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第6話:星と菓子の取引

 ヴェラ・カルディスのデザートタイムは止まらない。借金まみれの現実を忘れ、次々とお菓子を口に放り込んでいた。


 だが、その幸せな時間は長くは続かなかった。

 調査室のホログラムパネルがピピッと点滅し、低く不吉な電子音が響く。



「シアルヴェン、通信だ。誰だよ? つないでくれ」



 "Aisa(アイサ)"と声が応じ、パネルに映し出されたのを見て「げ」とカエルをつぶしたような声を上げるヴェラ。


 そこにあったのは、見慣れた胡散臭い男の顔だった。脂ぎった髪に金のネックレス、作業服の上に派手なジャケットを羽織った、いかにも「取り立て屋」な風貌。

 男はニヤニヤしながら口を開く。



「よう、ヴェラ・カルディス。お前の借金の利子が滞ってるぜ? 今すぐ払えよ。でないと船だけじゃねぇ、お前の体もマーケット行きだぜ?」



 ヴェラは慌てて立ち上がった。



「お、お前! ちょっと待てって! 今すぐって言われても金がねぇんだよ!」


「知らねぇよ。利子分だけでもさっさとよこしやがれ。金でも物資でもかまわねぇからよ。さあ、どうする?」



 男の声に冷や汗が流れ、ヴェラはなにかないかと調査室を見回した。

 だが、借金まみれの辺境暮らしに都合のいい金はない。


 そのとき、視線がふと机の上のチョコとグミに落ち、彼女の目がキラリと光る。


 

「……待てよ。こいつならいけるか?」



 ヴェラは急いでスキャナーデータを引っ張り出し、通信画面の男に向かって叫んだ。



「おい、これ見てみろ! 天然物(ナチュ)の砂糖や果汁が入った菓子だぞ! 連邦じゃ貴族しか食えねぇレベルの品だ。これを5セット買い取りってことでどうだ?」



 正直なところ、ヴェラにはこの菓子がいくらになるか分かっていなかった。

 こんな言い方なら普通はカモられてもおかしくないが、このガメつい借金取りは商売と取引については一応信用できる。

 悲しいかな、それだけこの借金とは長い付き合いということでもあるのだが。

 

 男は眉をひそめ、送られてきたデータを確認しながら呟いた。



天然物(ナチュ)だと? 信じられねぇな……だが、もしこのデータが本物なら、今月巡(こんげつ)の利子分にはしてやる。データだけじゃ信用できねぇ。買い取り分の5セットに加えて調査用に追加で1セットよこせ。それで手を打ってやる」


「分かった、後で貨物便で送る! 約束だぞ!」


 男は満足げに頷き、通信を切った。



「……ふぅ、危なかった。やっと一息つけるぜ」



 だが、次の瞬間、ヴェラの顔に罪悪感がちらつく。あの密航者の「勝手に食うな、売るな」という声が頭をよぎった。彼女は強引に呟く。



「ま、まあいいだろ! 密航代だよ、密航代! タダ乗りした罰だ、チャラでいいよな!」



 そうカラ笑いをしてごまかしていたその時、ヴェラの頭に閃きが走った。



「待てよ……天然物の菓子がこんな価値なら、こいつと組めば借金なんとかならねぇか?」


 彼女は目を輝かせ、急いで独房へと戻った。




 独房では、遥斗が膝の上の携帯食を渋々かじっていた。味は悪くないし腹も膨れるが、なぜか満足感がなくテンションが上がらない。

 そこへヴェラが勢いよく扉を開けて飛び込んでくる。



「おい、ハールト! お前、すげぇ奴かもしれねぇぞ!」



 遥斗は口に詰めた携帯食を飲み込んで、言葉を返す。



「ハールトじゃねぇよ、ハルトだよ!」



 ヴェラは面倒くさそうに手を振る。



「ハールトとか言いづれぇよ。じゃあルトでいいや。とにかく聞けって!」



 遥斗は呆れ顔でため息をつきつつ、話を聞くことにした。



「で、何だよ、いきなり」



 ヴェラはニヤッと笑い、机にドンと手を置いた。



「実はな、さっき借金取りが来てたんだ。利子分払えってうるさくてよ。で、お前の菓子を渡す約束したら、1月巡(ツキーメ)分の利子相当だって認めてくれたんだよ!」



 遥斗の手から携帯食がポロリと落ちる。



「……はぁ!? お前、俺の菓子を勝手に売ったのか!?」


「悪ぃ悪ぃ、背に腹は代えられなかったんだよ! でもな、これで気づいた。お前と組めば、アタシの借金、全部返せるんじゃねぇかってな!」


「勝手に売っといて何だよそれ……で、組むってどういうことだ?」



 ヴェラは目を輝かせてまくし立てた。



「お前が持ってきた天然物、連邦じゃバカ高い価値があるんだ。菓子数セットで1月巡(ツキーメ)分だぞ? 他にもお前の星じゃ革だの石だの、すげぇもんがいっぱいあるだろ。それを売って儲けを分ける。どうだ?」


「え、マジで? あんなもんが?1ツキーメってのがどのくらいなのか分からんけど」



 遥斗は少し考え込んだ。ファンタジーだけでなくSFも大好きな自分にとって、こんな機会は夢のようだ。

 しかも彼女が欲しがるものは、自分にとっては高くない。大量に欲しいとなれば別だが、お試しで始めるなら悪くない。



「……面白そうだな。宇宙旅行とかいろんな星に連れてってくれるなら、考えてやらねぇこともないよ。あと、ガルノヴァのすごい技術で何か提供してくれればいいかな」



 ヴェラがよっしゃ、とつぶやくとともに笑い出した。



「技術ならお安い御用だ。お前が持ってるそのスマホってガラクタ、アタシが弄れば連邦の安物よりはマシになるぜ。いろんな星ならこの船で回ってやる。これで取引成立か?」



 遥斗はニヤリと笑い、頷いた。



「よし、成立だ。ビジネスパートナーってことでよろしくな、ヴェラ・カルディス」



 手を差し伸べる遥斗。ヴェラは少し驚いた様子だったが、同じように笑って握手した。

 どうやら握手はこの世界でも通じるらしい。



 その後、ヴェラがスマホをいじったり遥斗の衣服を調べたり身体検査などしていると、あっという間に時間が過ぎる。

 遥斗はシアルヴェンに映してもらった星々の映像記録を見て興奮していたが、落ち着くと呟いた。


「なぁ、ヴェラ。俺、元の世界に帰りたいんだよ。物を持ってくんのも帰らないと無理だしさ。あの押入れの扉ってのが転移装置なら、俺が出てきた部屋に行けば扉があるはずだ。連れてってくれないか?」



 ヴェラはスマホから目を上げ、肩をすくめた。



「帰りたいのか、ルト? まあ、物がなけりゃ商売にならねぇしな。……というかこの船動いてんだけど、座標とか大丈夫なんかな」


「え、いまさらそんなこと言われたら不安なんだが」


 ぼりぼりと頭をかきながら先導するヴェラについていく。

 物置兼作業部屋に着くと、遥斗は奥に立つ押入れの扉を見つけてホッと胸を撫で下ろした。


 

「おお、ちゃんと残ってる! これで帰れるかもな……でも、次にどこに繋がるか分かんねぇんだよな。不安だわ」


「扉……? どこにあるんだよ」


「え、見えないのか? あそこにあるだろ?」



 遥斗が指さす先には木製の扉が立っていたが、ヴェラにはただの錆びた壁にしか見えなかった。彼女は訝しげに目を細めた。

 

 

「見えねぇって……こいつ、やっぱ頭のおかしい密航者じゃないだろうな。それとも超文明の意志反応装置か何かか?」



 納得いかない様子だったが、遥斗の指さす方向へ一緒に歩いていく。



「それに次にどこに繋がるか分かんねぇってのはどういうことだ? また扉をくぐれば来れるんじゃないのか?」


「いや、そもそもなんでここに来たのかも分からねぇし……狙った場所に行くか分かんないんだよ。船が移動してるっていうならなおさら不安だ」


「……確かにな。アタシたちが使ってるゲートにしても、星系座標では動いてないしな」


「まあでも大丈夫だろ。というか大丈夫と思わんと何もできんし」


「軽いなあ……でもそうだな、まだわからないことも多いし、転移するときは固定座標にいたほうがいいかもな。それならアタシのほうで調査が済むまでは、お前が来るのは船を泊めている時にするか。マジで超文明のゲートだっていうなら何が起こるかわからんし、しばらく安全策を取りたい。座標が動いてると転移したら船の外に放り出されるかもしんねぇぞ」


「怖いこというなよ……わかった。それなら十日後、俺が現れたのと同じ時間でどうだ?そこなら多分バイトもないし来れるはずだ」


「十日後、ね。確かお前のスマホ、とかいうデバイスから判断するに220シクタくらいか。いいぜ。200シクタから250シクタなら仕事で船を泊めて中にいるからな。頼むぜ、ルト。お前がアタシの生命線だ」


「結局呼び方はルトかよ……まあ新鮮でいいけど」



 そしてヴェラが船を停止させたことを告げられて、遥斗は意を決して扉に近づき、取っ手を握った。

 ヴェラに向かって軽く手を振る。



「じゃあな、ヴェラ。また会えたらいいな」


「へい、またな、ルト」



 半信半疑なのだろう。ひらひらと手を振るヴェラの顔は、遥斗を嘲るように歪んでいる。

 ただ、彼女の豪快な性格に慣れた遥斗には、それも魅力に思えた。


 扉を開けると、見慣れた自分の部屋が見える。安心しつつ扉に入った瞬間、ヴェラの視線からは遥斗の体が光に包まれ、一瞬で消えた。



「マジかよ……あいつ、ほんとに消えちまったぞ? 光学迷彩でもねぇ、艦内の質量も減ってる……転移ってマジかよ!」



 ヴェラはこれからの期待に目を輝かせた。





 遥斗が目を開けると、そこは見慣れたアパートの押入れだった。時計を見ると夕方だった。



「戻ってきた……良かった、ちゃんと帰れた! でももう夕方か。これじゃ今からエリドリアに行っても村に着く頃には夜だぞ……」



 いくらなんでも森を抜けて村に着くには数時間かかる。日が暮れる中、あの森を超える勇気は自分にはないし、今から行くのは無理だ。

 


「そもそもエリドリアにまた行けるのか? ガルノヴァもそうだけど、扉の行き先が毎回狙えるか分かんないし……二人との約束、守れなかったらやばいぞ」



 不安に思いながらイリスの笑顔を思い浮かべると、押入れの扉がわずかに軋んだ。

 そのことに気づいた遥斗は、もしや、と思い恐る恐る開けてみると、そこはエリドリアの森の中だった。数日ぶりだというのにこの木漏れ日と鳥の声が懐かしい。



「やっぱり……エリドリアに繋がってる!」



 次にヴェラの荒っぽくも魅力的な笑い声を思い出すと、再び扉が軋み、開けた先はシアルヴェンの物置部屋だった。だが、ヴェラの姿はなく、すでに別の部屋に移動したらしい。

 このまま入ってヴェラに自由に行き来できることを告げたいところだが、『座標が動いてるときの転移は何が起こるか分からねぇぞ』とヴェラに言われたのを思い出して、慌てて閉める。

 


「すごいな。これ、自分の意志で切り替えられるっぽい……よな?」



 まだ不安はあるが、それならエリドリアにもガルノヴァにも行ける。

 ただ、エリドリアには村までの距離が、シアルヴェンには座標の問題がありどちらも簡単に会えない状況には変わらないのだが。

 

 これでどちらの約束も守れそうだと、ようやく安心の吐息を漏らす遥斗。


 だがそうなると改めてイリスとの約束のことを思い出して、ため息をついた。



「バイトもあるしエリドリアに行くのは早くても5日後か。……数日っていったのになあ。どうしよう、イリスに怒られる……」



 遥斗は頭を抱えつつ、リュックを下ろしてベッドに腰を下ろした。




 その頃、ヴェラは調査室で映像記録を確認していた。


 遥斗が現れた瞬間、消えた瞬間、会話の記録を見ていたが、転移の瞬間はさっぱり分からない。

 さらに独房での会話記録を見て、彼女は首をかしげた。



「あれ? こいつ、何しゃべってたんだ? アタシには普通に聞こえてたけど、記録じゃ意味わかんねぇ言葉だぞ……?」



 ヴェラは眉をひそめ、遥斗の言語が「自分にだけ翻訳されて聞こえていた」可能性に気づき始めていた。

 


早ければ明日の12時投下です

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