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第73話 カタカタカタッターン!

「疲れたー」


 遥斗は、相変わらず微妙に軋むボロアパートの自室の扉を、肩で押し開けた。

 そのまま今日一日を駆け抜けた体をベッドに投げ出すようにして崩れ落ちる。


 シアが、遥斗の首筋に光るチョーカーから静かに問いかけてくる。


「ルト様のバイタルチェック終了。水分補給と休息を推奨します。肉体的な疲労はほぼありませんが、精神的疲労が蓄積されている可能性」


「あーい。……動きたくねえ」


「……リケ、お願いできますか?」


「ケリリ!」


 遥斗のパーカーのフードから、リケがリスザルの姿でぴょこんと立ち上がり、愛らしい声で鳴いた。

 リケは跳ねるように冷蔵庫までやってくると、扉を開けてペットボトルを抱え込んで遥斗のところへやってくる。


 そして「ケリー……」と遥斗を心配そうに見ながら、労うようにそれを差し出した。

 遥斗はリケの小さな頭を軽く撫でながら、それを受け取る。


「ありがとうなー、リケ。おやつ用のバナナ食べていいぞー」


「ケリテテス!」


 スポーツドリンクを飲んで、一息つく遥斗。そして今日のことを思い返す。



 それは、早朝のいつもの日課から始まった。


 遥斗は、リスザルの姿になったリケと、朝の散歩に出ていた。

 リケを肩に乗せ、近所の公園を軽く回ってから、小さなカフェに行き屋外席に着く。

 外席ならリケもOKだと言われたこの店で、散歩終わりに穏やかな陽光を浴びながらモーニングコーヒーを頼むのが最近の定番である。

 ちなみにリケのファンは店員含め結構いるため、顔なじみの客も多い。


 コーヒーを一口すすりながら、ぼんやりと通りを眺めていると、すぐそばの席に座る一人の会社員の様子が目に留まった。モーニングセットを前に、彼はノートPCを操作しているが、PCを前に首を傾げているのだ。


(どうしたんだろう?)


 良くないことではあるが、反射的にその会社員が向き合っているPCを目で追ってしまう。

 会社員は、あまりPCに詳しくないようだが、CPUの負荷率を調べるくらいの知識はあるようで、動きの遅いPCのタスクマネージャーを開いていたようだ。

 すぐに目をそらそうと思ったが、訓練のためと『俯瞰型(オムニ・)情報処理術(イン-ファラディス)』を日常的に行っている遥斗の視界は、そのタスクマネージャーのネットワークグラフが異常な動きを正確に捉える。また、切り替えた時に出てくるプロセスの中で、いくつか標準のOSには内容な不可解なサービスがあるような気がした。


 もしかして、と思う。

 そして、シアに「得た情報は指定したこと以外は俺に教えずにすぐに破棄すること」を命じたうえで、調べてほしいことを告げる。

 調査の結果、シアの答えはYES。


 遥斗は、コーヒーをテーブルに置き、立ち上がる。

 すみません、と男に声をかけると、彼は戸惑うように遥斗のほうに振り向いた。

 そして、遥斗は彼に告げる。


「貴方のPCが何者かに攻撃されているようです」





 そこからは、遥斗自身もよく覚えていないジェットコースターのような展開だった。


「急いで電源をOFFにしてください」と伝えたのはいいが、どうやらそのPCが会社の契約・発注システムと密接に連携しており、システム全体が攻撃を受けていることに遥斗が気付き、指摘してしまったのが全ての発端だ。

 さらに、その会社員が、自分がアルバイトしている業務スーパー「カイナ・ハレ」の社員だったことも、話が大きくなる理由となった。


 気が付けば、遥斗は彼に連れられ、「カイナ・ハレ」の本社である、古い貸しビルに来ていた。

 もう一つのバイト先「ハマトク」の本社よりも、建物の雰囲気からしてかなり猥雑で、部屋の中もだいぶゴチャゴチャしている。

 ちなみに遥斗は、一応一度家に帰って着替えて、リケは置いてきたことになっている。といっても、遥斗の影の中で寝ているが。


 遥斗と出会った会社員はすでに電話で連絡をしていたようだが、カフェで起こったことと遥斗の指摘した内容を改めて上司らしき社員に説明する。

 だが、「こちらの彼が私のPCを見て気づいたんですが……」といったところで、


「社外でフィルタもせずに社用PCを使うとはどういうことだね?そして、それを君が覗き見たというのか!非常識な!」


 と、社員が会社の外で社用PCを使っていたことを叱責しながら、遥斗に対しては少し攻撃的な口調で叫んだ。

 一方怒鳴られた遥斗であるが、特に反論もない。

 というか「覗いたのは本当だし、シアに調べさせてもいるし、おっちゃんの言ってることは正しいなあ、ごめんなさい」と思っている。


 社員はそんな遥斗を少し申し訳なさそうに見ながら、焦燥の表情で上司に詰め寄る。


「それは後でいくらでも処罰を受けます、ですがそれより一大事の可能性があるんです!」


 そしてようやく本題を告げる。

 PCが不正な攻撃を受けていた可能性がある。さらにその原因は会社のシステム側にあると。

 電話ですでに告げていたはずだが、その上司はそもそもそれを全く信じようとしない。

 そのうえで遥斗をかってにつれてきた社員をなじっているようだ。


(帰っていいかなあ……)


 遥斗がうんざりし始めたとき、報告を受けたらしい、奥から出てきた社内エンジニアらしき人物が二名ほど現れた。

 二人のうち、責任者らしい男が嘲笑を浮かべながら言う。


「何をかじったのか知らないけど、そんな重大なシステム攻撃が起こるわけないでしょう。こっちは監視システムをつけて、異常な通信があれば検知してるんだ。そりゃあ、今日は少しサーバーが重いけど」


 もう一人、部下と思われる少しおどおどした態度の男性社員が、続けていった。


「えと……少なくても、トラフィックの接続数はとくにおかしなことはないですね。DDoS攻撃の兆候などは見当たりません」


 まあ、それは間違いではないだろう。ただ、そう決めつけるのもどうかと思い、遥斗はため息をついた。

 そして半ばどうでもよくなりながらも、シアと確認しあった推測を告げる。


「おそらくですけど、正規のファイル転送プロトコルが悪用されてデータ抜き取りを受けているんですよ。VPNやパートナー企業のIPを偽装しているから、普通のトラフィックチェックじゃスルーされてるんです。でも、転送データの中身、つまりペイロードのサイズが普段よりデカくなってるものがあるはず。今すぐ通信ログのペイロードサイズを確認してみてください。通常の同期データと比較して、かなり大きい塊が頻繁に流出していると思います。ぎりぎり不自然じゃないくらいになるように調節してるから、わかりづらいでしょうけど」


 遥斗の指摘に、エンジニアたちの表情が固まる。


「な、なんでそんなことがわかるんだ!」


「推測ですが、これは最近中東で見つかったマルウェア、『解き放た(ケイオス)れた混沌(アンリーシュト)』です。どこかのハッカーが作って、裏社会に売ったらしく広まってるんです。なら、その攻撃パターンになってるはずです」


(ちなみに製作者はこの前自首した新幹線爆破未遂の犯人の吉沢直哉くんです)


(ソフトの名前からして納得できちゃうのがすごいよな)


 別にすごくはない。『解き放た(ケイオス)れた混沌(アンリーシュト)』ってお前……。

 その吉沢直哉くんはと言えば、今は【トゥルースゲート(警察の取調室)】で【ギルティセッション(取り調べ)】を受けている。少しだけ覗いてみよう。


「誰も救われぬ世界の中で、俺はただ【贖罪(アトーンメント)】を願った。この身が滅ぶまでに、せめて一つの【赦し(フォーギブネス)】を。嗚呼、俺の血が流れようとも、お前の瞳が俺を映す限り、俺はこの【懺悔(コンフェッション)】を続けよう。それが、俺に残された最後の【救済(サルヴェーション)】だから——」

「取り調べを続けていいか?」

「はい!佐々木さん!」


 ……元気そうだった。

 閑話休題。


 さて、遥斗の言葉を聞いた責任者らしきエンジニアは「なにを言ってるんだ」と鼻で笑いながらも、少し慌てた様子で手元のノートPCで確認を始める。そして数分後──彼の笑みが凍りついた。



 そこから、社内は一気にパニックに陥った。親会社へも連絡が飛び、激怒の声が電話越しに漏れてくる。

 このままでは、親会社にも莫大なダメージが入るのは確実だろう。


 騒然とするオフィス。遥斗はただの置物のように放置されていた。

 社員でもないのだから当然でもあるのだが、誰も彼に指示を出さない。

 とはいえ、「じゃあ帰りますね」と言える雰囲気でもない。

 どうも社内エンジニアだけではすぐの対応は難しいらしく、応援が必要であり、それをしてもなお時間がかかりそうだ。

 さらに、親会社には何とかします、大丈夫です何とかできます、といっており、この件を大事にしたくない様子が伝わってくる。


(どーせぇーちゅーねん)


 バイトは本社都合でいけないことは告げたとはいえ、この時間に時給が発生しているかというとだいぶ怪しい。

 知り合った社員の寺田さんは、会社にはその辺もお願いするといっていたが、大騒動になったため現在うやむやになっている。

 正確に言えば寺田はそのことを言おうとはしてたのだが、あの上司の怒声で何度も遮られて言うタイミングがなかったのだ。


 遥斗はもうとっとと帰りたかった。

 自分にはガルノヴァでのトレーニング、ヴェルナ村での交流や支援、立ち上げたオンラインショップの登録者の確認や、注文希望の商品のチェック、あとはシアのVtuver活動関連の対応など、やることはたくさんあるのである。


 20分ほど放置されて進展がないのを見て、面倒くささがMAXとなった遥斗は大きくため息をついた後、重い口を開いた。


「あの、俺が対処しましょうか?」



 その後、エンジニアやあの上司っぽいやつから何か嫌味っぽいことを言われたような気がしたが、覚える意味もないのですでに記憶にない。

 ただ、「カイナ・ハレ」のお偉いさんが何人か出てきて、あーだこーだ言い合った後、最終的に緊急事態として遥斗が対処することになった。

 自分で言い出したことだが、コンプラとかどうなってるんだと思わないでもない。

 ちなみに契約書の内容は、簡潔に言えば「ぜってーにこのことを外部に言うな」である。

 もともとアルバイトなので守秘義務はあるのでそれは構わないのだが、なんか仕事の依頼というか、余計なことはいうなよ、なんかあったらお前が責任とれよ的な内容である。

 まあ後者はシアと相談しつつ、法的問題をつっつきながら撤回させたが。

 報酬は……まあこんなもんか、くらいだ。一応、働きに応じて追加する、みたいなことは書いてあるが、具体的ではない。期待しない方がいいだろう。

 遥斗的には報酬はどうでもよく、とっとと帰りたいので、無駄に責任を取らされそうな粗だけ潰してOKする。

 契約が急いで交わされて臨時のセキュリティコンサルタントととして書類にサインした。


 そこからは早かった。

 シアに『ケイオス・アンリーシュト対応ツール』を用意してもらいつつ、それをあたかも自分のクラウドドライブから落としたように見せて実行。

 システムは見る見るうちに改善された。

 ついでにセキュリティホールも見つけてその場で塞いだり、バグの指摘もしておく。

 この作業はシアではなく遥斗が自分で行った。『俯瞰型(オムニ・)情報処理術(イン-ファラディス)』の練習としてちょうどよかったこともある。

 ログやプログラムソースを高速で流しながら問題点を探し出して、シアルヴェンの中で鍛えられた反射速度による高速タイピングで次々と問題を解決していく。もちろん、練習にしているとはいえ仕事なので、最終チェックはシアに頼んでおく。

 そんな風に、ありえない速度でシステムに対応していく遥斗に、エンジニアたちは呆然とした様子でそれを見ていた。


 そして作業は一時間足らずで完了。

 その場ではどうにもならない、時間がかかる作業については問題点と対応方法をドキュメントに概要を記載して残しておく。

 あとはそれ見て自分でやってね、である。


 その後は、だいぶ上のお偉いさんらしい人が、遥斗に頭を下げて謝礼を渡される。

 カイナ・ハレ側は、親会社には「社内エンジニアが徹夜でなんとかした」という筋書きで説明するようで、わかってるよね、というように念を押された。もちろん、遥斗は契約上この件を誰にも話すことはできないので、言うことはできない。する気もないが。すでに情報漏洩してしまったことについて親会社がどうするのか、そもそも親会社に報告するのかは少し気にはなるが、遥斗が関与するところではない。

 そして予想通りというか、報酬としては特に追加はなかった。

 ただし、お偉いさんが「これは内密の特別ボーナスだ」と数万円を別に渡してきた。おそらくは口止め料なのだろう。

 正式な報酬としてないのは、記録に残るお金にはしたくないからだろう。まあどうでもいい。というかとっとと帰りたいと思う遥斗である。


 ちなみに、遥斗に嫌味を言っていたあの上司は、小さく愚痴るように

「こんな出来レースみたいに対応するなんて、この一件を仕組んだのはあの遠峰とかいう男なんじゃないか」

 と呟いていたのを、シアがとらえている。

 どうも、今回の責任を取らされるようで、エンジニアの責任者ともども、遥斗への報酬分を給料から天引きされるらしいが、遥斗には興味はない。

 遥斗は、特に怒ることもなく、ただ呆れて静かにその言葉を聞き流した。


(バイト先のお店の人たちはみんな良い人だけど、本社はちょっとアレだなあ……)


 遥斗はそう思いながら、口止め料でもあるそこそこの報酬をカバンにしまってビルの外に向かう。

 ハマトクの時のような大勢のお見送りはないが、それはまあ普通だろうなと思った。

 ただ、カフェで知り合った発端の社員である寺田と、あのおどおどしたエンジニアさんからは深々と頭を下げられ感謝されて、遥斗は笑顔で挨拶して帰路についたのだった。



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