表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化進行中】星と魔法の交易路 ~ボロアパートから始まる異世界間貿易~  作者: ぐったり騎士
世界中が大騒ぎ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/89

第63話 ハァイ、ヨッスィー

 遥斗は報道陣のカメラやレポーターをかいくぐり、夜になってようやくアパートにたどり着いた。


 鍵を開け、冷え切った部屋に入ると、肩から力が抜け、どっと疲労感が押し寄せてきた。

 スマホを開くと、ハマトクの五十嵐やバイト先の同僚から「新幹線がとんでもないことになってたみたいだけど君は大丈夫か」というメッセージが何件も届いていた。


「……大丈夫、ではないな」


 遥斗は小さく呟きながら、「その新幹線に乗ってました、ただ報道通り無事です、ただ疲れてるので詳しいことはあとで」と返す。

 嘘は言っていないが、真実をすべて話せるはずもない。


「疲れた……とんでもない一日だった」


 ソファに崩れ落ちるように座り、テレビをつけると、どのチャンネルも「新幹線爆破未遂事件」のニュースを報じていた。いや、一局だけアニソンのランキング番組をやっていたが。1位はカバディがテーマのアニメの主題歌らしいが遥斗は見たことがないのですぐに消した。

 気が滅入り、リモコンを放り投げる。その時、肩にふわっと軽い感触がした。リスザルの姿になったリケが、心配そうに遥斗の顔を覗き込んでいる。


「ケリリ……」


 リケの小さな鳴き声と、毛の温かさが遥斗の心をじんわりと癒やしていく。

 遥斗はリケをそっと抱き上げ、その柔らかな体を撫でた。不安そうなリケの瞳と見つめ合っていると、張り詰めていた心の糸が少しずつ緩んでいくのを感じた。

 リケを不安にさせてはいけない。遥斗は、リケに向かい合うと大きく手を開いて『あの』ポーズをする。


「怪傑!マスク・ド・ケリテテス!」


「ケリテテス!」


 リケもさっそく同じポーズをとる。

 そしてそのまま遥斗の肩に飛び乗り、嬉しそうに様々なポーズを取り始めた。

 リケが結構マスク・ド・ケリテテスを気に入ってることを遥斗は知っている。


 そうやってしばらくリケに構った後、遥斗は首元のチョーカーにそっと触れる。


「なあ、シア。犯人、自首するかなあ?どうする?」


「しないでしょうね。ルト様、予定通り決行しますが、よろしいですか?」


 シアの声はいつも通り感情がなく、淡々としていた。


「ああ……自首するならほっといたけど、そうでないならゴーだ。ただ、それで関係ない人や会社に被害を出さないこと。そしてお前と俺が関わった痕跡は絶対に残さないように。じゃ、俺は寝る」


「Aisa」


 返答をしながら、チョーカーが、久々にチカチカと光った。


 この光は本来ダミーで応答中という以外の意味はない。そのため、遥斗が首につけた状態でシアが光ることはほとんどない。

 事実、リケは、シアのこの光を見るのは初めてだ。

 しかし、そこには主からの命令を成そうとするシアの強い意志――そして、『怒り』のようなものが込められているように、リケには感じられた。


「ケリリリ……」


 シア(おかあちゃん)が怒っているのが怖くて、リケはすでに寝息を立てていた遥斗(おとうちゃん)の影の中に逃げた。




 吉沢直哉は、拠点の一つであるアパートを飛び出してすぐ、用意していた車に乗り込んだ。アクセルを踏み込み、一つの県をまたぎ、さらに別の車に乗り換える。この日のために、いくつもの逃亡ルートと、身を隠すための拠点を準備していた。


「これで……とりあえずは――」


 助手席に放り投げたスマホには、ニュース速報の通知がひっきりなしに届いている。「新幹線爆破未遂」「重要参考人?」「マスク・ド・ケリテテスとは?」など、もうしっちゃかめっちゃかだ。

 しかし、吉沢の顔には悔しさはあっても、焦りの色はそれほどなかった。

 爆弾やカメラは、闇サイトで雇ったアホな学生に配置させたのだ。報道の前は金をもらえずに憤慨していただろうが、今は自分が犯したことの重大さに震えているだろう。それがどうした、知ったことではない。

 本来は爆弾が爆発すれば証拠はすべて吹き飛ぶ上、学生も事の重大さに通報をためらうはずだった。

 だが、実際は――いや、今は考えるのはやめよう。


 自分がすぐに特定される要素はすべて潰したつもりだ。

 ただし、犯行声明を出している以上、ばれることそのものは覚悟の上ではあった。逃げる時間が稼げればいいのだ。だが、なぜあの変態は自分の名前を知っていた?

 もしかしたら、あいつは警察関係者かもしれない。

 だが、そんなことはどうでもいい。今は逃げて、ほとぼりが冷めるのを待たなければ。そして、今度こそ、憎き佐々木に復讐してやるのだ。


 そのためには、まず金が必要だ。今の手持ちは20万もない。複数に分けた口座には、裏の賭博や違法行為でためた500万がある。


「まずはこれを下ろして、当面の逃走資金を確保しなくては」


 吉沢は、最寄りのコンビニに車を停め、ATMに向かった。キャッシュカードを挿入し、暗証番号を入力する。


「……エラー?暗証番号が通らない?」


 一度冷静になり、ゆっくりと番号を打ち直す。だが、結果は同じだった。吉沢の額に冷や汗がにじむ。


 吉沢は一度キャッシュカードを取り出して、それが自分が認識しているカードであることを確認する。


 3回目。


 カードを入れもう一度、今度は指を震わせながら、それでも慎重に入力した。


 カードは、吸い込まれるようにATMの奥へと消えて、そして二度と出てこなかった。


「……なんでだ!」


 吉沢は絶叫し、ATMを叩きつけた。

 人気のない夜のコンビニに、虚しい音が響き渡った。




 古びた漫画喫茶。今時珍しく身分証や会員カードが必要ないため、逃亡ルートの一つに用意していた場所で吉沢は歯ぎしりをしていた。運転の疲れで、今はとにかく休みたかった。どこか適当なところに車を停めて寝てもいいのだが、職務質問されたときのリスクの方がでかいと判断したのだ。


 訳が分からない。いくつか口座を分散していたが、そのキャッシュカードはすべて暗証番号が通らなかった。すべてで三回試したわけではないが、試す気にはならない。万が一、何かのシステムの障害でこの問題になっていたとして、その障害が収まったあとにキャッシュカードがなかったらどうにもならない。逃亡中に身分証明が必要な手続きなどできるわけがない。それどころか、もしかしてと危険を承知でクレジットカードを使ってみたが、それも通らなくなっている。電子マネーやスマホ決済も、ことごとく「エラー」「このカードはご利用停止となっています」と表示され、一切使用できなかった。唯一使えたのは、無記名の交通カードにチャージしていたお金だけだ。


「くそ、裏の連中のターゲットにされたか?俺に喧嘩売るとはいい度胸だ、必ず犯人を突き止めて復讐してやる!」


 表に出ていないだけで、詐欺や違法なハッキングで資金を調達している。その過程で裏社会ともつながりを持ち、クラッカー仲間などもいた。きっとその中の誰かが、自分に喧嘩を売ってきたのだ。あのふざけた覆面男もその一味かもしれない。


 吉沢は才能で言えば生粋の天才クラッカーであり、電子工学や爆発物の天才であった。恐らくその能力を善良なことに使えば、ただのサラリーマンであってもそのスキルは重宝されただろうし、研究者になれば新しい発明や発見で名を残せた。特殊な機関に入れば、トップエージェントとして活躍したかもしれない。だが、その才能ゆえか、周りのすべてが愚かに見えていた彼は、自分が正当に評価されないことにどんどん歪み、悪事の道に走った。


 盗みや詐欺も、まずは自分の家から行った。家族にも見放されて家を追い出された後は、スキミングや詐欺、犯罪用の道具の作成、企業のネットワークから機密の盗み出しなどで小銭を稼いでいた。

 そして、いつか大きなことをしてやろうと、虎視眈々と金を貯めていたのだ。


 数々の犯罪は証拠は残していないつもりだった。疑われるようなことはしていないはずだった。

 当然、最初から吉沢が疑われてアリバイを問われたり、拠点に急に捜索が入れば逃れられないだろう。

 だが、それは日本だけで1億以上もいる以上、不可能に近いことだ。

 自分につながるものはすべて消しているはずだ。


 だが、彼は捕まった。それも、あの佐々木の意味不明な「刑事の勘」という、理不尽な理由で。


 きっかけは、自身の犯罪とは全く関係のない強盗事件が起きた時、たまたま現場にいた彼が事情聴取を受けることになったことだった。

 それは事故のようなもので、渋々事情聴取を受けたし、疑いはすぐに晴れた。


 だが、そのときまだ刑事だった佐々木は、吉沢が犯した大企業のシステムへの不正アクセス事件の捜査もしており、この事情聴取をきっかけに、その容疑者として吉沢に目星をつけたのだ。

 正確には、その時佐々木は吉沢を不正アクセスの犯人だと思ったわけではない。


「彼は何らかの犯罪を犯していて、そんな自分を捕まえられない警察を嘲笑っている」


 そう感じたのだ。


 佐々木は、事情聴取の時、吉沢の言葉の端々に表れる、他人を見下すような傲慢な態度が気になった。


 普通、警察からの事情聴取に対して無関係な一般人がとる態度は大きく分けて二つである。

 一つは警察という大きな権力からのプレッシャーにたいするストレスで不安そうになるか、逆に好奇心や警察への信頼で好意的になるかだ。

 前者のなかには違法な賭け事や大麻、置き引きなどをして強いストレスを感じている者もいるだろうが、何もしてなくても不安そうになる人は多いため気にしても仕方がない。


 だが、「傲慢な態度をとる」のは少し特殊だ。

 これが、ヤクザや半グレのように、最初から警察に対してたてついているような存在ならわかる。

 もともと立場が悪いのだから警察に好かれようとは思ってないし、権力には歯向かうことを一種のステータスのように感じる連中だからだ。

 最近は迷惑系配信者などにもいる。

 それか、エリートや政治家など、単純に警察を見下しているような場合である。


 だが、吉沢の場合はそうではない。当時の彼はただのフリーターである。

 確かにエリートじみた歪んだ自尊心のようなものは感じたが、それよりも彼の言動の端々には、教師の前でいたずらやいじめがばれてないことをほくそ笑む、そんな幼稚な邪悪さのようなものを感じたのだ。

 そこから、佐々木は吉沢を個人的に調べていった結果、それが自身が追っていた不正アクセスや他の事件へとつながったのである。


 それこそ、どこぞのドラマの警部補よろしく、強盗事件の調査にかこつけては接触しては彼から言葉を引き出して、証拠を固めて逮捕に至る。


 あの日のことは吉沢は今でも忘れない。

 逮捕の日、彼の基に佐々木が現れた時、吉沢はいい加減うっとおしくなり悪態をついたのだ。


「またですか、いい加減にしてくれませんか?暇なあなた達と違って私は忙しいんですよ」


「ああ、安心してほしい。あの強盗事件についてはもう調査が終わってね、今日はその報告なんだ。もうあの事件について君に聞くことはないよ」


「へえ……なんだ、そうなんですか。じゃあ、これで貴方ともようやくお別れかな?いやあよかったよかった」


「いや、多分、勾留期間の二十日間くらいはまだ顔を合わせると思うよ」


「え?」


「吉沢直哉、お前に対する逮捕状が裁判所から出ている。不正アクセス禁止法違反、詐欺の容疑で逮捕する」



 ふざけている、と吉沢は思った。

 なぜ、あんなクソ刑事の「勘」などで自身の完璧な犯罪がばれなくてはいけないのだ、と。

 実際のところ、はっきり言えば、彼はクラッカーやエンジニアとしては天才であったが、それ以外は凡人だった。別に犯罪の天才ではないので、彼の自己評価がどうであれ、彼はいつか捕まっていただろう。だが、彼は自身があの佐々木という凡人の理不尽な「勘」で運悪く捕まったと確信していた。


 そして実刑をくらい数年、ようやく出所したあとは、当初から考えていた「花火」にあの佐々木を巻き込んで恨みを晴らすことに決めたのだ。だが、それは失敗して今がある。


 フリーラウンジにはテレビ付きのリクライニングがあり、座りながらチャンネルを回すと、どの局もこのニュースで持ちきりだった。本来放送されるはずだった映画やバラエティは軒並み放送延期となり、この話題についての特番が作られている。まあ一つだけ美少女のカバ娘たちがカバディで活躍するスポコンアニメ『カバ☆バディ!』をやってるテレビ局もあったが、すぐにチャンネルを戻した。


 個室のPCでネットニュースを見ると、やはりこの話で持ち切りだ。あのときあの変態覆面男は自分の名前を言っていたが、テレビや新聞社のサイトでは自分の名前は出ていない。おそらく、あの覆面男も謎の人物である以上、その発言に信頼が持てず、不安定な情報で勝手に人の名前を公開できないためだろう。そこでもアナウンサーは「不確定な情報が出ていますが、憶測で個人情報を広めるようなことは冤罪を生みかねないのでおやめください」と言っている。だが、それは吉沢には煽りにしか思えなかった。


 事実、ネットはそうではなかった。SNSでも108ちゃんねるのような掲示板でも、「吉沢直哉」という名前は当たり前に書き込まれ、犯人探しが行われている。中には「吉沢直哉ってコイツだろwwww犯人は俺の同級生じゃんwww」と、自分とは似ても似つかない眼鏡をかけた太っちょの高校卒業アルバム写真が公開されているものすらある。

 可哀想な同姓同名がいたものである。


 ネットは、お祭りだった。もしこれが本当に爆発していれば多くの人は自重していたのかもしれないが、結局死者は出ていない。転んで怪我をしたおじいちゃんがいたくらいだったので、無責任な人が多く出てきていた。


 だが、吉沢の内心は穏やかではなかった。鉄道会社と警察に送った犯行声明で、自分は「乗っている警部補くんに恨みがあるのだよ」などと黒幕気取りで書いている。あの変態が名指ししたことから、警察も佐々木が逮捕した事がある自分にすぐにたどり着くだろう。証拠は限りなく消しているはずだが、何が原因で捕まるかわからない。


 ちなみに彼は自分が完璧に犯行を遂行したと思っているが、実際は穴だらけで遥斗がいなくてもそう長い逃亡生活は送れずに捕まっていたことだろう。


 そのとき、ニュースサイトを見ていたはずが、ふいに画面が切り替わり、警察の通報ページに飛んだ。


「なんだ、変なところ押したか?……くそ、嫌味かよ、今の私にこんなサイトみせやがって」


 そう思い、ブラウザの「戻る」ボタンを押して再度ニュースサイトに戻る。だが、再び警察のサイトに飛んだ。

 まるで自分に自首せよと促しているみたいではないか。


「ど、どうなってるんだ!」


 吉沢は慌てふためく。くそ、落ち着け。こういう時は自分が好きな音楽でも聴いて心を落ち着けよう、と動画サイトを開く。

 最初はお気に入りの洋楽の動画で、吉沢はほっと息をついた。しかし、次の瞬間、動画が勝手に切り替わった。


「えっ……」



 最初は熱血ドラマのワンシーンだった。


 "よし!"


 次に映ったのは、破滅的なギャンブルをするクズの主人公が活躍するアニメだった。


 "ざわっ……"


 そして、ニュース番組のワンカットが挟まれた。


 "なお、"


 続いて、特撮の主人公が敵を蹴るシーン。


 "やぁ!"




 よしざわなおや。




「……えっ」


 いま、PCの動画が不規則に切り替わり、自分の名前を言わなかったか!?

 だが驚く間もなく、動画は今度は吉沢も知っているホラー映画に切り替わり――。


 "みぃ、つけた"


「ああああああああああああああああああ!?」


 血みどろで首が取れかかったピエロの、地獄の底から聞こえてくるような声に吉沢は震え上がった。




"まだ、これからですよ"


 どこかのボロアパートで、小さくそんな声がした気がした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
平和なTVはテレビ東京ですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ