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【書籍化進行中】星と魔法の交易路 ~ボロアパートから始まる異世界間貿易~  作者: ぐったり騎士
世界中が大騒ぎ

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第67話:3、2、1『なぜなに超文明』

 コックピットの柔らかな光の中で、ヴェラの苛立ちが空気を震わせている。

 彼女は何度も手を伸ばし、扉に触れようとしたが、結局その実体を掴むことはできなかった。彼女の目には、ぼんやりと光る輪郭と、取っ手のような影が浮かぶだけ。たまに光が一瞬強まり、輪郭がわずかに鮮明になるが、それでも彼女の手は空を切るばかりだった。シアルヴェンの制御パネルの微かなビープ音が、彼女の挑戦を冷ややかに見ているかのようだ。


「よし、ルト。お前、アタシを肩車しろ」


「へ?」


 試行錯誤の中、リケが遙斗の肩に乗ったまま扉をくぐれることを聞いたヴェラが、突拍子もない提案を放った。彼女の目は、負けず嫌いな船乗りのそれであり、その決意に揺るぎないことが伺える。

 遙斗はヴェラの言葉に、一瞬「えー」と顔をしかめ、気乗りしない様子を見せたが、彼女の鋭い眼光に気圧され、渋々頷いた。


「マジかよ……重そうだし、なんか恥ずかしいんだけど……まあ、しゃーないか」


「うっせえ!無駄な脂肪は胸と尻以外つけてねーよ!作業モードで重力軽くしてやるからはやくやれ!」


「はいはい」


 遙斗はため息をつき、リケを肩からおろしてヴェラを肩車する準備をする。

 そうして屈みこんだ遥斗の首にヴェラが躊躇いなく乗ると、彼女のむっちりとした太ももが服越しに頬に当たり、遙斗の心臓が一瞬早く脈打つ。

 くそ、柔らかいじゃねーかこんにゃろう。しっとりと(ぬく)いんだよこんにゃろう。


 前回のショートパンツ姿を思い出し、「これが地肌だったら俺の暗黒竜、どうなってたんだ……」と不謹慎な考えが頭をよぎるが、彼は慌ててその考えを振り払い、膝を震わせながら扉に近づいた。コックピットの床がシアルヴェンのエンジンの低いうなりを伝え、微かな振動が足裏に響く。

 屈んだ姿勢で扉をくぐろうとすると、重力制御で軽くなったはずのヴェラの体重がずしりと膝にのしかかり、遙斗は一瞬バランスを崩しそうになる。それでも遥斗は足をガクつかせながらもどうにかくぐることができた。


 だが、結果は変わらなかった。遙斗が扉を抜けた瞬間、ヴェラは支えを失い、「うわっ!」と短い悲鳴を上げて床にストンと落ちてしまう。


 そしてそれをあざ笑うかのように、扉は何度か光を点滅させた。


『ちっげーよ!がんばってんだよ!こっちが気合入れれば見えるっぽいから、おまえももう少し頑張れよ!』


 そんな声がしたようなしないような気がしたが、気のせいである。


 ヴェラは尻をさすりながら立ち上がり、悔しそうに扉を睨みつけた。だが、その口元には微かな笑みが浮かんでいた。


「よし、無理!だが、いつかお前をわからせてやるかんな。覚悟しとけ」


 笑顔のまま扉を睨みつけ、そう言い放つ。

 遥斗は、それが笑っているのではなく、ヴェラがマジ切れしていることに気づいたが、怖かったので触れないでおくことにした。


 二人はコックピットのテーブルに移動すると、ソファーに腰を下ろす。ソファーはどういう仕組みか体に合わせて微妙に硬度や形を変え、疲れを軽減してくれるが、あまり慣れてない遥斗にはすこしだけ居心地が悪くもある。人間をダメにするソファーとして売れば日本で売れそうではあるが。

 その後、ヴェラはシアとシアルヴェンに扉の調査を依頼したが、どちらも「感知不能」との回答だった。彼女は腕を組み、思案するように呟いた。


「これ、もう超文明の何かに間違いなさそうだな。何か条件があるんだろうけど、調べようがねえし、放置だな。わかったら儲けもんだ」


 その声には、好奇心と苛立ちが混在しているようである。

 遥斗は首を傾げ、素朴な疑問を投げかけた。


「そもそもなんだけど、ヴェラが言ってる『超文明』ってなんなんだ?」


 遥斗が問いかけると、ヴェラは少し眉をひそめ、遠い記憶を掘り起こすように目を瞑って天井を仰ぐ。


「わからん」


「わからんて」


「マジでわからんの。超文明ってのは、人類が宇宙に進出してから、たまに遭遇する、理不尽で意味不明な現象や物体の総称だ。大抵は、誰かが意図的に作ったような形で見つかるんで、はるか昔の宇宙に人類を遥かに超える文明を持った知的生命体がいて、その残骸がぽつぽつ見つかってるんじゃないかって話だ。まあ、いわゆる航路奇談(ゴシップ・デブリ)ってやつだな」


 なるほど。宇宙のごみのようなゴシップ、ときたか、と遥斗は納得する。

 まさに都市伝説である。


「それって、よく見つかるものなの?」


「いんや。どれもこれも噂の域を出ないし、定期的に見つかったって騒ぐバカがいるくらいだな。ただ、普通の与太話と違うのは、中央の研究機関やデータベースでも『超文明の遺産』の存在を前提にした論文や研究があるってことか。ガルノヴァの科学者連中ですら、半信半疑ながら本気で追ってるんだ」


 そこで、チョーカーからシアの声が割り込んできた。


「人類が滅亡に瀕して宇宙開拓を始めたのは数百年前ですが、そのときの発展速度が異常なのです。いまでは当たり前に使われるヴェクシス技術のもととなる理論ができたのがそのタイミングですので、ヴェクシス技術により飛躍的に文明が発達したことは否定できませんが、そもそもそのヴェクシス理論ですら発生が不自然なのです。まるでそのときに何かが見つかり、人類が一斉にその知識を得たかのようです」


 遥斗はシアの説明に最初は素直にうなずいていたが、最初にとんでもないことを言っていたことに気づく。


「待て、ちょっと待て。『人類が滅亡に瀕した』ってどういうこと?」


「人類の発祥地、惑星ガルノヴァ。当時、100年後に天体衝突、気候変動、マグマ変動により居住不可能になると予測されました。当時の文明は、ルト様の地球より少し進んだ程度。同じ恒星系にある惑星への移動や、月に数万人を収容する避難基地を作るのが限界でした」


「当時は惑星フォーミングだってろくにできなかったからな。それでもなんとかしなくちゃって、大急ぎで人類は残された時間で宇宙を開拓し始めたんだ。だけど、そこから急に話がバカみたいになる。開拓船や探査機に乗った人間たちが、次々と『わけのわからんもの』を見つけ始めたんだ。そんでそれのおかげで命が救われたり、人類滅亡レベルの危機を回避する資源や情報が守られたって話がでてくる。それがいつしか『超文明の遺産』と呼ばれるようになった。けど、それを報告した連中の探査データには、映像も解析資料も残ってない。結局、それはただの噂、宇宙で頭がおかしくなったやつらの戯言だと言われてたんだ」


 彼女は一息つき、言葉を選ぶように続ける。

 静まり返ったコックピットでは、スクリーンに映る星々が、彼女の話を冷たく見守っているようだ。


「でもよ、その噂があまりに多くて無視できなくなった頃、探査チームの科学者がヴェクシス理論を発表した。『超文明の遺産から得た知識だ』ってな。それが本当かどうかは知らんが、理論自体は完璧だった。反証実験も全部その正しさを証明した。それからまるで、宇宙にヴェクシス粒子が急に溢れ出したみたいに、新しい理論や技術がバンバン出てきた。……ま、いろいろ問題もあったらしいけどな」


 ヴェラは最後、少し含みがあるような言い方をしながら、ため息をつく。


「この急激な人類の発展は、まさしく奇跡であると後世では言われています。その発展の結果、惑星ガルノヴァはダメージを負いつつも滅亡は避けられ、同時に開拓者として人類は宇宙に広がり、僅か数百年で各地で巨大な科学文明を広げていったのです。超文明の遺産という謎を残して」


「……と、いう与太話(としでんせつ)さ。なにしろ、電子記録には一切残っていない。すべては当時のわずかな人が流した噂レベルのものしかないんだ。それをいまだに信じてるのは、ただの物好きと……アタシたちみたいな大馬鹿野郎だけだろうよ」


 にしし、とヴェラが笑う。

 それは自嘲するようであるが、同時に船乗りである誇りを感じさせるような、眩い光を放っている。

 その笑顔には、暗に「おまえだってそういう大馬鹿野郎だろ?」と言っている気がして、遥斗は少し嬉しくなった。


「じゃあ、俺が通ってる扉ももしかして……」


「可能性はあるな。当時の話と重なる部分が多い」


 なるほど。だが、そうなると少し気になることがある。

 遙斗はスクリーンに映る星々を眺めると、宇宙の広大さと先ほどの話が絡み合った気がして、一瞬だけ胸がざわついた。

 もしあの扉が本当に超文明の遺産なら、ただの便利な移動手段ではないのかもしれない。

 彼の頭に、漠然とした不安がよぎり、遥斗は恐る恐る、その考えを口にする。


「……これが超文明の遺産だっていうなら、それが現れた今、実はこの世界で人類に危機が迫ってるとか、ない?」


 遙斗の声は冗談めかしていたが、微かな不安が滲んでいた。突拍子もない考えかもしれないが、もし扉に意味があるなら、そういう可能性もあるのではないか、と思ってしまったのだ。

 彼は自分の言葉に自分で少しゾッとする。


 だが、ヴェラは遥斗の思考を笑い飛ばすように肩をすくめ、気楽に答えてくる。


「知らん。そうかもしれないし、違うかもしれない。もしかしたらお前の星にいる天才科学者が作った特殊なヴェクシスゲートなのかもしれないしな。それに宇宙ではいまだにわけのわからん現象や物質は見つかるんだ。都市部の中にだって、ごくまれにだが自然発生した野良のヴェクシスゲートが見つかったこともある。これはアタシの考えなんだが、超文明の遺産ってのは、そういう『当時見つかったわけのわからないもの』がそう言われただけなんだろうよ。少なくとも、人類に危機って言われても、アタシは知らん」


「私も知りません。公開されている情報を当たる限り、よくある滅亡論者の根拠のない与太話レベルのものしかありません」


 シアの言葉に、遥斗は大きくため息をつきながら肩を落とした。とりあえず、わかりやすい危機らしきものがあるわけではないらしい。

 そんな遥斗にリケが心配したように「ケリリ」と鳴きながら頭を撫でてくる。

 ほっとしただけで落ち込んでるわけではないが、話に混ざりたいのか、どうやら慰めてるつもりのようだ。


「ま、いいか。なら、なるようになれ(ケ・セラ・セラ)、だ」


 いつも通り、わからないことで悩むのは、すぐやめる。

 わかった時、悩まなければならないときにだけ、思う存分悩めばいいのだ。


「そうだぞ、ルト。アタシら船乗りは、いつだってその精神(ロマン)で宇宙を進むのさ。このシアルヴェンの、アタシのクルーなら、なおさらな」


「ああ、それに、何か理由があったらあったで、その謎を説くのも面白いしな。それが世界の危機だっていうなら、そりゃワクワクの大きさも『ドン!』だろ」


 世界の危機も、もし直面したならやるしかない。が、どうせなら楽しんでやってやろうと思う。

 無責任だが、そもそも宇宙の責任を背負わされてこの世界にきているわけではないので、それでいい。

 責任を負うのは、いつだって自分が選び行った行動に関してだけである。遥斗もヴェラも、そういう判断基準は非常に似ていた。

 違いがあるとすれば、遥斗は責任がないと理解したうえで、相手が守るべき存在と思ったなら責任を背負う選択をしてしまうことくらいだろう。


「ああ、そうだな。そういうお前の、アタシとおんなじで大馬鹿なところ、結構好きだぜ」


 それは、わかりやすい色恋のそれではなかったのかもしれない。

 だが、そういって笑うヴェラは、遥斗にはいつもどおりとても眩しく見えていた。

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