が役立つのだし、お互いがどう見えるかは相対的なことです。一方で生まれを理由に直接的な攻撃をしたり評価を不当に下げたりする行為はその星に対しての『敵対行動』とみなされます。そのような行為を安易に行う人間はコミュニティ全体の敵なので愚かだとみなされるのです。むしろ、中央のほうが『差別はいけません』『生まれを揶揄してはいけません』と言いながら、辺境の人間を一方的に憐憫して見下しているケースがあり、中央以外の人間は辟易してますよ」


 遥斗は顎に手を当てて唸った。


「あー、つまり全員が平等に差別的、って話なのか。まあショベルカーに対してスポーツカーを持ってるやつが『お前の乗り物は遅い』と自慢しても恥ずかしいだけだもんな」


「その理解で正しいかと」


 遥斗には、そのガルノヴァの在り方が正しいかはわからない。正しい在り方があるかもわからない。ただ、話を聞く限り彼らはお互いリスペクトをもって悪態をついている、ということなのだろう。なら、遥斗の在り方からそう外れたものではない。皆がそれを納得しているのであれば、それでいいと思う。それが文化というものだ。


 きっと自分は、ガルノヴァで、そしてエリドリアでも様々な文化に触れていく。そこには自分が受け入れられないものとも出会うに違いない。対立することだってあるだろう。だが、それを覚悟もなく、己の勝手な義憤で安易に壊すことはきっとしてはならないのだ。


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 一瞬だけ生まれた、首筋の毛が逆立つようなチリチリとした感覚。遥斗は自身を落ち着かせるように首筋にあるチョーカーをなぞると、その感覚はすぐに消えた。


「了解。ま、驚きはしたけど、慣れれば大丈夫だろう。生まれながらの特徴みたいな変えられないものを揶揄し合うのは抵抗あるけど、それは俺がしなければいいだけだし。……いつか、もっと技術が進めば、お互いの見た目も気にしなくて済むような、そういう世界になるのかな」


「見た目だけなら普通に変えられますよ?身長体重体格から、顔の造形、肌、髪、目の色まで。お金は多少かかりますがある程度自由に変えられますからね。だから皆、外見を揶揄されても平気なのです。もっともスキャンでばれますし、自身が持つ天然素材としての資産価値が下がるので普通の人はあまりやりませんけど」


「そう言えばここがそういう世界だった!あと人体に資産価値とかこええよ!」


 そういう世界である。


 さて、遥斗がシアと話をしている間に、どうやら商談は一区切りついたようだ。


『……よし、契約成立だ。じゃあ今からポートゲートを開くからお前さんの船を接続してこっちに来てくれ。それまでにウチの船の詳細データを送る。仕事内容は伝えた通りだが、あと3星巡(テラーメ)も持ちそうにねえ部分があったらそこも一通り整備してくれ』


「見つかった故障が二等級以上の場合は修理は別料金だ。ここから移動できなくてどうしてもってならやってやるが、そうでないなら素直に適当な錨星にいって船検に出した方がいいぞ。どう考えても安く済む。チェックして二等級以上の問題点があればリストアップだけしてやる。それでいいか?」


『了解。それでいい。……なんだ、モグリの個人整備士のくせして随分親切じゃねーか。がめついナジェランにしちゃ珍しい』


「うっせ。アタシはこと船についてはその辺の三流みたく相手の無知に付け込んで吹っ掛けるのが嫌いなんだよ。それじゃドック・コネクトするぞ。接続モードに変形するから少し待て」


 話の流れを聞くに、これからシアルヴェンを相手の船と接続するらしい。しかも変形!変形である。遥斗は先ほどの話を忘れて一気にテンションが上がる。でっかい機械が変形してドッキングするとか、エリドリアで魔法を見た時並みに胸が高鳴ってきた。

 こりゃシアルヴェンに是非とも変形とドッキングの映像記録を撮ってもらって、シアにデータを送ってもらわなくては!遥斗はウキウキでシアルヴェンに頼もうとして――


「おん?」


「あれ?相手の船からなんか出てきた!?」


 《ドゥルメーザ》の船体中央付近から、十機の小型飛行体が射出された。小型と言ってもあくまでこちらから見たサイズ感で、実際は自動車程度の大きさはあるだろう。それらはどれも細身の三角錐に近い流線型の機体で、船体中央に巨大な単眼レンズを装備し、機尾から淡い青の光跡を引いている。まるで宇宙にいる蛍のようだ。それらは光をまといながらシアルヴェンを取り囲むように正確に配置されていく。


「ヴェラ、アレが船をくっつけるのに必要な機械かなにかか?」


「いや、違う。ポートゲートを繋げるのにあんなものはいらない。……こりゃあ、まさか――」


 ヴェラは作業用ゴーグルを外し、その獰猛な猫のような瞳を細め、スクリーンに映る《ドゥルメーザ》の船長、ジャブロを睨んだ。


「おい……テメエ……どういうつもりだ?」


 ヴェラと相手との間に緊張が走る。遥斗は、「まさか相手がヴェラを騙していて、シアルヴェンを襲おうとしているのか!?」と、緊張でゴクリと唾を飲み込み、反射的に手に力を入れて身構えた。


 だが、相手はどこかあきらめたような、そしてすまなそうな顔をしている。


『あー……なんだ。"病気"のやつらだ。すまん……』


「……やっぱりかよ。勘弁しろ。あれだけ近づかれるとシアルヴェンの変形も気を使うんだよ。……料金は2%割り増しだからな」


 相手の言葉を聞いて、はあ、とため息をつきながらヴェラ。

 すでに空気は弛緩しており、遥斗は状況を飲み込めず「へ?」と間抜けな声を上げる。


『……わかった。あとでアイツらから徴収しておく。……ハア……腕はいいんだがなあ……』


 通信が切れる。

 急に途切れた緊張に、遥斗はヴェラに近づくと、先ほどのことを聞いてみた。


「なあ、ヴェラ……あれは結局なんなんだ?なんか攻撃を受けるとかじゃないのか?」


「攻撃ねえ……まあジャマって意味じゃ攻撃なんだが――」


◆◆◆◆◆

 宇宙船 《ドゥルメーザ》。

 その船内は、無骨な外見とは裏腹に機器が整然と並び、中央には巨大なメインコンソールが鎮座している。その一角にある小さな通信席に、一人の小太りのゴーグルをつけた男がいた。彼は興奮した様子でデバイスが投射する立体映像を見ている。それは、目の前でミニチュアのシアルヴェンが変形しながら、自分たちの《ドゥルメーザ》に近づいてくる映像だ。


 それは今まさに、《ドゥルメーザ》の外で起きている光景である。

 男はそれを見つめながら、両手を振り上げながら絶叫する。


「うおおおおおお!今ではもう見なくなった名艦のヴェルスラ2型!開拓時代に伝説の女船長が乗っていたという船と同系統のあの船!この無骨ながらも完璧な機能美を誇る機体!こ、こんなレアな船のドック・コネクトをリアルで記録に起こせるなんて!うっひょおおおおおお!この左右非対称の美しい翼配置!そしてあの変形機構のシームレスさ!ぼ、僕はしあわせものなんだなだなだななななななな!!!」


「うるせえ!黙ってろ撮り船野郎!」


「なぁー!?」


 ジャブロの怒鳴り声と共に、その男の後頭部には船内スカッターがぶつけられた。

 男は動かなくなった。


「クソ!あと14ブロックにいる採掘士の三人!今から余計な出費分の徴収と頭をどつきに行くから金用意して待ってろ!


◆◆◆◆◆


「……」


「って感じだろうよ……ただの迷惑な撮り船だろうな」


「撮り船」


「ああ。アタシみたいな船乗りと違って、とにかく船を映像に残すのが大好きな奴らだ。それだけならいいんだが、ああやって相手の迷惑お構いなしに撮る奴らがたまにいるんだよ。……あれでもまだ行儀がいい方だけどな」


 どうやら、どこの世界でも人間は似たような集団がいるらしい。先ほど異文化と相対する覚悟をした遥斗だが、我らがヘルジャパンでもネットなどで見慣れた光景に眩暈がしてきた。


「まったく、困ったもんだぜ。大丈夫だとは思うけど、あんなんにはなるなよ、ルト」


「あ、ハイ」


 ついさっきなりそうだった。


「リケ……世界を越えても、技術が進歩しても人間はたいして変わらないんだなあ……」


「ケリテテス」


 遥斗はこの世界を急に身近に感じ始めていた。


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