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第7話:エリドリアの冷たい大地

 遥斗(はると)は前日の衣服のまま、アパートのベッドで目を覚ました。

 

 どうやら昨夜、ガルノヴァから帰ってそのままシャワーも浴びずに寝落ちしたらしい。


 カーテンの隙間から差し込む薄い朝日が、部屋をぼんやり照らしている。時計を見ると朝6時。普段なら早すぎる時間だが、夕方から眠っていたなら睡眠は十分だ。ガルノヴァでのヴェラとの取引でテンションが上がりすぎた疲れが体に残っていたが、心は妙に軽かった。



「やべぇよ……俺、SF世界にも行けちまうんだぜ?」



 呟きながらニヤリと笑う。押入れの扉をそっと見つめると、あの軋む音とともにエリドリアやガルノヴァへの道が開くことを思い出し、胸が躍った。

 業務スーパーとホームセンターのバイトでクレーム客に絡まれる日々も、イリスやヴェラとの交流が待っていると思うと、どうでもよくなってくる。


 気合を入れ、遥斗はベッドから這い出した。顔を洗い、歯を磨き、リュックを開けて中身を確認する。

 インスタント麺は数袋残っていたが、お菓子やジュースはきれいになくなっていた。

 ヴェラが売ったのはチョコ菓子のチョコナッツ棒と果汁グミの6セットだけのはずだが、残りは彼女が食い尽くしたらしい。ちなみに紙パックのジュースは、取引後に二人で乾杯してその場で飲み干していた。



「麺はいいとして……エリドリア用の準備もし直さないとな」



 数日前のイリスとの約束を果たすため、遥斗はリュックを手に取った。

 お菓子はスーパーで買い足せばいい。財布は心許ないが、どうせ大した額じゃない。

 

 そして始まるいつものルーティン。

 業務スーパーとホームセンターの掛け持ちで大忙しだ。

 

 

「えっ、この商品が5個で4個分の値段になるようにしてほしいですか?それはもう魔法ですお客様!(エリドリアには魔法があるっぽいけどな!)」


「この電動自転車、充電しなくてもいいようにしろ、ですか?フリーエネルギーの実現よりは自転車で空を飛ぶほうが先かと思いますよお客様(ガルノヴァに行けばあるかもだけどな!)」


「期限切れのクーポンを使わせろ?あいにく(わたくし)、時間操作の能力は持っておりませんのでできかねます、お客様(異世界移動の能力はもってるけどな!)」



 最高の笑顔で接客をする遥斗。

 もはや煽りにしか聞こえないほどだった。


 結局さらに怒り出すクレーマーもいたが、遥斗の笑顔が崩れないので疲れたのか、悪態をついて帰ってしまった。



 バイト仲間がレジ裏で呟く。



「店長、なんか遠峯くん怖いっすよ。最近ずっとニコニコしてるし」


「まあな……でもクレーマーを彼に任せりゃ俺ら楽だし。ほっとこう」



 ホームセンターの同僚も休憩室でからかってきた。



「遠峯、彼女でもできたのか? 前はイラついてたのに、今日なんかベスト店員賞だろ」


「ち、違うって!」



 慌てて否定するが、内心「まあ確かに女の子との出会いではあるけど!」とツッコミつつ、ニヤニヤが止まらない。


 それぞれのバイト先での笑顔が素敵で怖いという謎の評価の名物店員になっている遥斗であった。



 そんな噂をされてるとも知らず、バイトが終わればまたお菓子の買い込みである。せっかくなので今回はバリエーションも豊富にそろえていく。

 すると、スーパーの店長が目を丸くして声をかけてきた。



「遠峯君、またパーティでもすんの? 前もお菓子買い込んでたろ」


「いや、その……遠出の準備っす!」


 慌てて誤魔化し、笑顔で袋に詰めてもらう。店長は「ふーん」と疑わしげに見つつ、それ以上追及しなかった。

 

 アパートへの帰り道、遥斗は袋を提げて呟いた。



「これで明日にはイリスとの約束、ちゃんと果たせるな……でも、怒ってねぇかなぁ?」



 だが、数日前のエリドリア訪問からすでに10日近く過ぎてることに気づき、彼の心には不安がよぎっていた。

 そして翌朝、ついに彼はエリドリアへとドアノブに手をかけ、扉をくぐるのだった。



 一方、エリドリアの森では、イリスが薬草を手に持ってため息をついていた。

 遥斗が来なくなって8日くらいまでは、ふと気づけば村の入り口を気にしてはちらちらとみる毎日。

 だが、彼が現れる気配はない。



「にーちゃん、来ねぇなぁ……」



 村の中ではそんな風に寂しそうにいうトゥミルに、イリスの胸が締め付けられたことを思い出す。



「ハル様、何かあったのかな……旅立ってしまわれたのか、もう来ないのかなあ」



 呟き、膝に広げた麻布に薬草を置く。

 ハルトとの出会いは短かったが、彼の明るさとその自由なあり方はまぶしく見えていた。

 村まで案内し、エリドリアのことを教える代わりに、お菓子を転売して分け前をもらおうとした自分の提案が、今さら浅ましく思えてくる。



「私、何て図々しいことを言ってしまったんだろう……」



 毎年冬になると手足を赤くして寒い寒いと泣く弟と妹の姿を思い出し、あの時は勢いで自分勝手な約束を押し付けたことを恥じた。

 遥斗があきれて約束を反故にするのも当然だろう。

 もし、ほんとうにもし彼に出会うことがあるのなら、謝罪しよう。

 でもそれまでは――



「もう、ハル様のことは忘れよう。いつもの暮らしに戻ればいい」



 そう決意し、再びもくもくと薬草採りを続けるイリス。

 森の奥で汗を拭きながら薬草と食べられる野草を摘んでいると、小鳥がざわめいて飛び立った。

 

 イリスが「まさか狼?」と木々の間を覗くと、大きなリュックを背負った人影が現れた。

 

 以前とは違い、上質で厚手の旅人服に身を包み、擦り切れたスニーカーを履いた黒髪の青年。

 見覚えのある顔に、彼女の目が大きく見開かれる。



「ハ、ハル様!?」



 驚きと喜びが溢れ、イリスは薬草を落として駆け寄ろうとした。

 彼が来てくれた。約束を守ってくれたんだ。胸が熱くなり、笑顔がこぼれる。

 そして、あの時の謝罪とともに、彼を迎え入れようとしたその瞬間――



「すみませんでしたぁぁぁ!」

「ハル様ごめんなさ――ええええええ!?」

 

 彼はイリスを視野に収めた瞬間リュックを投げ捨て、芸術的なまでのスライディングを見せ地面に膝をついてジャパニーズ土下座をキメていた。

 謝ろうと頭を下げたイリスよりもはるかに低く、深く、額を地面に擦りつけ、叫ぶような謝罪。


 土が跳ね上がり、鳥が驚いて飛び立つほどの勢いだった。


 イリスの手から薬草がポロリと落ちる。

 喜びが混乱に変わり、遥斗の土下座を見つめたまま固まってしまった。



「ハ、ハル様? 一体何が――」


「ほんと、ほんとに申し訳ありませんでしたぁぁぁぁ!!!」



 クレーマーには見せなかった、心からの謝罪。

 その勢いはもはや五体投地のそれである。



「ちょ、待って……何!? お願いですから頭をあげてぇぇぇぇ!!」



 こうして、遥斗とイリスは無事に再会を果たしたのだった。

少し書き溜めするので次に投下は早ければ20日中のとこか、遅くても21日12時投下になります。

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