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第74話:思い立ったが吉日にも限度はある。

 

 さて、そんなトラブルを終えて帰ってきた遥斗は部屋でゴロゴロとしていたが、やることはまだある。

 リケと戯れて精神を回復させた後は、シアに頼んでヴェルナ・クラフトのオンラインショップの状況と、今後の計画について映しながら相談していた。


「ルト様、初回ロットになる今月の売り上げは、現状の試算に基づくと六百万円から八百万円です。生産量次第ですが年間1億を超える可能性があります」


「1億!?」


 シアの冷静な声が、遥斗の首元に輝くチョーカーを通して響く。

 部屋の中、ベッドに寝転がる遠峰遥斗は、その言葉に思わず飛び起きそうになったが、全身を襲う疲労でバランスを崩し、すぐにベッドに沈み込んだ。

 リケがケリリと鳴きながら遥斗の周りをぐるぐる回っている。応援しているらしい。


「……マジで?」


「はい、そのくらいは売り上げられるでしょう」


「いや、でもかなりガッチガチにしたし、値段もオークションよりは下げているとは言えかなり高いよ?さすがに強気すぎかなと思ったんだけど」


 シアは淡々とデータを提示する。


「すでに会員登録者は1万人を越えました。注文申し込みは殺到しています。もっとも、七割ほどはネットでの人気に一時的に乗っただけの人たちでしょう。希望商品はまだ未入力か、キーホルダーや刺繍ハンカチなど、単価の低いものが中心です」


「それだって数千円はするんだけどなあ……一番安いキーホルダーですら二千円だし。まあ俺も全部ほしいけどさ。……残り三割は?」


 遥斗は気持ちとしては理解できるが、全て合わせたらかなりの金額になるので少し怯んでいるようだ。


「二割はすべての商品が欲しいという、コアユーザーですね。オークションで落札された、箱ネキ、うほほい教授などもいらっしゃいます。護符について全種類欲しいようですね」


「いくつかおまけも送ったんだけどなあ……あとあの人たち、お前からも箱ネキ、うほほい教授って言われてるんだ……」


「そして残りの一割はいたずらであったり、転売目的と思われます」


「転売ヤーか。だいぶ対策したと思ったんだけどなあ。やっぱりゼロにはできないか」


 遥斗はため息をついて、ぐぬぬとホロスクリーンの示す数字を見守る。


「こちらの本気度を理解していないのではないでしょうか。許可さえいただけるなら、転売活動をしていないかチェックいたしますよ」


「……合法な範囲でなら実施してくれ。アカウント名が同じとか、SNSで転売している形跡があるとか」


「Aisa」


「しかし六百万円か……これどうしようかな。嬉しい誤算だけど、面倒ごとが多そう」


 遥斗は天井を仰いだ。この莫大な金額をどう扱うか、悩ましい問題だった。


「ルト様、お金が欲しいのは文明国の者なら当然です。ですが、そもそもですが、それなら私のシア・ルヴェンのVtuberの活動で収益化を本格化すればいいだけでは?」


「それはなしだ」


 遥斗は即座に首を振った。


「それやったら、お前の活動の目的が人間社会に触れることから、金儲けの手段に変わっちまう。お前がお金欲しいなら別だけど、俺のためにやるのはダメだ」


 シアは少し思案した様子で言った。


「暗号通貨の発掘は私の仕様上できません。となると、あとは株やFXなら可能ですがどうでしょうか」


「通貨として機能する量子データを生み出す行為は、ガルノヴァでは民間人がやるのはダメって話だっけ。お前がやったら市場が崩壊するくらい稼ぎそうだけど、政府や金融機関に目をつけられるし、どっちにしろダメ。FXはゼロサムだから、お前を使って損する人がでることを考えるとやる気にならんし、株も長期投資ならともかく、短期で金儲けのための売買ならFXと同じことだしな」


 遥斗は何度目かのため息をついた。


「俺は金は欲しいけど、それはあくまで仕事をしたうえで得る報酬、対価としてほしいんだ。楽して大儲けできること自体は大賛成だし、宝くじとかは別だけど、相手が納得してお金を出してくれる方が嬉しい。それにさ……」


「それに?」


「お前に稼いでもらって、俺だけお金を受け取るんじゃ、俺、ただのヒモじゃん」


「うわ、こいつめんどくせえ(さすが私のマスターです。ルト様の素晴らしい高貴な精神を私は賞賛いたします)」


「うるせえ!泣くぞ!?お前のマスターが泣くぞ!無駄なプライドだってわかってるよ!てか、わざわざスピーカーと骨伝導で分けてセリフと心の声が逆になってるとか、無駄に高度なネタまで覚えやがって、このポンコツ!」


「ポンコツ違います。できるデバイスです」


 遥斗がシアにいつもの突っ込みを入れると、シアもまたいつものフレーズで返す。

 このギャーギャーとしたやり取りに、リケも最初のころは「お父ちゃんとお母ちゃんが喧嘩してる......」と不安そうにしていたが、今ではもう慣れたもので遥斗の頭のうえでバナナを食べていた。


「にしても実際問題、そこまで金があっても持て余すんだよな……俺はエリドリアでの活動の費用があれば十分だったのに」


 遥斗の当初の予定は、エリドリアとガルノヴァでの活動費を賄うことだった。それがなぜか、お菓子販売から民芸品のオンラインショップへと話が雪だるま式に膨らみ、今やヴェルナ村の発展支援という責任まで背負っている。

具体的には、ガルノヴァで売るための食料品で月1〜2万円。ヴェルナ村では、開発作業の支援、バルバへの商品購入費、折れぬ大剣への依頼料などで、月々十万円ほどは確保したい。「このサイクル、いつまで続くかわからない。異世界に通じる扉の正体だって、いまだに謎なんだから」


 遥斗は押入れの扉をじっと見つめる。


「もし、ある日突然に扉が開けられなくなったとき、俺が持ち込む道具や商品にヴェルナ村が頼り切っていたら村は破綻してしまうし、自分にしてもその儲けに頼り切っていたら、その時には何も手にはなくなってしまうだろう」


 だからこそ、遥斗は安易な大儲けをすることは避けてきた。それよりも『異世界とのつながり』を大事にしたい。それさえ残るなら、お金は自分が死ぬ気で働いて稼げばいいと思っている。その決心が揺らいでいないことを再確認するように、遥斗は目を瞑って腕を組んだ。


 そのとき、押入れの方では、扉が「とりあえずお前が生きてる限り消えたりせんし、お前の番候補との間にできる子供への引継ぎくらいはちゃんとしてやっからさっさと世界を越えて頑張るんだよオラァン!」とでもいうように、ぺかー、ぺかーと控えめに光を発している。だが、遥斗はたまたま目を瞑っていたので、それに気づいていない。


 なんか眩しいな、夕日でも差し込んだかな、と目を開けたところで、扉は「スン……」と落ち着いたので、遥斗は首を傾げたままだった。


「とはいえ、いまさら後戻りはできない。それに、イリスがいるヴェルナ村には俺の都合に関係なくもっと豊かになってほしいしな」


 ルクェン、そしてエスニャもようやく肉がついてきて、明らかに元気になってきているのだ。ここで援助を打ち切る、という選択肢は遥斗にはなかった。惑星ザルティスで見かけた浮浪児たちのことも、まだ気になっている。


 結局、どの世界に行っても、金は必要なのであった。

 彼はもう一度PCのオンラインショップの会員数や、今でも増え続けている申し込みと商品への熱を感じ取ると、今後どうするべきかを深く考え始めた。



 場面は変わり、業務用スーパー「カイナ・ハレ」を運営する「晴山物産」の本社。

 そこで行われている役員会議の議題は、情報漏洩の隠蔽と、システムの改修費用についてだった。

 親会社からは今後どうすべきか、どう対応すれば問題がなくなるかを説明せよと突っつかれている。


 今回の騒動で遥斗が対応して問題は潰したが、バグの指摘に合わせて抜本的解決には多大なコストと時間がかかることが判明している。それを社内のエンジニアが恐る恐る報告したところ、晴山社長は悪態をつきながら言い放った。


「問題を解決したその遠峰とかいうヤツを雇えばいい。カイナ・ハレで働くアルバイトで、就職先がつぶれた新卒って話だろう?正社員の話ならすぐ飛びつくさ」


 それを聞いたエンジニアの責任者は、遥斗が入社して部下についたらさっそくいびることを企てていた。また上層部は、遥斗を新卒と同じ程度で雇い、数ヶ月は試用期間で安く済ませようと画策する。


「ただ、あのチョーカーはけしからん。社会人としてなってないから外すように命じなくては」


 さらにまだ雇ってもいない遥斗の私物を制限しようとする役員たちのこの発言で、晴山物産へのお祈りメールが確定したのであった。





 一方、ホームセンター『ハマトク』を運営する『ハマトク商事』では、クメール語の通訳で活躍した遥斗を獲得すべく、計画が着々と進んでいた。


 遥斗の勤務する店舗のSVである五十嵐が、来週のバイト復帰時に正社員の話をする予定だった。社長も遥斗のマルチリンガル能力と、書類を数秒で間違いを認識できる能力を高く評価し、獲得を後押ししている。


 斎藤が、コーヒーカップを手に少し身を乗り出して口を開いた。


「今回の動き、めっちゃ早いですよね。もう決まったような空気ですもん」


 彼女の声には、感心と好奇心が混じる。

 安藤が、椅子の背に寄りかかりながら軽く笑みを浮かべた。


「そりゃ、遠峰は今、うちでバイトしてるけど、就職活動してるかもしれないだろ。他社に先に声かけられて、取り逃がすなんてシャレにならんよ」


 彼の口調は軽妙だが、目には本気の光が宿っていた。松下部長が、書類を軽く叩きながら言葉を重ねる。


「埼玉支店の店長の報告からすると、彼の勤務態度は申し分ない。客への対応も柔らかくて丁寧だ。形式的な面接は必要だが、まず落とす理由が見当たらん」


 斎藤が、カップをテーブルに置いて少し眉を寄せる。


「でも、遠峰さん、うちに入ってもあのマスクとチョーカーってつけっぱなしですか? マスクは、まあ、今のご時世ならいいですけど、チョーカーは服装規約的に大丈夫なんでしょうか」


 彼女の口調は、責める者ではなく、単純な疑問であるようだ。五十嵐が、眼鏡を軽く押し上げながら答えた。


「マスクは外国語を使うときだけらしい。日本語や英語は問題ないけど、他の言語だと滑舌や舌の動きが強くなって、唾が飛びやすくなるんだと。それを気にしてると通訳がぎこちなくなるから、マスクでカバーしてるって話だ」


 松下が、椅子の背もたれに体を預け、ゆっくりと頷く。


「ふむ。なら、それは仕方ないな。確かにマルチリンガルの者で、言語ごとに声のトーンが変わる人がいるというのは聞いたことがある。彼のその話も、そういうたぐいのことなのだろう」


「じゃ、普段はマスクしないってことか? チョーカーはどうなんだ?」


 安藤が、ペンを指先でくるりと回しながら五十嵐に尋ねる。

 五十嵐は一度だけコーヒーを口に含んだ後、少し考え込んで、それから口を開いた。


「チョーカーは譲れないらしい。『大切な物で、ずっとつける約束をしたから』ってさ。相手は恋人じゃないって言ってたけど、さすがにそこまで聞くと深入りできないよな」


「形見か何かかもしれないな。プライベートな領域だ、触れん方がいい。社内規定もビジネスカジュアルは認めているし、あの程度ならグレーゾーンだ。正式に許可の手続きを踏めば問題ない。彼の実績を考えれば、そのくらいの個性は許容すべきだ。給与は新卒並みだが、スカウト枠で入社準備金を用意するつもりだ。それに、彼のスキルならあっという間に出世もするだろうさ」


「まあ当然でしょうね……私とか、あっさり抜かされそう……」


 松下がそう伝えると、斎藤は「はあ……」とため息をつきながら頭を垂れた。

 本気で落ち込んでるわけではないが、思うところはあるらしい。


「そういうな。君たちが頑張ってくれていることは、部長の私はよく知っているよ」


「ま、そもそも、そういうことに一番心配をしなきゃなのは、教育係である五十嵐だぜ?教えてた後輩があっという間に自分の上に行ったらさすがにへこむだろ」


 安藤が、五十嵐の肩を軽く叩きながら茶化す。


「……ん?あ、ああ。そうかもな」


「おい、五十嵐、なんだその渋い顔は。不安でもあんのか?」


 五十嵐は、苦笑いを浮かべて眼鏡を直した。


「いや、遠峰って、なんか爆弾みたいな奴だからな。何をしでかすか読めないのが、ちょっと怖えんだよ。俺、教育係になるんだろ?」


「お前、気にしすぎだろ。話した感じ、常識的だし、人の気持ちもわかる奴だ。『プレアヴィサル・バンブー』の社長だって慧眼な人だろ? あそこまで気を許してたんだから、悪い方向にはいかねえよ」


「まあ、そりゃそうなんだが……教育係として、振り回されそうな気がしてさ」


 五十嵐は、肩をすくめて笑い声を漏らす。


「大丈夫だ、五十嵐。お前のその『勘』、いつも外れてるだろ」


「そういえば、君はいつも取り越し苦労をすることが多かったね……」


 安藤と松下の言葉に、斎藤が耐えられなくなったように、くすくすと笑い、五十嵐もつられて苦笑した。


「ひどいなあ、みんな。まあ、確かに当たった(ためし)はねえですけど」


 会議室に軽い笑い声が響きあう。

 だが、五十嵐のこの「彼が部下になったら振り回されるかも」という不安は、結局、杞憂に終わる。なぜなら――




 遥斗は、シアによりホログラフで映されたPC画面を見つめていた。

 オンラインショップの掲示板には、熱を帯びたコメントが次々と並び、メールボックスには注文や問い合わせが溢れている。

 エリドリアの民芸品への熱狂と、地球と異世界をつなぐ可能性が、画面の向こうで脈打っていた。


 リケがベッドの端で「ケリリ」と小さく鳴き、ふわっとリスザルの姿で跳ねる。

 遥斗はそれをちらりと見て、口元に微かな笑みを浮かべた。

 彼は目を細めて画面に視線を戻す。



「よし、起業すっか」



 相変わらず、彼の決断は早かった。



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